第17話 「恐怖のサンタクロース」
「なにをやっている! 爺の剣を構えろ!」
魔童女がこちらを振り向き、ウサギ肉を咥えたままのイマダンを叱った。
はっ、と気付いたイマダンは慌てながら腰の剣を抜こうとしたが、上手く掴めない。
悪い妖精の一匹が岩の上に飛び乗り、全体像を表した。
小人の妖精! あれはドワーフ!
高校の『プログラム開発部』で調べた情報が頭に浮かび上がって来た。
ドワーフ……一メートルくらい小人の妖精で、緑や赤の三角の帽子を被っていて、顔は髭ヅラで醜い……足が短く手が長く、普段は洞窟の中に暮らしている……
「ヤツはレッドキャップだ!」
魔童女が俺の間違いを指摘してくれるように教えてくれた。
レッドキャップ……彼らも背が低く赤い帽子を被っている……同じように顔が醜いが目が赤く、普段は廃墟に住んでいて人が侵入したりすると武器で攻撃して最悪殺してしまう厄介な妖精だ……単独行動が基本のはずだが……
こちらに向かって来る!
一匹がこちらに向かって来たら、ほかの連中もゾロゾロ向かって来る。
レッドキャップは槍や斧らしき武器を持ち、こちらにキバを剥いた。
「行くぞ!」
魔童女が号令をかけた。
甲冑少女が先陣を切った。
細く長い剣レイピアを抜いてレッドキャップに突っ込む!
そのうしろを詩人少女が引き受けた。
大きい胸の谷間から短い棒状の物を取り出した。
あれは魔法のステッキ! 少女たちの憧れのカラフル模様のステキな魔法のステッキだ。
「マジックワンドよ、敵に光の鉄槌を与えよ!」
魔法のステッキもといマジックワンド、魔法の杖の先端から三本のビームがレッドキャップに向かって放たれた。
凄い、詩人少女は魔法使いでもあるのか?
三本のビームはそれぞれ三匹に命中したぞ!
しかし、大して致命傷にはならず、血を流して苦しみながらも向かって来る。
彼女はいくつ秘宝魔具を所持しているんだ?
両腕の無双の腕輪もそうだが、背中の琴も秘宝魔具のはずだ。
もうひとりの魔法使い、魔童女は一歩以上遅れてレッドキャップに向かって走って行く。
まだ魔法は使わないのか? 至近距離の魔法か?
目の前のイマダンはまだ動かない。
まだ爺の剣を握ってもいない。
どうした?
足元を見るとガタガタ震えてすくんでいる。
嫌な汗が首筋に流れている。
彼は完全に萎縮していた。
初めてで怖いのは分かるが行かなきゃダメだろ!
上手く剣を振れたじゃないか! 足が動かないのならビームガンを使えばいい!
とにかく走り出せ! いや、その前に爺の剣を股間に添えて光の刃を出せ!
俺はひたすら応援サポートをした。
「なにボーッとしている! 早く剣を構えろ!」
魔童女が叱咤した。
イマダンははっとしてなにか探している。
うしろを振り返って焚き火の周りをウロウロしている。
どうやら盾を取ろうとしたらしい。
しかし、盾は野ウサギの解体でベトベトで、中央の半球の金属は鍋として熱々だ。
呆然としたイマダンは皆んなの方をゆっくり振り向いた。
甲冑少女は細いレイピアで応戦している。
レッドキャップも斧で攻撃を防いでいる。
持っている斧の柄は長く、人間に対して身長の低さをカバーしているかのようだ。
槍を持っているのも同じ意味かもしれない。
詩人少女はマジックワンドでビームを打ちまくっている。
魔童女は杖で叩き回っている……なぜか魔法を使わず肉弾戦だ。
妖精っ娘は皆んなの周りを飛び回って声をかけている。
「ガンバレ! ガンバレ!」
まあ、仕方ないだろう……どう見ても妖精っ娘は戦闘要員には向いてないのだから。
レッドキャップの一匹が棒立ちのイマダンを見つけて走り寄って来る。
走るといっても小人の走りなので速くない。
「ナニをヤッテいるノ!」
妖精っ娘がイマダンの方へ飛んで来る。
イマダンは妖精っ娘の言葉で我に返ってあたふたしながらも腰の爺の剣を掴んで股間に当てた。
「お、お、己の、い、イチモツよ……そそり上げれ」
震えながらのかけ声であったが光の刃は飛び出た。
だが長さは十センチ未満の短小であった。
レッドキャップが柄の長い斧を振り回しながら走って来る。
もう十メートル足らずた。
俺はコインを握った手に力が入った。
イマダンに任せるか、それとも自分で戦ってみるか躊躇していた。
彼が戦えるのなら、邪魔はしない方がいいのではないか……剣さばきは見事なものだったし……自分の時間は三分足らずだし、長引いたらどうなる?
