4 超音速滑空機:Logarisのフライト #69 【末端に補足有り】

『始動前につき省電力モードで各種確認作業中……』


 直後プログラミングが羅列された文字が高速で流れる。あくまでも手順通りに進んでいるので特に気には留めない。もし、エラーが出たら焦っちゃうかも。


『プログラム支障なし、起動承認』


 大丈夫、大丈夫。


「『起動承認』を確認、イグニッションスイッチ・オン」


 エンジンのイグニッションスイッチを入れ、スターターに左手親指をかざす。機体周辺に人がいないのを確認してから。右手の人差し指を中でクルクルと回した。



「コンタクト」



 一呼吸おいた後エンジンのスターターを押し込む。操縦席後方には小型のジェットエンジンがブレードをゆっくり回転させながら回転を始めた。点火までしばらく時間が必要で、次第にジェットエンジン特有の鼓膜に刺さるような高周波音が響く。試しに声を出してみるが、それすらかき消されてしまう。勿論このままでは無線が聞こえないままになってしまう。


『ノイズ遮断機能作動』


 座学で教わった通り、瞬く間に機体が自動でノイズを打ち消してくれた。


『アビオニクス計器類オートスタートアップ。GPS測位、衛生ネットワーク構築完了』


 機体の姿勢を示す水平儀、が映し出される。


 心臓の鼓動が早くなり、自然と口角が上がる。


『セッションを起動中…。フライターのモードと同期を開始、主翼各部を調整開始』


 外を見ると翼の前後の角度が変わっていく。搭乗したときにほぼ直線だった翼は止まる頃には、戦闘機の様に逆V字のデルタ翼に変わっていた。


 同時に頭部になにやら違和感を覚えたので、恐る恐る手を触れるとフサフサとした何かがある。胸ポケットから手鏡を取り出し確認した。


「耳?」

 何だろうこれ?


 無線越しに敷島先生から呼び出しを受ける。


『それがフライターの仕様だ。何らかの優位性があるが、その具体的なスキルはフライトで見出すんだ、……とはいっても初回だし機体を飛ばすことを楽しんで。管制は柊木が受け持つから周波数は118.02に合わせるように。それと通達で滑走路15側の誘導路に工事車両がいて、通れないから気を付けて。管制には通達を受領した証明“インフォメーションE”を通報してね』


「118.02とインフォメーションE、了解しました」


 スロットル下にあるテンキーから周波数を入力し、有効化する。えっと機体識別っと。


「Hachiouji TWR Logaris202RM I have information E, request taxi for departure.(八王子管制Logaris202RM ですインフォメーションEを受信済み。出発までの滑走許可をください)」


『Logaris202RM taxi down RWY 33 wind 002 at 4 kt.(33滑走路までの滑走を許可、風は002方向から4ノット)』


「Roger Taxi down RWY 33 Logaris202RM(了解、滑走路33までの滑走します)」


 私は柊木先輩の指示通りタキシングを始めた。まるで電車の運転席にあるレバーのような、一七段階もあるスロットルを奥へと倒していくと加速が始まる。誘導路へ出るまでブレーキングやステアリングの感覚を足に馴染ませる。



 TFUNだと足回りが堅いので曲がるまで一苦労だったが、この機体はそうでもない。ただスロットルの微調整が難しいのが難点。搭乗する機体ごとに毎回思うけど、どうして他はいいのに、ここはこうなってしまったのだろう……と。もしも『乗りやすい機体アンケート』があったら一〇点中八か九点になる機体が多いだろう。

 誘導路ではスロットルをもう少し倒し、速度を上げてみた。旅客機ほどではないが、可愛げに『キーン』と轟音を立てながら加速する。


『自動にて各項目を確認中』


 滑走中に操縦桿を倒し引っかかりが無いかを確認した。するとタスク欄に示されている文字が正常を表す緑に変わった。エンジンの出力は油圧や計器を元に自動で調整され、次々とタスクを完了していくが、それでも操縦系統は人の手で確認しないといけない。そういう面ではバランスが取れている。


『項目全て正常、離陸承認』


「離陸承認を確認」


 私は操縦桿に付いている無線のスイッチを押し込んだ。


「Tower Logaris202RM Ready(管制、準備完了です)」

『Roger Cleared of Take-off RWY 33. Wind 030 at 3 kt(了解、滑走路33より離陸を許可)』


 離陸許可を復唱する。


 髪の纏め方……よし、ベルトは……緩みなし、フライターのズレなし。大丈夫、行こう。


 肩を回し、両腕の力を抜いてから右手のスロットルレバーを握る。機体に「よろしくお願いします」と念を込めながら、カタカタと音を鳴らし奥へと倒し込む。一七段階あるうち動き出しまで、マニュアル通り五に入れ、エンジン出力の安定を確認してから、更に倒し一五に合わせた。正確には、一三以上はロックがかかりセットすることが不可能。


