異世界転生審査課~生き残るための三つの願い~(一部改稿中)

寿明結未(旧・うどん五段)

第1話 目覚めたら、異世界じゃなくて市役所でした

 ある日、同級生と一緒に信号無視で突っ込んできた白い乗用車に撥ねられた。

 そこからの記憶っていうのは、とても曖昧なもので。

 痛いような、寒いような、痺れるような、沈んでいくような……。

 気がつけば俺は、人が行き交う市役所のような建物の待合室の椅子に座っていた。


 記憶では確かに白い乗用車に跳ねられたはずだ。

 だが、今俺は市役所の待合室にいる。

 不思議なことに、その市役所で働く人々を見ての違和感。

 言葉に出来ないけれど、自分が〝なぜこの市役所の待合室にいるのか解らない現状〟は――気味が悪い。


 人の雄叫びや悲痛な叫び声も聞こえてくる。

 そうかと思えば、歓喜に溢れた声も聞こえてきた。

 その理由も解らない。

 俺は一人、待合室の椅子に座っているわけだ。


 俺が持っているのは、ただ一つ。

 ――番号札だけ。

 しかも、番号の隣に名前が書いてある……不気味だ。


 いつもならスマホなり漫画本などで時間をいくらでも浪費できるのに、この待合室ではそういうものすら無い。かといって、それが苦痛だと思うことも無いのだ。


 番号を呼ばれるたびに減っていく数字。

 その時々で違うけど――。

 廊下の向こうで「――番号、A-314。転生却下」という無機質な声が響いた。

 次の瞬間、誰かの泣き叫ぶ声が、唐突に途切れた。

 途切れた声は一体どこに行ったのか。

 近づいてくる自分の番号。

 自分の番が訪れたとき、自分がなぜこの場にいるのか理解できるだろうか……?


 それから、どれだけの時間が経っただろうか?

 自分が呼ばれる時間になった時には、すでに日は傾き、外は夕日が輝いていた。


 待合室の椅子から立ち上がり、呼ばれた。

 部屋へと入っていくと、そこは会議室のような、いや、近い記憶にあるもので言えば……高校の面接の時のような状態だと理解した。


 目の前に座る4人の面接官のような面々に、俺はキュッと唇をしめると、用意されていた椅子に腰掛けた。


「えっと、中島ハルアキさんで間違いないでしょうか?」

「はい、中島ハルアキです」


 声を掛けてきたのは俺とあまり年の変わらない女性だった。

 にこにこした笑顔のまま、書類を見てから俺に声をかけてくる。

 

「突然のことで驚かれるかと思いますが、貴方は早朝6時24分32秒、信号無視して横断歩道に突っ込んだ白い乗用車に撥ねられお亡くなりになりました。とても残念なことですが、すでに遺体は燃やされ戻る肉体もありません」


(……え? 戻る肉体が……ない?)


 思いもよらない言葉に、ただ呆然とする。

 だってそれもそうだろう?

 それらを口にした女の子が、とても楽しそうに俺の死を語るんだから。

 これが夢かとさえ思えるほどだ。


「そして、貴方にはこのまま、中島ハルアキとしての死を受け入れるという現実を受け入れるか、異世界転生して第二の人生を送るかを選ぶことが可能です。行きたいのであれば地獄への案内も出来ますが如何しますか?」

「え!?」


 そう声を掛けてきたのは壮年の男性だった。

 思わず驚いて声を上げると、男性は少し優しげに微笑んだ。

 

「地獄への案内は冗談です。栗崎さん、説明は解りやすくお願いします」

「坂本さん真面目ー!」

「栗崎さん?」


 坂本と呼ばれた年配の男性に叱られた栗崎という女子は「叱られちゃった♪」と口にした後、俺に向き合った。


「地獄というのは冗談です。貴方の経歴を見たところ、特に問題はなさそうなので、このまま中島ハルアキとしての死を受け入れるか、多少の興味本位で異世界転生しちゃうっていうのも選択肢としてあるということです」