危機迫っているのに、俺はいろいろ考えて動き出せない。
イマダンは爺の剣を構えた。
よし、ひとりで戦えるか、俺はイマダンに期待してみた。
レッドキャップの姿がはっきり分かる距離まで来た。
顔は醜く歪んでおり口からは長い牙を剥き出し、よだれを垂らしていかにも悪役らしい顔付きだ。
服は元の色がわからないほどボロボロで、斧も刃こぼれでガタガタだ。
うっ、なんだこの臭いは! 臭い! 嗅いだことはないが、まるで死臭の臭いがする。
ネットや人から聞いて想像した死臭の何十倍の臭さがヤツからプンプン臭ってくる。
「うっ!」
イマダンも臭いに気付き、しかめっ面になった。
その表情を見たレッドキャップはニヤけ顔をして叫んだ。
「ホッホッホー!」
うっ、グッドボイス! 体型に似合わない低い声で笑った。
どこかで聞いたような……そう、冬休みが始まる頃に……
「うわあぁぁ!」
イマダンは俺の期待を裏切る反応を示した。
なんと彼は爺の剣を放り投げてその場にうずくまってしまったのだ。
「サンタさん怖い‼︎」
サンタさんって……確かに赤い帽子を被って、低音の美声で笑ったが……
違うだろ! なにを言って……いや、なにをやってるんだ!
目の前で頭を押さえてしゃがみ込んだイマダンに俺は唖然とした。
敵を目の前にしてこの無防備な醜態をさらすなんてありえない。
俺は手に持ったコインを見た。
自分がやらないと! 手に持ったコインをゲーム操作板の投入口に入れようとした。
その時、ふと思った。
爺の剣がイマダンの手から離れて地面に落ちている……光の刃も消えている。
この操作盤の少ないボタンで拾う事は出来るのか? もしこの状態でコインを入れてスタートボタンを押したら、素手で戦う羽目にならないか? 本当のゲームなら近付いてAボタンを押せば拾って使えそうだが、もしダメだったら……
それに光の刃がボタンを押しても出せなかったら……あの呪われた下ネタ呪文を唱えないと光の刃は出て来ないんじゃないのか?
都合良くいくのか? それとも上手くいかないのか?
不安要素と不確定要素だらけでコインを入れる手を止めた。
だが、レッドキャップの恐怖は待ってくれない。
「ナニしてんノ‼︎」
妖精っ娘の怒った声が焦ってる。
「このままじゃ死んじゃうわん‼︎」
詩人少女がマジックワンドからビームを飛ばしながら危険が迫っている事を教えた。
「サンタってなんだ⁉︎」
魔童女が杖で防戦しながら、いつものように質問をした。
イマダンへの叱咤が自分の事のように思える。
サッカーチームに所属していた頃、試合で得点圏に入ってからゴールを決めようかパスを出そうかいつも躊躇してワンテンポ遅れて失敗する事が多くてメンバーに怒られていた事を思い出させた。
俺……いつも優柔不断だった……でも今は……
そう、ここで躊躇して出遅れたらすべて終わりだ!
“チャリン”
俺は急いでコインを投入口に突っ込んだ。
しかしスタートボタンは押さなかった。
俺は神が作ったこのゲーム操作盤を過大に信用せず、イマダンが戦闘態勢に移行するまでスタートボタンを押すのを我慢する決定を下した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます