抱きしめてくれる彼

「駆け落ちしようっ、二人で一緒にっ」


彼はそう言って、

あたしのことを抱きしめてくれた。


本当のお父さん以外に、

私が初めて抱きしめられた男の人。


この人は私を

愛してくれているに違いない、

直感的にそう思っていた。



「そんな鳥かごに

閉じ込められたような生活、

今すぐに捨ててしまうべきだ


君は解き放たれて

もっと、もっと自由に生きるべきだ」


彼だけは私のことを分かってくれる。


この人こそが

私がずっと待ち続けていた

私を自由にしてくれる人だ、


そう信じて疑わなかった。


私の心はすっかり彼に奪われていた。



「いいかい?


明日の夜、この場所で

僕は待っているから


二人で駆け落ちして、

そして、結婚しよう」


「分かった

明日の夜、必ず来るからっ」


あたし達はそう約束して、

熱い抱擁と口づけを交わした。



初めて彼と出会ったのは

私の高校の文化祭で


たまたま遊びに来ていた彼に

声を掛けられたのがきっかけだった。


私は何故だかよく分からないが、


ハッキリと顔を覚えていない筈の

本当のお父さんに似ているような、

そんな気がしてならなかった。



それからあたし達は

こっそり二人で会うようになる。


家が、というかジルが厳しいので、

二人が会うのはいつも

みんなが寝静まった深夜だった。


場所は家から少し離れた

今は使われていない教会。


スマホに彼からの通知が来ると

私はソワソワしながら

みんなが寝静まるのを

いつもじっと待っていた。


忍ぶ恋ほど燃え上がる、

これはこれで、障害がある恋に

二人の気持ちは盛り上がって行く。



だが、私が彼との約束を

果たすことはなかった……。


家を出ようとした直前、

不意を突かれて、

ジルに身柄を拘束されたのだ。


本当かどうかは知らないが、

自称元軍人の大女ジルに

腕力で敵う筈はない。


ご丁寧に、

彼と連絡が取れないように

あたしのスマホまで取り上げられた。


「お嬢様もお年頃ですから、

恋愛にも多少は

目をつぶっておりましたが……


さすがに

駆け落ちさせる訳にはいきませんし……


それに今回は相手が悪過ぎます……」


ジルはそう言いながら

地下室の蓋を閉めた。


頭に血が上っていた私は

ジルの言う意味が

よく分かっていなかった……。


相手が悪いとは

どういう意味なのかを。



再びあたしは

あの地下室に閉じ込められた。


あの日以来の地下室。


ジルは間違いなく

養父に命令されたのだろう。


ジルはあたしと彼との交際を

はじめから知っていたのだ。


しかし、駆け落ちすることを知って

養父に相談したところ


私を行かせないように

ジルに命令して

地下室に閉じ込めた、

おそらくそんなところだろう。


あたしには

口で言っても無駄だ、止められない、

それを養父はよく知っている。



今回もまたあたしは泣き叫んだ、

幼かった時と同じように。


あの時の恐怖が蘇って来て、

あたしは子供のように取り乱し

泣き叫び続ける。



やはり、あの人は

いつまでもずっと私を

鳥かごの中に入れておきたいんだ。


綺麗なお人形さんでも

鑑賞するみたいに

今なお私を眺め続け、


死ぬまで私を鳥かごの中に

入れておく気なのだ。


私の意志も、何も

尊重してはくれないのだ。


私は泣きながら

養父を恨み続けた……。

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