 すーっとスピードが上がっていく。まるで磁石のように滑らかな加速。滑走路の中間を過ぎた頃に手順通り上昇を行う。


 トラフィックパターン(場周経路)を通過し、速度の制約上今までの訓練エリアではなく相模(さがみ)湾方面へと機首を向ける。


『Logaris202RM climb and maintain 4000ft. Report when reach TRNG area C.(四〇〇〇フィートまで上昇し、その先は高度を維持。訓練エリアチャーリーに到達次第通報せよ)』


 復唱した後、陸地では指示通り最大一八〇ノットほどで飛び続けた。到達予想時刻が一四分と表示されいる。最初はこの恐ろしいスピードに慣れるまで大変だろうけど、ある程度回数搭乗し慣れたらきっと退屈な時間の一つになるだろう。それに往復で約三〇分掛かるのは結構な問題。


 やがて灰色の大地を越え、青い海が視界を占める割合が増える。速度制限も二三〇ノットまで開放された。こんな形とはいえ海へ来たのは久しぶり。


「Tower Logaris202RM reaching TRNG area C」


『愛寿羽ちゃん、基本的に自由に飛んでいいから時間になったら戻ってきて。風は二七三から七ノット』


「ラジャー」


 ――とは言ったものの実際“自由”にと言われると何をしたらいいのだろう。最初だし、試しにまずは右旋回をしてみる。風の影響を受け簡単にふわりと持ち上げられた。ほんの一瞬昇降計が表示の上限いっぱいまで達した。


 翼の影響だろうか、もっと風が吹けばじゃじゃ馬のようになってしまうのでは?


 旋回中に上昇を試みると速度が落ちてきたので、スロットルを一一まで上げてみる。すると、坂道を駆け上るように加速する。同時に旋回のバンク角をちょっとずつ増やしているので、徐々にGの値が増えていく。2Gを越えたあたりから下半身がスーツによってぎゅっと締め付けられる。人によっては痛く感じるかもしれない。


『戻しは必ずじわじわと……。くれぐれも急に戻すなよ、じゃないとマイナスGのせいで視界が血みどろになるぞ』


「ラ……ラジャー」


 先生のちょっと怖い無線を受け、そうはなりたくないと恐る恐る操縦桿を両手で握りなおし、水平飛行へと戻した。Gの値が減っていくにつれスーツの締め付けが緩くなる。



 最大速度付近ではどんな世界が広がっているのだろう。興味本位で直線飛行時に一五にセットしてみると一気に三〇〇ノットへと到達した。



『警告、訓練時の速度範囲を超過』



 開放されていく心にリミットがかけられ若干落胆した。


『おいおい、いくら先生が監視してるからって、初めから三〇〇ノットですっ飛ばすなんて』


「すみません! すぐに減速します」


 慌ててスロットルをアイドルに合わせ、スポイラーを開き、急いで二三〇ノットまで落とす。好奇心は時として怖い。……知らず知らずのうちに支配されそうになっていた。



 訓練エリアの外れまで来たところで一八〇度旋回し、水平飛行をしていると気流が安定した。ここで一番気になっていた“スキル”を試してみる。


「スキル・アクティブ」


『スキル使用、効果時間三〇秒』


 その瞬間、風が吹いている音、他の機体の存在、スコールの発生しそうな場所の空気音、それぞれレーダーが無ければ感知できないはずなのに、分かる。詳しい座標までとはいかないが感覚的に。まるで空の声が聞こえているみたいで気持ちがいい。やっぱり空が私の居場所なのだろう……、思わず現実を忘れるぐらいに清々しい気分。


『スキル終了、クールタイム残り一〇分』


 あれ、そんなに時間掛かると分かっていたら、もっと序盤で使えばよかった。

 聞こえた風などの位置を忘れないうちに、計器レーダーを操作して方向を照らし合わせると、粗方合っていた。最もどのタイミングで使うかが肝心だろうけど、一体何なんだろうこの機能。


『そろそろ時間だから戻っておいで。方位は三四九、高度四〇〇〇フィートまで降下、速度一八〇ノットに減速、多分オートパイロットを使うのが便利だよ』


「ラジャー。ただ進路上に雲が多数あるのでオートパイロットは使わず、手動でアプローチします」


『はーい、了解』


 前に飛行部との試合で使ったことがある機能。この機体にも搭載されていることは知っていたが、今は有視界飛行方式で飛んでいるので雲に突入したら航空法違反となってしまう。挙動は次回試そう。



