第16話 「守護精霊不要論」

 野ウサギはなにかの気配を感じ取り、辺りを見渡したが人の気配ではないので無視して草を食べ続けた。

 イマダンも風下とか考えずに狙ったはずだが、次からは意識したかのように狙いを定めた。


 “どきゅん、ばきゅん、びびゅぅん、がきぃぃん!”


 凄い、全部当たってるじゃないか!

 身体か? 身体が覚えているというヤツか! モトダンがずっと狩の係だから……身体は知っている……かなり都合の良い設定だ。


「よーし! 全部、殺しちゃうぞ!」


 おい、お前の動物愛はどこに行った!


「もういい! 必要以上に狩るんじゃない!」


 また魔童女に叱られて、またショボンとするイマダン。

 二人の少女は横たわった野ウサギの方へ歩いて行く。


「集めに行くぞ! オマエも来い!」


「は、は~い」


 魔童女と侍従関系が出来上がったイマダンであった。


 目の前に血の付いた野ウサギが倒れている……イマダンはじっと見ているだけで動かない。

 魔童女が見ているだけのイマダンを不思議そうに見ていた。


「なぜ、拾わないんだ?」


「死んでるんだぜ、それ……気持ち悪いだろ」


「貴様ぁ〜! 食料だぞ、いいからとっとと拾え!」

「ひぃ、ゴメンなさ〜い!」


 叱咤されっぱなしのイマダンは出来るだけ遠くになるように腕を最大限に伸ばして野ウサギの足を摘んで持ち上げた。


 現代人の悪癖だ。

 加工済みのバック入りが肉だと思ってるんだ。

 それに気持ち悪いと言うのならお前の身体もそうだ、死体に転生したんだから……


 詩人少女が近付いて、イマダンが持ち上げた野ウサギにナイフを刺した。


「きゃあ! な、なにをするんだ!」


 野ウサギが更に真っ赤になった。


「早く血抜きした方が美味しいんだ」


 詩人少女の代わりに魔童女が応えた。


「向こうの河原でしたごしらえするから、持って来い」


 二人の少女は足早に進んで行った。


「うさちゃんが……酷い……悪魔だ……」


 イマダンは真っ赤な野ウサギを見て嘆いた。

 遂には暴走して動物愛護運動を決起した。


「カワイイ動物を殺して食べるなんて酷い!

 悪魔の所業だ!」

「うるさい! 早く来い!」

「しゅん……」しゅん!


 決起運動は呆気なく敗北し、従順にうしろに着いて行った。


 大体自分でヤったんだし、肉が食べたいって言ってたよな。

 ……とりあえず、猟師さんに謝れ。

 猟師さんは害獣駆除やジビエ料理用に狩っているのであって、酷くも悪魔でもないんだから。



   ***



 河原には小枝の束があった。

 焚き火の薪に使うのだろう。

 大きな石の上にはキノコと山菜らしき物まである。

 見廻りをしていた甲冑少女と妖精っ娘が集めたのだろうか?


