第4章 アスカの村

第26話 交渉

 おおよその方角だけを頼りにして、ハルは砂漠の中、馬を駆っていた。


 目指すのは、ヤマトの北東十キロ余り。かつての東京の北部。アスカの村という、ヤマトよりもかなり規模の大きな村があると聞いて。


 吹き抜ける砂交じりの風が冷たくて、ハルは馬上でマフラーを鼻の上までたくし上げる。

 太陽は低い位置を上がっていく。冬だった。

 かつての時代であれば、そろそろ新しい年を迎える頃だろう。街はクリスマスや年越しのイベントに浮かれる季節だが、この砂漠の世界では、年の境目はなく淡々と時が過ぎるのみだった。






『この計画には、大量の火薬と武器と、人手、そして長い時間が必要だ』


 トキタはそう話した。


 巨大なシェルターの中枢機能を破壊するための火薬。阻止しようとするロボットたちを倒す武器と人手。それらの提供を、子供を攫われた都市周辺の村々に依頼する。村が子供たちを受け入れることも、確約させなければならない。

 村々の協力が得られれば、ロボットやハシバ、そして都市を支配する「意思」というやつの目を盗み、少しずつ時間をかけて火薬を運び込む。


 決行のチャンスは一回だけ。

 都市の破壊と子供たちの脱出を一日で終わらせなければ、計画は実現できない。


 トキタがハルに求めるのは、都市から出られないトキタと村々の橋渡し役になって、周囲の村の協力を取り付け弾薬を調達し準備を進めることだった。




 その日から、手製の地図と睨めっこになった。

 グンジたちの商売に同行したり、宴や村人たちの集まりに顔を出して話を聞いたりして得たヤマトの周囲の村の名前は、二十を超えている。

 子供たちの攫われたのは、新宿を中心として半径およそ十キロ以内に点在する村々と当たりを付けた。情報の少ない東側の村については詳細は分からないが、西、南、北の地域だけでもその数は多い。


 この村の中からまずは二、三の大きな協力者を得られれば、話を進められる。


『もしも子供たちを取り戻せるのなら、私は命を賭してでも率先して行動する覚悟がある』


 以前そう語っていたグンジ。その強いまなざし思い出し、ハルは先にグンジに計画を打ち明けることをためらっていた。

 計画の遂行は、ヤマトの村だけでは無理だ。

 周囲の村の協力を得たとして、村々にトキタの求める量の火薬を賄う力がないのであれば、その場合も計画は白紙に戻る。


 決行の目処が立たないうちにヤマトの村を巻き込むことはできないと思った。期待を持たせるだけに終わるならば、まだいい。最悪なのは、子供を奪還できる可能性を見出したグンジが、少数の村人だけでそれを強行しようとすることだ。

 ヤマトの村に犠牲を出すことは避けたかった。


 最初の交渉は、一日で往復できる範囲でなるべく遠い村がいい。ハルが交渉に失敗してもヤマトに話が伝わることのないよう、商売などの付き合いの薄い村だ。もちろん、人口、財力ともに規模が大きく、武器の所蔵量も多いことが必須の条件。


 そうして狙いをつけた場所。北部では最大規模と思われる村――。一面の砂漠の中で土地勘のないこともあって、アスカまでの道のりは半日近くを要した。




 丘陵を背後に抱えるようにして柵で囲われたその大規模な村は、遠くからでも分かった。


(あれが、アスカ?)


