第12話 「老婆と春の花」
村はあいからわず閑散として活気がなかった。
建物も全体的に痛んだまま放ったらかしな感じだ。
モンスターとの最前線だからか、いつ襲われるかも分からないから修理にあまり手を掛けていないのかもしれない。
かといって行く宛もない村人は、ここに住むしかない……
そのお陰で俺たちが休む事が出来るのだが。
宿屋に向かっている道中、五十メートル前方に腰を曲げたお婆さんが杖をついて建物から出て来た。
「あらぁ、あの御婦人は……」
詩人少女が気付いたのをお婆さんが気付き、うしろを向いてしまった。
そのお婆さんを見た魔童女はイマダンを杖で突きながら催促した。
「おい、オマエがアタックしたババァだろ。
オマエの二つ名『チャレンジャー』の威信を見せてみろ」
え~! 『チャレンジャー』って二つ名、本当だったの!
モトダンの女性の趣味がワカンネー!
威信を見せろって言われても、威信を見せる程の二つ名でもないし……
イマダンがまた固まってしまった。
でも、ここは行かないとまた怪しまれるぞ。
どうする? イマダン!
もうする? 俺!
イマダンの身体から湯気が出て、また汗ばんで来たのがうしろから確認出来た。
彼も若い女性が好きなはずだ。
俺は元気よく弾む胸が大好きなのを知っているからだ。
「アタックと言っても怪我させるんじゃないぞ!
まったくオマエは酷いヤツだな」
魔童女かアタックをナンパではなく、そのままの意味の攻撃だと思っている……ああ、君はなんて純粋な幼女なんだ、ホッコリだ。
でもこちらはホッコリする余裕はない。
どうする、行くのか? 彼女たちはイマダンの行動を見ているぞ!
イマダンの足がゆっくり前へ動き出した。
膝を震わせながらお婆さんの所へ一歩ずつ進んで行く。
そして、すぐ近くまで接近して立ち止まった。
お婆さんはうしろを向いたまま、気付いているのかどうか分からない。
イマダンは手を伸ばしたが引っ込めた。
どうすれば良いのか分からないのだろう。
イマダンは引いた手をおもむろに脇に差した爺の剣に置いた。
まさか本当にアタック[攻撃]するんじゃないだろうな!
思い直したのか、剣から手を離した。
ふう、怖いよ。
イマダンの気持ちが少し分かる自分も怖かった。
うしろ姿を見れば、かなりの御老齢で杖なしでは歩けそうにない。
もしかしたら顔は歳の割に美しいのでは? そうでなければモトダンも声を掛けないだろう。
「お、お婆ちゃん!」
おっ、イッたー! イマダンは意を決して声を掛けた。
「あぁあ!」
お婆さんは少し怒った顔で、こちらに振り返った。
眉間のシワが激しい。
どうして怒る? 緊張が走る。
容姿に少し期待したが、お婆さんは振り返ってもお婆さんだった。
七十代、下手をすれば八十代にも届きそうなお婆さんだ。
モトダンは本当にアタックしたのか?
「ご、ご、御婦人! き、今日はイイ天気ですね……」
まずまずだ、天気を聞くのは定石だ。
「なんか、ようかい」
「え~と、その〜
……はて?」
続きはないんかい!
イマダンは見切り発車をしたようだ。
とにかく言葉を繋げ、考えて考えろ!
「よ、良い天気ですね……」
さっき言ったぞ、考えた結果がそれか!
「オマエ! ワシはまだ、もうろくしておらんぞ!
馬鹿にしおって!」
さらに怒らせてどうする!
「……」
イマダンは棒立ちのまま。
返事を返せ!
彼は大粒の汗をダラダラと垂れ流し、うしろを振り返って助けを求めるかのように少女たちを見た。
二人を見てもどうにもならないぞ! ただ怪しまれるだけだ!
俺はゲームの操作盤のレバーを握りしめた。
「ご、御婦人!」
「だから、なんじゃい!」
また繰り返しだ、もう限界なのか?
俺は手の中のコインを確かめた。
このゲーム機でなにが出来る?
「つ、月が綺麗ですね……」
はあ! なに言ってんだ、この男は?
まだ朝だぞ。
「そうかね」
話が通じた? なぜ、なぜ? 謎、謎?
俺は意味が分からず天を見上げた。
あっ! お婆さんが出て来た建物の入り口の上に、板金で作った三日月のようなマークの看板が掛けてあった。
「あの看板はのぉ、死んだダンナが丹精込めてこしらえたモンでなぁ。
ワシの店の目印さのぉ」
「す、素敵な……だ、旦那様ですね」
なんだか上手くいったぞ!
三日月のマークの看板は、なんの店なのか?
そこから話題を引き出せば良い方向に進むかも……
「あっ! こんな所にゴミが……」
イマダンはそう言ってお婆さんの頬の黒くて丸い物を摘んだ。
だが、引っ張っても取れない。
「なにをするんじゃ! そりゃあホクロじゃ!」
お婆さんの顔が見る見る険しくなり、烈火の如く赤くなった。
アタックは大失敗だ!
俺はコインを操作盤の投入口の手前でスタンバイした。
しかし、このゲーム機に恋愛シミュレーションの基盤[ゲームソフト]が入っているとは思えない。
本当の意味でのアタック機能しかないはずだ。
お婆さんは敵? ではないので倒しても経験値やコインは貰えないだろう。
……どうすればいいんだ? 俺はなにも出来ない!
