最初の地下室

それは突然のことだった。


数日前から、何か

空気が緊張していて怖かった、

そんな記憶がある。


何が起こるのだろう?


子供ながらに私は

ピリピリした空気を感じて怯え、

震えていた。


何か怖い事が起こるのか?

私は何かされるのではないか?


胸がざわつき、不安で一杯だった。



表情を外に出さない養父が珍しく

険しい怒ったような顔をして、


まるで恫喝でもしているかのように

大声で、早口で私に何かを言っている。


だが、日本語の理解が乏しい私には

何を言っているのかは分からない。


そのあまりの剣幕にびっくりして

私は思わず泣き出してしまった。



すると養父は、

私の手を強く握って

どこかへ引っ張って行く。


この家を追い出されるのではないか?

変な所へ連れて行かれるのではないか?

何か変なことをされるのではないか?


私は怖くて、怖くて、

泣きながら必死に嫌がった。


今思えば、あれが、養父が私に触れた

最初で最後だったのではないだろうか。



幼い私の勘は当たっていた。


床にある蓋が開いていて、

地下にある物置に

私は押し込められた。


「いやぁっ! いやぁっ!!」


私は必死に抵抗して

外へと出ようとしたが、


地下に差し込む光が

徐々に少なくなり、

やがてまったくの闇となる。


蓋は完全に閉められた。



「あけてぇっ! あけてぇっ!!」


私は泣き叫びながら、

何度も閉められた扉を叩いた。


手が痛くなるぐらいに。


「何でも言うこと聞くからっ!」


「いい子にするからっ!」


「何でもするからっ!」


「お願いだから、あけてぇっ!!」


泣き叫び興奮し過ぎて

気持ちが昂り過ぎて、


自分でも何を言っているのか

よく分からなかったが、


とにかく叫び続けた。



光がまったく差すことの無い暗闇。


何も見えない恐怖。


私は必死で扉を開けようと

渾身の力で押し続けたが、

子供の力で開けられるものではない。


いや、大人の力でも開けられないのは

あたしが一番よく知っている……。



私は絶望した……。


きっと私は

このまま死んでしまうんだ……


このままずっと

ここに閉じ込められたまま、

私は死ぬんだ……


新しいお父さんは

私のことが嫌いだから、

私を殺そうとしているんだ……。


そんなに私のことが嫌いなんだ、

そんなに私のことが憎いんだ……



暗闇に目が慣れて、

少しは周りが見えるようになったが、


扉が開けられる気配は

一向になかった。


泣き叫び続け、

体力を激しく消耗した私は

疲れ果てて寝てしまう……。



再び目を覚ました時、

まだ私は深い闇の中に居て


どれくらいの時間が

経ったか分からない。


もしかしたら

何日も過ぎていたのかもしれないし、

数時間だったのかもしれない。



それからしばらくして、

ようやくジルが地下の扉を開けてくれる。


暗闇に慣れた目に

外の光は眩し過ぎて、


よくは見えなかったが、

確かにジルも泣いていた。


私はジルに飛びついて、

抱きついて再び泣きじゃくる。


私達は抱きしめ合って泣いていた……。



それがなんだったのかは、

やはりしばらくは分からなかった。


またしばらく学校が休みになって、

私は再び家に閉じ込められる。


学校が再会された時に、


ジルが運転する

送迎の車から見た景色は、


以前とはまったく違うものだった。



いつも遠くに見えていた

高い建物が無くなっている……


遠くの景色がすべて

平坦になっている……



あの日、東京には

ミサイルが落ちて来たのだ……。



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