 ここらじゃ一番大きな村じゃないか、と聞いていたが、たしかにヤマトや周辺の村とは比べ物にならない門の大きさ。開け放たれてはいるが立派な木戸を持ち、二層建ての櫓が組まれ、門の両側のほか櫓の上階でも複数の門番が小銃を手に村の外を見下ろしている。グンジに連れられて行った中では規模の大きいほうだったネリマよりも、さらに大きいだろう。

 商売にやってくる者もひっきりなしなのか、村の外にも人がまばらに出歩いているのが見えた。


 門番の顔が識別できるくらいの距離まで近づくと、ハルは馬を降りて背中につけていた小銃を馬具のケースに収め、手綱を引いて近づきながらフードを取ってマフラーを首まで下げ顔を出す。


 櫓の上階にいた門番が、馬の手綱を手に近づいてくるハルに目を留め、

「何者か」

 声を掛けてくる。


「おれは、ハル。ヤマトの村から来た」


 どうやら上階の向かって右がここでのリーダー格らしいと見てとり、その男に向かってハルは声を張り上げた。


「ここの村の有力者と話がしたい」


「ヤマトだと? 商売の者か?」

「違う、村とは関係なく、個人的な話なんだ」


 いぶかし気に首を捻る門番。ほかの門番たちの視線もにわかに集まってくるのを感じた。


「武器は持っていないな?」


 その言葉を号令にしたように、地上にいた一人が駆け寄ってくる。

 ハルは銃を預けている馬の手綱を手放して、両手を上げた。


「移動の護身用の、小銃だけだ」


 駆け寄ってきた門番の、軽いボディチェック。すぐに開放されたものの、ハルは落ち着かない視線を感じていた。


「ヤマトと言ったな」

 上階から、壮年の男が声を掛けてくる。

「定期的な通商のない村だ。このアスカに何用か」


「大勢の前では話せない。あなたは門番か? この村の代表者か?」


 大声で問い返したものの、正直、少々怖気づいていた。

 相手の視線は険しく、門の周りにはさらに複数の人間が集まり、来訪者を警戒している様子がありありと見て取れる。櫓の上にいた複数人の門番が、銃を持つ手に力を入れたのが分かった。


「要件を先に言え。必要とあれば、取り次ごう」


 居丈高に言われて、少し迷う。計画は、秘密裏に進めなければならない。協力する村を集めると言っても、有力者を中心にしたごく少人数にだけしか話さないのが理想だ。が――。さわりだけ話して有力者に取り次いでもらうのは可能か? それともここは、大人しく門前払いにあった方が無難だろうか。

 いやいや、そんなことではどこの村に行ったって駄目だろう?

 少し考えて。


「以前――この村の子供たちが、シンジュクに連れ去られたことがあるか?」

「……なに?」


 上階の門番は剣呑に目を細める。


(あ……不味い?)

 思ったが、今すぐここで引くわけにも行かない。「やっぱりいいです」も通用しないだろう。


「そうだったら、そのことで話がしたい。ただ、あまり話を広めたくない。代表者と会えないか?」


 言いながら、やはり少々後悔していた。今のこの言葉を聞いた人間だけでも、十人は下らない。大勢の前で話せないもへったくれもない。村人たちの間に話が広まって、万が一都市のハシバまで話が伝わることがあれば、計画はご破算だ。


 不安になったハルだったが、上階の門番は束の間考えるような表情を見せたのちに、


「門内へ入れ」


 と顎で示した。




 話をする者が来る。しばしこの場所で待て。

 そう言われて、門から少しだけ入った広い場所で止められる。

 やはりヤマトよりはかなり大きく裕福な村のようで、似たような廃墟を再利用した様子の建物も見られる一方で、ヤマトにはない後から建てられたらしい建物も点在する。

 見てきたほかの村は、ごくわずかな小屋などを除いてかつての時代の建物を利用してそこを居住空間にしているところがほとんどだったが、ここには今住んでいる住人が作ったと思われるものが目に入る限りでもたくさんあった。


 待たされたのは数分のこと。

 櫓の数軒先にある立派な建物から、門番の報告を受けながら一人の男が出てきた。こちらに向かって悠々と歩いてくるその男は、やはりグンジなと年齢的にそれほどの違いはなさそうな、壮年の男。黒い髪を肩の下の方まで垂らし、踝まで裾のあるロングコートを着て頭にターバンのようなものを巻いている。