「ちょっと待ってください。俺、異世界転生とか小説とか漫画みたいな展開の中にいるんですか?」

「ええ、だって貴方は【異世界トラック課】による魂の選別の後、【異世界転生課】で書類選考に残ったというか、特に問題が無いので通過して、今、私たち【異世界転生審査課】で、最終確認の最中です。ここまでは理解できましたか?」

「いやいや、そんな、漫画的な展開なんて……これって都合のいい夢なんですかね?」


「ハハハ」と乾いた笑いが出たけれど、栗崎と呼ばれた少女の隣に座っていたアラサーっぽい女性が眼鏡を上げながら口を開いた。


「都合のいい夢、確かにありますよね。解ります、私も生前は都合のいい夢を願ったものですよ」


 抑揚のない声。

 彼女は眼鏡をクイッと上げながら俺に厳しい目を向けた。

 

「良いではありませんか、貴方には異世界転生という、まさに少年の夢が詰まったような未来も残されているんですから。恵まれた死だったと思って受け入れた方が良いですよ」

「恵まれた死って……残された親とか友達とかどう思うかわかってるんですか?」

「軽率な発言でした。申し訳ありません」


 栗崎と呼ばれた俺と年がそう変わらないような少女。

 坂本と呼ばれた、なんとなくこの場で一番偉そうな男性。

 アラサーっぽいけど、淡々と出来事を口にする女性。

 そして……先ほどからガンを飛ばしてくる昭和的なヤンキーっぽい兄ちゃん。

 どれもこれも統一性が無い。

 もしこれが夢だというのなら、この違和感で目が覚めるはずなのだ。

 けれど、一向に目が覚める気配は無かった。


「中島さん」


 不意に声をかけられ坂本さんの方を見ると、彼は少しだけ困ったような表情で俺を見つめた。


「ここに来て、異世界転生出来ますよと言えば、大抵の人は戸惑いながら異世界に行くか、反対に喜んで異世界へ転生する道を選びます。ですが、貴方は中島ハルアキとしての自分に執着がおありのようだ。このまま中島ハルアキとしての死を迎えることを、こちらとしてはお勧めしたい」

「それは……」

「それとも、異世界転生に尻込みしているだけでしょうか? でしたらこちらの不手際ですね。申し訳ありません」

「でもでも? 異世界転生すると言っても、こちらが提示できるのは、転生希望者の願いを三つ叶えることが出来るということくらいですから安心してくださいね?」

「三つの願いを叶えてもらえるんですか?」


 坂本さんと栗崎さんの言葉に、心が少しだけぐらつく言葉。

 それこそ、王道の転生ものならどんなものがあるだろうか。

 ――現代の知識を持っての転生の後、異世界で無双する系だろうか。

 ――それとも、別の生き物に転生して、世界最強を突き進んでいく系だろうか。

 ――いやいや、男たるもの、ハーレムだって夢を見たい。

 しかも、三つも願いを叶えてもらえるんだ。絶対に二度目の人生は彼女を作って幸せになってみたい。

 けれど……。


「今すぐ三つの願いを決めないといけないんですか?」

「いいえ、こちらに来た方々で、すぐに三つの願いを口にする方はあまりいらっしゃいません。その為、魂が消滅する三ヶ月までの間に願い事を決めていただき、再度こちらで手続きをする方も多くいらっしゃいます。その場合、三ヶ月までの期限まではこちらの役所で用意しているワンルームマンションに暫く滞在してもらっています」

「では、それまでの間、一つお願いしたいことがあります」

「ものによりますが、どういうことをご希望でしょうか」


 坂本さんの言葉に俺は深呼吸をすると――。


「願い事が決まるまでの間で構いませんので、この異世界転生審査課でお仕事を手伝わせてください」


 胸を張ってそう告げると、ヤンキーな兄ちゃんは口笛を吹き、アラサー女性は眼鏡をクイッと上げて眉を寄せ、栗崎はあからさまに嫌そうな顔をした。


「生前の心残りです。良い会社に就職して親を安心させたいって」

「なるほど、それが、貴方が中島ハルアキに執着する理由ですか?」

「はい」

「坂本さーん、私は反対でーす!」

「私も反対です。まともな研修を受けていない死者を指導するなんて、時間がありません」

「俺は反対に良いと思うけどな。仕事がしてみたいなんてガキらしい願いじゃねーかよ」

「「メグミちゃんは黙っててください」」

「下の名前で呼ぶな! ちゃんと谷崎って呼べ!」


 その後は、ヤンキー兄ちゃんの谷崎さんVSアラサー姉さんと栗崎の喧嘩に発展してしまった。

 坂本さんは小さく溜息を吐くと首を横に振り、俺に向き合ってくれた。


「心残りを持ったまま異世界転生するのも忍びないでしょう。願い事が決まるまでの間で良ければ許可をします。ですが、指示には従ってください。これだけは絶対です」

「はい!」

「また、争いだけは絶対に起こさないようにお願いします。その場合、異世界転生する権利を剥奪される可能性がとても高いですし、【異世界転生警備課】に連行されては、私でもなかなか助けることは難しくなります」

「いろんな課があるんですね」

「その辺りは、明日にでもご説明しましょう。まずは、ワンルームマンションへとご案内します。田中さん、お願いします」


 ここに来て、ようやくアラサー姉さんの名字が解った。

 田中さんは大きく溜息を吐くと小さく舌打ちし、顔を上げると俺の元へとツカツカとハイヒールの音を立てて歩み寄った。

 こうしてみると、田中さん結構背が高い……170後半はあるんじゃないか?


「あの……よろしくお願いします」

「ついてきなさい」


 たった一言それだけを言うと、田中さんはサッサと歩き出してしまった。

 明日何時にここに来れば良いとか、何の連絡もないし会話も無い。

 俺の方からいろいろ聞くべきだろうけれど、なんとなく田中さんの今の姿は、母の怒っている時のようなオーラを感じて口に出来なかった。


 市役所っぽい施設の右側に聳えるタワーマンションまでは、市役所から一本道だった。

 むしろ、市役所から出なくても長い廊下で繋がっており、俺は801号室に案内されると、室内に入って驚いた。

 なぜならそこは、生前俺が過ごしていた部屋そのままだったからだ。


「私の趣味で801号室を取らせてもらいました」

「ヤオイですか。何かの隠語ですか?」

「貴方は実に清いですね、是非その清い心のまま早めの転生をお願いします」

「あの、そんなに俺みたいなのが仕事を手伝うのって」

「不快極まりないですが、坂本さんが決めたのであれば仕方ありません」

「そう……ですか」

「では、明日の早朝8時には先ほどの転生審査課に来てください。時間厳守です。遅刻は許されません、良いですね?」


 それだけを早口で伝えると田中さんはハイヒールの音を立てて帰ってしまった。

 一人残された俺は頭をかきつつ、室内へと入っていく。

 外は本当にワンルームマンション。

 けれど一歩中に入れば、驚いたことに生前の俺の部屋があって……。

 

 ――けれど、俺は気がついてしまった。

 俺の死んだと言われている時刻で止まった時計。

 日付だって死んだときのままなんだろうな……。


 俺の死は異世界トラック課が関わっていることは解った。

 命の選別をされたことも。

 ……でもさ。

 このまま勢いで異世界に行くやつは、第二の人生を考えるのに精一杯かもしれないけどさ。

 いざ冷静にこうやって自分の死を見つめると、涙って溢れてくるもんだな……。


「父さん、母さん……ごめんな」


 最初に思ったことは、今まで育ててくれた両親への謝罪。

 ――先立つ不孝という名の罪。

 

 せめて良い会社に入って親孝行するという夢を、願いをクリアしてから転生したい。

 流れ落ちる涙をそのままに、俺は自分の死を受け入れ始めた……。


 そして翌日から、俺は『異世界転生審査課』で研修することになる。

 生き直すためではなく、死をどう受け取るかを学ぶ場所だとは――。

 この時の俺は、まだ知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る