退魔の一族

神名 信

退魔の一族

 「光里ひかり!」


 そう、呼ばれて華村はなむら光里は振り返った。


 中学の同級生、木村 あおいだった。


 走ってきたのか肩で息をしている。


 「どうしたの?葵」


 「いや、体育館の方にいたら光里を見つけたから」


 「あ、そっか」


 中高一貫の中等部、光里も葵も3年生だ。


 「そっか、じゃないわよ、告白されたんだって?」


 「え?なんでそんなこと知っているの?」


 「情報網を甘く見ないでね」


 「あー、うん」


 「で、どうするの?サッカー部の中村君でしょ?」


 「うーん」


 「だめなの?」


 「うーん」


 光里は身長153センチ、スタイルも良くて、目鼻立ちも整っている。美少女だ。


 ただ、どちらかと言えば、見る人に冷たい印象を与えているかもしれない。


 「そっかあ、光里は中学入ってから何人ふったんだー?」


 「えー、そんなにでもないよ?」


 「そうかな?私が知っているだけでも7人くらいいるよ?」


 「うーん、そうかな」


 「私なら中村君と付き合っちゃうのにな」


 「え?葵、中村君のこと好きなの?」


 「ううん、そ、そんなことないよ」葵が赤い顔をしている。


 「そう?」


 「うん」


 時間はもう夕方の4時になろうとしている。


 光里と葵は校門まで歩き、そこでさよならの挨拶をして別れた。



 光里は制服の内ポケットを確認した。そこには護身用の拳銃が入っていた。


 

 光里が男の人と付き合わない理由の一つに、光里の一族が退魔を生業としているからということがある。


 光里の父親も母親も世界中飛び回って魔を鎮めている。


 光里の銃も退魔用の銀の銃弾が入ったものだ。


 華村家は、3階建ての大きな洋館で、今は光里と兄と祖父母の4人で生活している。


 兄の名前は加羅から、同じ学校の高等部2年、空手をやっていて身長は175センチある。


 もう、退魔のほうの仕事も請け負っている。


 光里は学校から帰ると家の中庭で兄に稽古をつけてもらう。


 空手の基本動作から、組手までマンツーマンで2時間、一日も欠かさない。


 兄の蹴りを受けると光里は軽く2メートルくらい吹っ飛ぶ。


 それでも、組手は終わらない。


 光里は上段回し蹴りが得意で兄と20センチ以上身長差があるにも関わらず、蹴りが顔面まで届く。


 正拳突きからのフェイントで兄の顔面に上段回し蹴りを叩きこんで、組手は終了になった。



 「光里、だいぶ強くなったな」蹴りを食らったわりには、ぴんぴんとして加羅が話しかけてくる。


 「うーん、お兄ちゃんにはまだまだ勝てないよ」


 「光里はセンスあるよ、すぐに、もっと強くなる」


 「ていうか、お兄ちゃん、さっきの蹴り、めちゃくちゃ痛いんだけど」


 「あ、大丈夫か?」


 「大丈夫、じゃないかも」


 「お風呂入っておけば治るよ、うちのお風呂はそういう成分入っているから」


 「あ、うん」



 脱衣所で道着を脱いで鏡の前に立つ。


 均整のとれた体だ。胸も同級生と比べると大きい。腰もくびれており、太ももにも適度に肉がついている。


 身長は153センチと小柄だが、長い髪の毛も美しく、申し分のない美少女だろう。


 

 光里は右の脇腹を押さえていた。そこは青くあざになっている。


 髪の毛と体を手早く洗うと、大きな湯船に入る。


 兄の言うように、お風呂は体にいい気がする、お湯は少し緑色をしている。


 

 湯船に30分くらい浸かっていただろうか、立ち上がり湯船から出る。


 光里の珠のような体からお湯がはじかれていく。



 ダイニングに行くとおばあちゃんが食事を用意してくれていた。


 兄は、依頼があったらしく、もう家から出て行ったようだ。


 おばあちゃんと2人で夕食を食べる。


 おじいちゃんは、60代になるはずだが、今でも退魔の第一線で活躍しており、今日も帰りは遅くなるようだ。


 広い洋館におばあちゃんと二人きりになると少し寂しい。


 洋館には、何重にも結界が張り巡らされている。


 絶対に安全と言われている。150年間、被害を受けたこともないらしい。光里が拳銃を手放すのも、家にいる間だけだ。


 食事が終わると、部屋に戻る。


 部屋には世界中の様々な悪魔や妖怪の資料で溢れている。


 生業と言えばそれまでだが、光里はこのような資料を読むのを苦としなかった。


 

