魔寄せDKと魔除け猫の怪奇事件簿

小林

白黒の絆編

プロローグ

 見えないはずのモノ――所謂「霊的な存在」が見える人間の私生活が一体どんなものなのか。それを見えない方々に知ってもらうために、見えるだけでなく引き寄せてしまう体質のおれが、自分の日常を語りたいと思う。

 おれの日常と言っても、おれが普段見ている世界は普通の人にとっては非現実的なものだろうが。

 もちろん、非現実を生きているおれの中にも「日常」と「非日常」という線引きは存在している。この場合の「非日常」は世間一般の「非日常」に該当するものだ。分かりやすく言えば、ミステリー小説やサスペンスドラマの主人公がよく巻き込まれる「事件」が、「非日常」の定義に当てはまるだろう。


 さて、おれの日常を語る前に、自己紹介をしておこう。

 白乙女しらとめ千月ちづき。一六歳の健全な高校二年生の男子。物心ついた頃からおぞましい存在を視認できてしまう体質で、おれは前髪をわざと目元まで伸ばし、出来る限りそれらを視界に入れないように生活してきた。

 小学校に上がった頃知ったのだが、おれはにとって極上の食べ物で、それ故に誘蛾灯の如く奴らを集めてしまう「魔寄せ体質」らしい。ちなみにそれを教えてくれたのは、近所の寺の住職だった。



 話が少し変わるが、我が家には黒緒くろおという名の雄の黒猫がいる。金目銀目と呼ばれる縁起物の綺麗なオッドアイを持つ、超高齢の猫だ。母が小学生の頃から白乙女家で飼っており、祖母が与えたと言う赤い首輪に、大きめの鈴を着けている。本人(本猫)曰く、鈴の音が気に入っているらしい。

 住職によると、おれは黒緒が傍に居なければとっくに死んでいたのだという。なぜかと言うと、化け物に喰われて死んでいてもおかしくないほど、おれの「魔寄せ」体質は強力であるということだ。

 その強力で凶悪な体質が、黒緒の存在によって中和されているのだと住職は言っていた。なんでも、黒緒は魔除けの性質を持っているらしい。それもなかなか強力なものを。

 おれの体質を黒緒の性質が中和することによって、おれは一六年の人生を五体満足で生きて来られたのだった。


 どうやら黒緒は、おれが母の胎内にいた頃からこの面倒な体質に気付いていたらしい。おれが生まれる前は母に、おれが生まれてからはおれの傍に張り付き、離れようとしなかったそうだ。両親は、黒緒がおれを弟のように可愛がっているのだと思い、やたらとおれたちの写真を残している。

 実際黒緒はおれよりずっと年上なので、おれのことを弟、もしかすると息子のように思っているかもしれない。しかし黒緒がおれから離れなかったのは、ひとえに奴らからおれを守るためだった。

 両親が撮り貯めたおれのアルバムのほとんどが、ものの見事に心霊写真である。オーブだけが映っているのもあれば、はっきりとその悍ましい姿が映っている写真もある。黒緒は自分を魔除けとし、奴らがおれに憑かないように守ってくれていたのだった。


 そうして黒緒が守ってきてくれたお陰で、おれは非現実的な日常を約一七年続けてこられたわけである。

 ただ少し困ったことがあるとすれば、おれは黒緒がいなければ夜も眠れぬほど怖がりになってしまったことと、黒緒がいなければおれの身に安全はないということだろう。

 両親も二人の姉も、「いい加減黒緒離れをしろ」と言うが、黒緒から離れたらおれの命の灯は、あっという間に掻き消える。どれほど口酸っぱく言われても、おれは黒緒離れをするわけにはいかないのだ。最近では家族も諦めたのか、小言の代わりに「将来家を出ることになったら黒緒は連れて行けよ」と言うようになった。


 ところで、我が家族たちは分かっているのだろうか。うちの猫がかれこれ四十年以上生きており、猫の平均寿命をとうに過ぎているということを。人間の年齢に換算すると一七〇歳を超す、超高齢猫だということを。

 若猫と遜色ないほど毛並みは艶々しているし、運動能力も高い黒緒だが、年齢的にはいつ死んでもおかしくないのだ。毎年の健康診断でお医者様の度肝を抜かすほど健康体なこの猫が、すぐにポックリ逝ってしまうとは思えない。それでももし、万が一、そんなことが起きてしまったら、おれはどうすればいいのだろう。大人しく襲われて死ぬしかないのだろうか。それだけは死んでも嫌だ。



 なんだかフラグを立てるような発言をしたが、結論から言うと黒緒は死なない。もうしばらくはおれを過保護にしてくれるだろう。なんならそろそろ化け猫に昇格するかもしれない。すでにに片足を突っ込んでる状態らしいので、いつ「ただの猫」を辞めてもおかしくはないらしい。


 それからもう一つ、言っておくことがある。訂正、謝っておくことがある。

 おれという見える側の人間の「日常」を語るなどとは言ったが、残念なことにこれから語るのは、おれの非日常の話になる。

 そしてもっと残念なのは、この非日常がこれから先、おれの日常になるかもしれないということである。


 非現実を生きる人間の非日常。それでもいいから知りたいと言う好奇心旺盛な方、おれなんかの話でよければ聞いて欲しい。おれもそろそろ、誰かに話さなければ胃に穴が開きそうでやっていけない。



 それではどうぞご覧あれ、おれが生きる現実の、非日常のお話を。

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