イマダンの身体から滝のような汗がイッキに吹き出した。
水蒸気で大気が揺らぐ程の量で、かなりテンパっているのが誰が見ても分かるレベルだ。
イマダンはホクロを摘んだ手を、震えながら優しく撫でた。
「は、花の蕾……だったんですね」
……花のつぼみ?
意味が分からないが、それでも続けようとしている。
「あ、貴女は野に咲く一輪の美しい花だったんですね」
「なにを言うとるんじゃ!」
イマダンの台詞に、お婆さんは困惑している。
俺も理解出来ず困惑している。
「ぼ、ぼ、ぼ、僕が、あ、あ、あ、あなたの蕾を咲かせましょう」
「な、な、な、なに?」
な、な、な、なに?
お婆さんと俺は同じ質問を吐いて見事にシンクロナイズしてしまった。
「貴女を大輪の花に、咲かシタイ‼︎」
なんじゃ、そりゃあ‼︎
お婆さんは下を向いたまま、動かなくなってしまった。
身体が小刻みに震えている。
怒っている?
もうお手上げだ、この状態ではなにをしても終わりだ。
不意にお婆さんは顔を上げて、イマダンに顔を見つめた。
その瞳は潤み、頬は紅を指したように高揚し、まるで花が開花したばかりの華やかで煌めきの表情を魅せた。
「春が来たぁ‼︎」
お婆さんは恋する乙女と化した。
その時、俺の胸の中をなにかが通り抜けて行った。
それはイマダンの首の襟元を掴んで引っ張った。
「ナニ遊んでいるノ! モウ出発の時間なんだかラ!」
その正体は妖精っ娘で、時間が過ぎても来ないので迎えに来たのだ。
イマダンは無心のまま百八十度ターンして、二人の少女の元へ無言で歩いた。
「は、春がぁぁ! 春が来たぁぁ! 春がぁぁ来たのよぉぉぉ‼︎」
お婆さんの春のリフレインを聴いて、イマダンは早足になった。
「マタ、変な事をシテタ――」
妖精っ娘は説教をしようと、イマダンの顔を見たが口をつぐんでしまった。
彼女は目を丸くして、顔が青ざめて引きつった恐怖の表情になっていた。
きっとイマダンの顔は物凄い形相になっているのだ。
それを妖精っ娘の表情で察した俺は、イマダンの顔を覗き見る事が出来ずに真っ直ぐ前を見続けた。
「はあぉうぅ~ん、待ってぇえ~ん! ダアーリ~ン!」
イマダンは早足から競歩に変わった。
お婆さんが彼を呼び止める声が、艶のある声に変わったからだ。
彼の競歩はテレビ中継で観るような、しっかりとしたフォームであった。
走っては失礼と思った彼なりの配慮なのかも知れない。
一心不乱で歩く姿は経験者に見えた。
コイツの部活は陸上部か?
腰をねじらせ、お尻を左右にカクカク振った姿は一流のアスリートだ。
ゴールで待っていた二人の少女は笑いのネタにしようと見ていたかも知れないが、イマダンの死期迫る表情と初めて見る競歩の歩き方に驚愕の眼差しで待つハメとなった。
そろった四人は一言も喋らず、宿屋へと足を進めた。
……あれ! これって、ただの声掛けだけでヨカッタんじゃないか?
お婆さんと軽く挨拶だけで……ナンパを成功させる必要はまったくなかったんじゃないのか?
***
宿屋に戻った彼らは出発の準備を整えて、冒険へと歩み出した。
村の壁の門を出る時はフリーパスだった。
門を警備していた門番は、通りすがりに『チッ!』と舌打ちをした。
え~! なんでぇ~⁉︎
まだお昼前なのに精神的にクタクタで弱ってる俺たちになんでケチを付けてくるんだ!
はっ! お婆さんとの事がバレて、嫉妬したんじゃ……
イマダンも気付いて振り返ったが、魔童女がそのまま進むよう杖で背中を押した。
***
「なんだよぉ! あの門番は?」
村が見えなくなった所で、イマダンが我慢出来ずに愚痴った。
「それはオレ達が金を払ってないからだ」
魔童女はイマダンを見ずに前を歩きながら話した。
え~! なんでぇ~⁉︎
君たち無銭飲食なの?
武器か? 武器か魔法で脅したのか?
もしかして、この世界の冒険者はゲームと一緒で、家探しをして壺や宝箱から金品を奪う盗賊行為も行うのか?
「ど、どうして?」
イマダンが恐る恐る聞いた。
彼もまた、このパーティーが実は危険な闇グループではないかと危ぶんだ。
「国が金を出してくれるんだ!」
魔童女がイマダンが思っている事を察して、少し怒った感じて答えた。
「わたし達は国からの勅令で戦っているのにゃあ。
そして、あとから国王の使節が村にお金を支給する手筈なのにゃ」
「国はケチだからな、少ししかもらえないみたいだ」
「それで皆んな怒ってるにゃ~」
なるほど、詩人少女と魔童女が交互で説明してくれたので分かりやすかった。
国と国民の関係は、どこの世界も同じなのだな。
「さて大事な話をしよう」
魔童女の合図で四人の少女が集まってイマダンを囲んだ。
魔童女は彼を指差して、話を切り出した。
「オマエはクビだ![You're fired!]」
え~! なんでぇ~⁉︎
「え~! なんでぇ~⁉︎」
俺たちは訳も分からずハモリ続けた。
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