 退魔NOWという冊子がある。


 なにやら怪しいタイトルの冊子だが、この業界の専門誌だ。


 活躍している退魔の記事を読むより、訃報が気になる。


 もちろん、父や母に何かあれば、すぐに連絡が来るのだろうが、この冊子は訃報のスピードがやたら速い。


 そこに、両親の名前がないだけで安心する。


 


 10月になり、世間が秋の装いになった頃、光里の退魔師としてのデビューが決まった。


 相手は吸血鬼。


 デビューにしてはきつい相手だった。


 ただ、光里のいる地域の女子生徒にも被害者が出ているらしい。


 学校は違うが、中学生の女子生徒が多数失踪している。


 光里は退魔協会から渡された資料を手掛かりに仕事に取り掛かる。


 

 相手は夜しか姿を現さない。


 デビューは1人で行うこと。これは数千年続いている退魔の習わしだった。


 光里は、単独で吸血鬼を追う。



 月の出ていない夜。


 住宅街の一角で吸血鬼の出没を待つ。


 


 夜中の3時、足音がしない人影。


 外灯に照らされた、その顔を見て、光里は驚いた。



 葵!


 

 この前まで、恋愛について話をしていた葵が吸血鬼?


 

 少しの間戸惑っていたが、葵の口元にある血の色、おそらく被害者のものだろう。


 ただ、証拠もなく、いきなり葵を射殺することもできない、葵を尾行する。


 

 しばらく尾行すると、廃棄されたホテルに入って行った。


 気づかれないように、見失わないように、そのホテルに入る。



 中に入ると異臭がする。


 暗くて見えないが、おそらく人間の臓器、至る所に死体の一部が置かれている。


 

 その、死体を葵が食べている。


 女性、それもほとんど中学生の女の子の死体。


 まだ未発達な女の子の乳房を葵が食べている。



 ホテルの中には数十体の死体があるだろう。


 光里は拳銃を手に葵の近くまで迫った。


 葵は光里に気付くと、にやりと笑った。


 獲物からわざわざこちらに来てくれたのだ。



 葵が猫のような動きで光里に飛び掛かる。


 光里は一発、弾丸を発射するが当たらない。


 葵の体を間一髪で避けながら、光里は体勢を整える。


 四つん這いの葵と銃を構えて立つ光里の間はおよそ3メートル。


 光里が銃で狙いを定めるより速く葵が飛びかかってきた。


 葵の牙が、光里の喉元に迫る。


 光里は必死で抵抗するが、すごい力だ、返しきれない。


 光里は葵の勢いを活かして、巴投げの要領で投げ飛ばす。



 葵は2メートル飛んで、体勢を整えた。


 おかしい、いつもの獲物なら、既にただの食料になっているはずなのに。


 その、葵の動揺を見逃さず、光里は銃の照準を合わせると引き金を引く。



 葵の右手付け根に銃弾が当たると、想像以上の威力で右腕がちぎれる。


 葵は、右腕のあったところを左手で押さえ止血をする。


 普通の人間であれば、意識を失っているかもしれない程の出血だが、それでも葵は戦闘態勢を崩さない。


 その姿を見て、初めて光里は恐怖を覚えた、吸血鬼、魔というものの生命力。


 葵は、残った左腕で光里に掴みかかる。




 しかし、その瞬間、光里が発射した弾丸が葵の眉間に命中する。


 葵の顔は眉間から大きく陥没し、そのまま倒れた。





 初めての仕事。


 終わった後は、協会や警察との連携も重要になってくる。


 ホテルから出た後、連絡を取りながら、少し葵との会話を思い出した。


 


 葵、中村君のこと好きだったのかな・・・。

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