5人目
男がふたり。女がふたり。
不思議なことに、全員が全員、相思相愛だった。全員が全員、お互いのことを好きでいる。
病院の窓辺。
どうしたものか。
なんとかして、全員を、全員、くっつけたかった。今は、多様な恋のかたちがある。みんながみんなを好きになっても、いい時代に、なってきている。
だから、自分が。なんとかしないといけない。
自分が。死ぬまでに。
電話。
できるだろうか。
男でも女でもない、自分に。
恋い焦がれる四人の、橋渡しが。
無理かもしれない。
それでも。
やり残したことを持って、死にたくはない。
電話。意を決して、かける。
「あ、もしもし?」
『もしもし』
控えめな声。奥手な、彼女。
「今から言うところに、部屋をとって。そこに住みなさい。できるわね?」
あらかじめ見繕っていた場所の、住所を言う。都心のタワーマンションの、屋上。いちばん、綺麗な景色の見える場所。
『でも、そんなおかね』
「あるわよ。おかねの心配はしなくていい。いい。よく聞いて。おねがい」
『うん』
「あなたは、綺麗よ。他の誰よりも。綺麗なの。奥手が何よ。綺麗なら、その綺麗さで、みんなをめろめろにしてしまいなさい。大丈夫。あなたなら、大丈夫よ」
電話先。無言。
「住所をもう一回、言うわ」
住所をもう一回、言って。彼女の返答を待つ。
『うん。ありがと』
「綺麗なあなた。好きよ」
愛の言葉を添えて。電話を切る。
少し心を落ち着かせて。
電話をかける。
『はい』
男。街の正義の味方。
「いま、大丈夫か?」
『少しなら』
「やってほしいことがある」
住所を言う。都心のタワーマンションの、屋上。いちばん、綺麗な景色の見える場所。
「ここを、買い取ってほしい」
『いきなりだな』
「できるよな?」
『できる。お前の頼みなら、なんでもこなしてやるよ』
「たすかる」
『逢えないか。お前に相談したいことが、あるんだ』
「自分でなんとかしろ。いつまでも俺を頼るなよ。俺だって、いつまでもいるわけじゃないんだ」
電話先。沈黙。
『死ぬなよ。死ぬな。お前のやりたいことは、なんとなく分かる。お前のためなら、俺はなんでもやる。だから。死ぬな。生きて俺に逢え』
「強引だな」
『正義の味方ってのは、正義を押し付けんのが仕事なんだよ』
「頼んだぜ。三人のこと」
『四人だ。訂正しろ。お前もだ。死ぬな』
「何度も言うなって」
『何度だって言ってやる。死ぬなよ。お前がいないと、だめだ』
「ありがとう」
『仕事だ。切るぞ』
彼は。しばらく。電話を切らないでいて。そして、切れた。
死ぬな。
彼の言葉が。
心に響いた。好きになってくれた。それだけで。うれしかった。
涙を拭いて。
電話をかける。
『はい。もしもし』
「家事はどうだ?」
『そこそこ、かな』
家事のできる、遅れてきた思春期のおとこのこ。
「お前に今から、衝撃的なことを言う。耐えて、俺の言った通りにしろ」
『なんだい?』
「四人。お前と、お前の親友と、女ふたり。全員、くっつける」
『それは、無理だよ』
「無理じゃないっ」
『こわいよ』
「叫んですまん。時間がないんだ。俺のために、やってほしい」
『その前に、僕と逢ってよ。逢いたいよ、君に』
「だめだ」
『なぜ』
「別れがたく、なるから」
『何を言って』
「聞け。今から言うところにいって、とりあえず飯を作っておけ。いいか。必ずだ」
住所を言う。都心のタワーマンションの、屋上。いちばん、綺麗な景色の見える場所。
『ここの最上階じゃないか。なんだってそんなところを』
「四人が、住む場所になる。そこが、最高だと、俺は思う」
『でも』
「わかってる。おまえがどんなに引き千切られそうな想いで過ごしているかも。でも、きっと、みんな同じだ。みんな、そうやって、生きている。みんながみんな、お互いを、好きなんだ。正直になっていい。もう、救われていい」
『僕なんかのために』
「自意識過剰かよ。おまえひとりのためじゃない。四人、全員のためだ。おまえひとりじゃない。大丈夫だ」
『だめだ。五人。五人一緒じゃないと』
「俺はいいんだよ」
『なぜ』
「なぜって」
『僕はきみのことも好きだ。思春期だろうがなんだろうが、関係ない。君も来る。それだけが、条件だ。これは、譲れない』
「そうか」
『来てくれよ。過ごすなら、五人一緒に、だ』
「わかった」
『今どこにいる。逢おう。ずっと、きみに逢いたかったんだ』
「すまん。今、ちょっと人に会えないところにいてな。必ず行く。だから、頼む。ごはんだけ作っておいてくれ」
『きみの好きなスクランブルエッグ。作って待ってるよ』
「ありがとう。じゃあな」
電話を切った。
最後まで。
自分が病院にいると、言えなかった。嘘をついてしまったかも、しれない。
スクランブルエッグ。白身も黄身もなくなるから、好きだった。カツカレーも好き。それぞれ独立しているカツとカレーが、一緒になるから。
電話をかける。
最後の一人。奔放な、大人のおんなのこ。
「もしもし?」
何かをぶつける、硬い音。
『もしもし』
「こらっ。おなかを殴るなって、何度言えばわかるのっ」
『大丈夫。腹筋は鍛えたから。あなたに逢わないうちに、腹筋、割れたんだよ?』
「そなの。見てみたかったなあ」
『手術。もうすぐ?』
「うん」
『わたし。待ってる』
「最後のお願い。言っても、いい?」
『うん。いいよ?』
住所を言う。都心のタワーマンションの、屋上。いちばん、綺麗な景色の見える場所。
「そこに行って、ほしい」
『わかった。そこで待ってるから』
「うん」
『待ってる。ずっと。ずっとずっと』
「わかった。待っててね。好きよ」
『わたしも好き』
「あなたのいいところ、おしえてあげる」
『わたしの?』
「あなたは、普通。普通よ。誰かと逢いたい、誰かを好きになりたいというのは、普通のことよ。抑えつけちゃだめ。こころが、こわれてしまうから」
『でも。わたしは。親友の好きなひとさえ、好きになってしまうから。わるい女だから』
「あなたがわるい女なら、わたしは、なにになるのかしら」
『それは』
「あなたは、ちゃんと、普通よ。大丈夫。あなたが好きになったのは、たったの三人。それがどうしたのよ。三人好きなら、三人とも、愛しなさい。大丈夫。あなたの身体も、こころも。普通だから。安心して。ね。大丈夫」
『うう』
「泣いちゃだめよ。わたしも泣いちゃうじゃない」
『ちがう。ちがうの』
「なにが?」
『三人じゃない。四人。あなたも、好きなの。好きで好きで、たまらない。でも。わたしは。四人も好きになるなんて』
「あら。わたしは好きよ。四人とも」
『でも』
「わたしとあなたは、同じ。普通の人間の中にいるの。大丈夫。くじけそうになったら、わたしのことを思い出して。あなたと同じ、普通のわたしを」
『うん』
「普通でいることは、美しいのよ。あなたは、すばらしい」
『待ってる、って、言ったら。つらいよね』
「ごめん」
『大丈夫。わたしは、大丈夫。あなたのことが、好きです。これからも、ずっと。ありがとう。わたしの普通に、なってくれて』
「わたしも好きよ。ありがとう。わたしに逢ってくれて」
『愛してる』
電話。
切れた。
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