 少女たちは大きな石の上に野ウサギを置いたのでイマダンもマネをした。

 野ウサギは人数分の5羽だ。

 妖精っ娘には大き過ぎるが、あれば文句は言わないだろう。


「さあ!」


 魔童女がイマダンに手を差し出して来た。

 イマダンは顔を赤くして、自分の手を出してシェイクハンドしようとした。


「盾だ! バカめ」


 勘違い赤面の彼は言われたまま背中の盾を渡した。

 魔童女は盾の真ん中にある、丸い金属の部分を取り外した。


「きゃあ! 壊れた……なにをするんだ!」

「この部分は鍋に使うんだ」


 彼女は平地に盾を寝かせ、その上で山菜をナイフで切り始めた。

 その横では詩人少女が野ウサギの皮を剥き始めていた。


「きゃぁ! うさちゃんが、なにをするんだ!」

「うるさい! オマエは体毛も食べる気か?」


 盾をまな板にして、詩人少女と魔童女が野ウサギの内臓を取り出し、代わりに草……香草、ハーブだろうか……肉の生臭さを消す為の草を詰め込んだ。


「きゃあ! おれの盾が! うさちゃんの中身が!」

「うるさいうるさい! 黙れ黙れ! まったく騒がしいヤツめ」


 目の前で野ウサギが手際よく肉へと加工されていく姿を俺は関心しながら見学していた。

 一方女性のような悲鳴をあげていたイマダンは今にも泣きそうになっている。


「ああ、地獄の光景だ……」


 イマダンよ……とりあえず、食肉加工業者の皆さんに謝って貰おうか。

 彼等が動物を肉に加工して我々の元に出してくれるのだから。



***



「無双の指輪よ、我に烈火を与えよ」


 詩人少女の腕輪が光り、彼女の手は炎に包まれた。

 その手をひと塊に集めた薪の中に突っ込んだ。

 薪は見る見るうちに真っ赤に燃え上がり、焚き火となった。


 秘宝魔具というのは、かなりの便利グッズのようだ。

 彼女の無双の指輪は『火の属性』の魔法グッズとして戦闘から調理、そしてスケベ男を懲らしめる魔具として大変役立っている。


 彼女らは野ウサギの肉を木の棒に刺して焚き火の周りに並べた。

 どこかで摘んだキノコと山菜の葉っぱを、イマダンの盾の真ん中にあった半円の金属を鍋にして煮込んでいる。


「おれの盾が……バラバラだ……」


 長方形なのに六角形の盾を分解されて鍋とまな板と化し、イマダンがいじけた態度を取っていたその時、甲冑少女と妖精っ娘が見廻りから帰って来た。

 イマダンの態度を見た妖精っ娘はピンと来た。


「また、悪い事シテタの!」


 それに素早く反応した甲冑少女は腰の剣に手をかけた。


「ち、違うんだ、違うんだよ〜!」


 また情けない声をあげてイマダンは泣きそうになった。


「少し寒くなって来たにゃん。

 火にあたって休みましょう、にゃん」

 

 詩人少女のひと言でその場は安らぎ、皆んなは無言で焚き火に集まった。


 “ひゅう!”


 少し強めの風が吹いて来た。

 俺は触覚がないので温度が分からないがイマダンが身震いしたので寒いのだろう。

 季節はいつ頃だろう……空から見た時には雪が見えなかったから冬ではない……春か秋だ。


「うぅ、寒い」


 寒さで身を縮めたイマダンが、詩人少女と魔童女の間に割って入って焚き火に近付いた。

 だが、魔童女に弾き飛ばされてしまった。


「オマエは臭いから、向こうの草葉の陰からぬくんでいるワタシ達を羨ましそうに眺めてろ!」


 酷い仕打ちだ。

「ち、違うんだ! あ、汗の匂いでアノ匂いじゃないんだ!」


 魔童女はすぐに隙間を空けて居場所を用意してくれた。


 ああ、やっぱり皆んなホントは優しいんだなぁ……

 それにしても、いい加減イマダンは墓穴を掘る発言は辞めて欲しい。

 そのイマダンはいい気なもので少女たちの空気を思いっきり吸ってご満悦だ。


「オマエ、ナニやってんだ?」

 

 さっきから鼻をピクピクさせてニヤついてるイマダンに魔童女が聞いた。


「いやー! 皆んなの匂いが……いえ、野ウサギの匂いが美味しそう〜だなぁ〜っと……エヘヘへ」


「気持ち悪いヤツだなあ、あいからわず」


 文句を言い合いながらも二人は上手くいっている。

 ……そういえば、さっき俺とイマダンの意思が合わなかったよな……


「もうそろそろいいにゃん! それではいただきわん!」


 詩人少女が鍋の山菜を小さなお椀に入れて分け始めた。

 詩人少女の語尾はあいからわずカワイイ!


 皆んなが一斉に肉にかぶりついた。

 甲冑少女は食事の時にも兜は取らない……

 妖精っ娘は自分よりも大きい肉にかぶりついて肉の中に入って行く……逆に肉に食べられてるみたいで、ちょっとしたホラーだ。

 詩人少女も肉を食べながら胸が揺れている……

 あっ、イマダンの野ウサギの足が魔童女に取られた! それくらいで泣くなよ。


 ……皆んな生きワイワイと過ごしている……なんだかんだ言ってイマダンは皆んなの輪の中に入っている……

 皆んなもイマダンに対してモトダンと同じように接しているみたいだし……なんだか楽しそうだ。

 ごく自然に過ごす皆んなを俺はずっと見ていた……


 この異世界で守護精霊になってから、俺は音響効果の特殊効果音しかしてない……しかも人知れずに……サポートも出来てない……


 俺……いらないんじゃないか?

 イマダンの剣の扱いも上手かったし……いずれ魔法も使えるようになるだろう……そうなったら彼を操作板で操作する事もなくなる……


 神様……俺、必要あるのか……? ただの厄介払いで守護精霊にしたんじゃないのか?

 ……俺……ただ観ているだけの傍観者に生まれ変わっただけなのか……


「トォクトォクトゥーン! トォクトォクトゥーン!」


 なんだなんだ⁉︎ 

 妖精っ娘がロボットのような音声と、ぎこちないロボットダンスのような動きを始めた。

 皆んなは食事を止めて、その場から立ち上がった。

 あっ、イマダンがこの隙に魔童女に取られたウサギの肉を奪い取った。


「悪い妖精が近付いてクル!」


 妖精っ娘の掛け声で皆んなは戦闘体制に移った。

 イマダンを残して。

 どこだ敵は⁉︎

 

「アッチよ!」

 

 妖精っ娘の小さな指が指す方を見ると遠くの方に岩場があるだけでなにもいない……

 いや、なにかうごめいた。

 岩の上に赤いのがチョコンと飛び出した……ひとつ、二つ……五つあるぞ!

 その内のひとつがヒョコンと顔を見せた。

 まだ遠くてよく見えないが赤いのは帽子のようだ。

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