 上背はあるが、今までに会ってきた砂漠の男たちよりは、肌の色が白く線が細いように感じられた。


 男は広場にやってくると、ハルから十歩ほど離れた場所で立ち止まり真っすぐに視線を送ってきた。


「用があるというのは、お前か。私は、ナギ。アスカの村の取りまとめ役だ。そちらはヤマトと言ったな?」


 鷹揚に言って、うかがうように目を細める。


「おれはヤマトの客で、ハル」

 ハルも負けじと声を張り上げた。

「ヤマトから来たけど、村の代表としてじゃない。個人的に聞いて欲しい話があって来た」


「客だと? ……ふうむ」

 ナギと名乗ったその男は、少しばかり考えるようにしながら鋭い視線をこちらに送ってくる。


「それが、シンジュクの話、と」

「そうだ」

「いかにもお前の言う通り、かつてこの村の子供たちが数十人、シンジュクに奪われた。だが――」


 ナギはやはり警戒するような、険しい視線を送ってきながら、


「そのことで、今になってなんの話がある?」


 ハルはそっと周囲をうかがった。人払いがされたとは言えないが、広場を取り囲むのは少なくとも門番の男たちだけ。仕方ない、か――。


「この村に、もしもシンジュクに攫われた子供たちを奪い返すつもりがあれば、そのことで話がある。ただしここでこの人数の前で話すわけにはいかない。あんたがこの村の代表なら、サシで話がしたい」


 ナギはさらに目を細め、ハルの言葉を吟味するような間を取って、


「ヤマトの客が、なぜ通商のないこの村に、村を通さず一人で来た?」


「それは……」問われて、ハルも少し考える。

「ヤマトだけではこの計画の実現には至らない。いくつか、実現力のありそうな大きな村に声を掛けてからと思って」


 ふうむ、というような唸り声をひとつあげて、ナギはまだ警戒の色を見せながら数歩、歩み寄ってきた。そうしながら、


「子供たちを奪い返す……か。たしかにそれは村の願いではある。だが――」

 手の届く距離まで来て、鋭くハルをにらみ、

「貴様はなぜその話をこの村に持ってきた? シンジュクの手の者が、この村にさらなる厄災をもたらそうというのか?」


「……え?」

 思いがけない問いかけに、ハルは目を見開いていた。


「シンジュクの間者が――」冷たい口調。それが次第に激高の色を帯びていく。「今度は一体、どんな災いの種を持ってきた。あの時に奪っただけでは飽き足らず、この期に及んでまだ我らの村を陥れようと言うのか!」


「え……」


(失敗だ)


 ひやりと、背中に冷たいものが走った。


 シンジュクの間者? そうだ、そう受け取られる可能性を、考えておくべきだった。

 「子供たちを奪い返す」という言葉が、だれにも希望の光に受け取られるとは限らないのか。それは都市の蹂躙を受けながらも今は平和を取り戻して暮らしている村に、新しい災いをもたらす話かもしれないのだ。


 現にハルだって、ヤマトの村を最初に危険に晒さないようにここまでやってきたのではないか。


 都市から子供たちを取り戻すという話には、奪われた村の者たちは一も二もなく飛びついてくると考えていた。それぞれの村の財力や軍備次第でどの程度の協力が得られるかは分からないものの、反対する村はないだろうと。

 けれど、見積もりが甘かったと反省せざるを得ない。

 奪われた者のだれしもが、グンジのように「身を賭してでも戦う」と思っているわけではないし、その覚悟があったとしても一目でハルを信用してくれるはずがないのだ。


(やり直しだ……)


 別のアプローチを考えよう。やはり交流のない村にいきなり来るのは無謀だった。もう少し慎重で十全な根回しが――その方法はこれから考えなければならないが――無事にやり直すことができたなら、だ。


 ナギと名乗った男の、深い憎しみを宿したまなざしと対峙しながら、ハルは方法を必死に考えていた。

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