 しばらく雲の間を縫うように飛行しながら目標を目指した。



 再び場周経路を飛行していて、新しい滑走路の輪郭がより一層はっきりと現れていることに気がつく。


『着陸前チェックリスト確認完了』


 相変わらず自動ですべての項目を確認してくれるので、より操縦に集中でき心に余裕が生まれる。


 延長線上には、いつも旋回場所を目印としていた特徴のある木があったが、建設の為になくなっている。青々としている木々の中で葉を宿していない木、恐らく寿命なのか、それとも周りにエネルギーを取られ若い木々に世代交代したのだろう。考えるほどなんとなく胸が締め付けられる。


 そんな目印の木を探していたため、旋回の適正タイミングが遅れてしまった。チェックリストがない事は、目標を探す時間に割けるという意味ではなかった。自分では分かっていたつもりだったが浅い。


 この瞬間では遅れは特に問題はないが、終盤のアプローチにおいて影響が顕著に現れてしまう。今回は長く飛んでしまったので脳に描いていたパスもやや遠い。加速するのも手段の一つではあるが、着陸寸前になってバタバタとはしたくない……。こうなれば停止目標まで届くかどうかの際どいところまで、自転車がブレーキもせずにじっとするかのように、速度と一定の降下率を保ちながら待つことにしよう。


 アプローチの体感はかなり早いが、あらかじめ先を読みながら飛んでいればある程度は予測できる。


『Logaris202RM cleared to land RW 33. Also check you’re landing gear. After landing make 180 turn to vacated at T-2(着陸を許可。貴機の車輪降下状態を再確認せよ。着陸後Uターンを行いT-2地点で滑走路を離脱せよ)』


 柊木先輩の指示を復唱したあと、滑走路末端を注視してみた。ちょうど正面右側に大きな工事車両が作業しているのが視界に入った。離陸時には一台もいなかった車両がせわしなく働いている。学校が急速に発展する様子から世のパイロットが、いかに不足しているのかが察することができる。


 ファイナルでも姿勢制御が効くため、安定した操縦で着陸が出来る。普段訓練している機体よりも速度が出ているので風景が早送りのように流れる。



 速度と高度を処理しながら滑走路のエイミングポイントまで機体を近づけ、接地前に機首を上げ着陸する。

 滑走路が長いので余裕を持った減速が行える。速度が落ちるのに比例し、日常へと近づいてく。



「柊木先輩、本日もありがとうございました」


『はーい。こちらこそありがとうございました。あとで運航室へおいで、楽しみにしていたご褒美をあげるね』


 そうだ、すっかり忘れていた。Logarisで初フライトをしたらコーヒーをご馳走してくれる約束を。



『フライト情報の書き込み終了』



 エプロンへ駐機させ、今度は手動チェックリストにてエンジンやライト類、計器類の電源、本体の電源を落としていく。完全に電源が落ちたことを確認しほっと一息ついてからキャノピーを開けた。



 鳳部長たちに降機の補助をしてもらいながら、再び地面に足を降ろす。


「そういえば格納方法を教えていなかったよな。そのうち前輪につけるトーバー係もやって貰おう。ただしぶつけたら修理費ウン百万円だそう」


「先輩はロケット花火を、職員室に打ち込んだ経歴がありますのさ」


「二人も無駄口を叩いていないでさっさと仕事をしてください! 早く燃料を入れてあげないと機体が可哀想でしょ?」


『ヘーイ(なのさ)』


「私も手伝います」


 結っていた髪を解きながら、慌てて伝えた。フライトをしたのに、機体拭きなど後始末をしないといまいち心持ちが悪い。


「あずっちは着替えて運航室へ行っていていいよー。先生に総評を貰うまでがフライトだからね」


「でも……」


「大丈夫、あとここのバカがぜーんぶやってくれるから気にしないで」


「バカではない! アホなのさ。そこを間違えないで欲しいのさ! とにかく来年は僕たちがやった事を君たちが後輩にやればいいだけさ」


「……分かりました、それではあとお願いします」



 会釈をしたあと、準備室で着替えてから運航室へ向かった。




===【補足解説】=============================

 いつも読んでくださりありがとうございます。

 今回、私ぎだ輝雪より矛盾しそうな項目の解説を行います。


 2021年9月現在日本における単独飛行に関してですが、通常の手順は大まかに

教官と同乗にて

 訓練→学科試験→実地試験

といった手順を経てライセンス(専門的に自家用操縦士技能証明:上滑)取得といった流れとなります。


 なお本編において実在機は従来通りのライセンス取得方式にて進行しているため、読者には矛盾しているように感じられます。

 超音速滑空機Logarisはあくまでも飛行経路・ログを正確に可視化していて、尚且つ緊急時は敷島先生が操縦する事になっていますので、物語の理論上は敷島先生との同乗しての訓練フライトになっています。主人公には後にライセンスを取得していただきます。


 超音速滑空機Logarisは架空のグライダーです。

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