第15話

 うわさ話とは恐ろしいもので、僕と木村さんが付き合っているという情報は、かなりの範囲に伝わったようだった。木村さんは美人だけど謎めいた人物であり、僕もどちらかと言えば、人付き合いの悪い人間である。その二人が密かに付き合っているという話は、多くの人の興味を引いたらしい。

 今までほとんど話したことも無いクラスの女子が、僕に親しげに話しかけてくる。部活の先輩に、あれこれ聞かれる。教室で僕が木村さんに話しかけると、周囲に妙な緊張感が生まれる。僕は別に気にしないが、木村さんは結構ショックを受けているようだった。人に注目されるということが、そのままストレスになっているように見えた。

 そして一月の最後の週。木村さんが学校に来なくなった。僕は木村さんからの深夜の電話を待っていたが、学校に来なくなってからは、一度もかかってこなかった。こちらから電話をかけようかと何度も思ったが、たぶんそれは、木村さんの重荷になるだけだろう。そっとして置くのが、一番良いのだろうと思う。

 しかし、僕の方が参ってしまいそうだった。恋人が悲鳴を上げているというのに何も出来ないまま、ただ待っている自分が馬鹿みたいに感じる。相変わらず僕は感覚が鈍くて、木村さんの辛さが分からない。しかしその鈍い感覚のまま、僕の心はボロボロと崩れていくようだった。その感覚がまた新鮮で、僕にも崩れるような心があったのだな、と他人事のように思った。それこそ馬鹿みたいな話だけれど。

 二月になって木村さんから手紙が来た。


「電話で話すのが辛いので、手紙を書きます。心配をかけてごめんなさい。今までもこういう事はあったので、今はじっと耐える時だと思っています。菅原君には、ほんとうに迷惑をかけっぱなしで本当にごめんなさい。わたしと付き合うことで、菅原君は損ばかりしていますね。わたしは、菅原君にひどいことをしていると思います。でもね、わたしは菅原君と別れたくない。菅原君のことが大好きです。今、菅原君を失ったら、わたしはたぶん戻って来れないと思います。だから、今まで以上にわたしは、わがままになろうと思います。菅原君が最初に、付き合おうと言ってくれた時、わたしは菅原君に押し付けないよ、と言いました。でも、もし、菅原君が許してくれるなら、いっぱい押し付けちゃおうかと思います。今はまだ、押し付ける方法も分からない感じなのですが。また元気が出てきたら、押し付けるからね! 覚悟しておいてください。だからもうちょっと待っててね。どうかお願いします。木村京子」


 手紙を何度か読み返していたら、なぜだか涙が出てきてしまった。木村さんはたぶん、今後も僕に何かを押し付けることは無いだろう。なぜか、そう思ってしまった。もし押し付けることができるのなら、こんなに苦しむことにはならなかったはずだ。そして、押し付けることが出来ないからこそ、木村さんはあの、不思議で素敵な木村さんなのだ。たぶん、本人が一番良く分かっているだろうと思う。

 手紙の文章は木村さんの叫び声だった。助けて、と言う事も出来ずに、ただ苦しみの内に叫ぶ声だ。そこまで考えて、僕はとても暗い気持ちになった。

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