第1話 月の輝き

 ルーリアト大陸西部にある唯一の半島であるルニ半島。

 その根元に位置する大陸最大の都市、それが帝都だ。


 唯一無比の都市故、この街は名を持たない。

 ただ、帝都とのみ呼ばれる。


 そんな帝都の中央に位置する、巨大な帝城。

 数キロ四方に及ぶ巨大な城で、無数の尖塔や高所に設けられた庭園や水場が美しい、幻想的な城だ。


 丸みを帯びた独特な形状の屋根や、温暖な大陸の気候によって開放的な作りになっているため、もしも地球の人間が見れば、さしずめ「アラビア風」と言った感想を持つかもしれない。


 その巨大な城のとある塔。

 塔と言っても、それ一本で小さな城と言っても過言ではない巨大な塔だ。

 屋上部分は小さな庭園になっており、その庭園には小さな屋敷が建っている。


 その屋敷こそ、この巨大な帝城の主に連なる者、すなわち第三皇女の自室なのだ。


 その屋敷の寝室では、二人の少女が一糸まとわぬ姿で横になっていた。

 髪の長い細身で小柄な少女に、短髪で背の高い肉付きのいい少女が甘えるように抱き着いていた。

 そんな二人を、見事な丸い月が照らしていた。

 

 「ミルシャ、見えるか? 今夜は円月だ。月が欠けることなく、帝国を照らす、女神ハイタの加護が最も厚い夜だ」


 甘える少女の耳元で、小柄な少女が囁く。

 

「かつて我らはいにしえの楽園エドゥダーより、女神ハイタによって月光を道としてこの地へと連れてこられた。そして我らにこの地を任せ、ハイタの七人の息子達が我らを導いた。暴の者スート、騎士の祖シュー、智者ラフ、商者ヒーダ、統率者ミュニス、魔王オルド・ロー」


 詩を紡ぐような囁きに、長身の少女がくすぐったそうに悶え、小さく笑い声を漏らした。

 その様子を見て、小柄な少女が不満そうに頬を膨らませた。

 長身の少女がそれを見て、愛おしいそうに小柄な少女の頬に手を振れた。


「僕の可愛い殿下。申し訳ございません。けれども、さすがにそのお話は聞き飽きましたよ。大陸神話の一説でしょう? その後故郷を懐かしんで空ばかり見ていた少女が溺れて、その少女を騎士の祖シューが助けた。お礼にとシューの妻になったその少女の子供が、皇族の祖になったっていう、川の騎士シューのお話でしょう?」


 殿下と呼ばれた小柄な少女。

 ルーリアト帝国第三皇女たる、グーシュリャリャポスティは話のオチを言われて、ムスッとした顔で長身の少女を睨みつけた。


「ミルシャ。お前はいつもそうだ。わらわが語りたいことをいっつも取ってしまう! そんなにわらわの話が嫌なのか!」


 ミルシャと呼ばれた長身の少女。

 第三皇女のお付き騎士、ミルシャは困ったように数秒迷った後、誤魔化すようにグーシュに口づけした。


 淀みない動きと、指を絡めて繋がれた手からは、二人の間にある深い愛情が感じられた。

 共に少女同士だが、皇族とお付き騎士との恋愛は、嗜みだとされる風潮がルーリアトにはあった。


 二人は、ご多分に漏れずそういった関係だ。

 いささか深すぎる関係だというのが、周囲からの評判ではあったが。


「すぐにそうやって誤魔化す……ふふふ。だが、そういう所が……好きだぞ」


「光栄です、グーシュ殿下」


 ミルシャはそう言って、グーシュに覆いかぶさった。

 うまく事が運んで、ミルシャは胸を撫で下ろした。

 先ほど話を遮ったのは、ミルシャがグーシュの小難しい話が苦手だという面も確かにあったが、放っておくと話が長くなるのを阻止するという意味もあった。


 さすがに、明日も早朝からお付き騎士の鍛錬があるのに、朝日を拝むまでグーシュの話を聞くのは避けたかったのだ。

 それならば、このまま二人で絡まり、そのまま寝ようというわけだ。


「ぷはッ。だがな、ミルシャ。お前も好きだがわらわは、星が好きだ。この夜空に広がる、無数の星たち。あの星辰の世界に広がる、星々は多くの道を内包している。わらわは、それを考えるのが好きだ。そう…」


「皇族の祖、シューの奥様とそっくりであられますね」


 長話の気配を感じて、再び定番のオチを先に口にしたミルシャに、再びグーシュが不満そうな顔をした瞬間。

 グーシュの表情が驚きに染まった。

 何事かと思い動きを止めたミルシャを押しのけて、グーシュは月を見上げた。

 グーシュは見たのだ。

 月の縁が、眩く光ったのを。

 円月の光とは異質な、見たことの無い光り方だった。

 

「光った」


「い、いたた……殿下? どうされたんですか?」 


「今、月が輝いた……まるで神話のようだ! 我らが故郷よりハイタに連れてこられた時、月光を道としたという……今の光景はまさに………神話の再現だ!」


(また、始まってしまった)


 こうなるとグーシュは止まらない。

 げんなりするミルシャをしり目に、グーシュは勢いよく上半身を起こすと、興奮した様子で月を指さした。


「神話云々を置いても、今のは見聞きした事の無い星辰現象だ。なんだろう、気になるな! いっそのこと、この前読んだ説話の様に星辰からの来訪者であれば面白いのにな! いや、神話との類似性を考えると、そうかもしれん!」


 ウキウキと心躍らせるグーシュは、枕元に置いていた一冊の本を手に取った。


 その本の表紙には、「対決! 騎士団対星辰より来たりし侵略者」と書いてあった。

 最近庶民の間で話題の空想説話だ。


「あーあ……グーシュ殿下の悪い癖が……」


 目論見が失敗した事を悟り、ミルシャがガックリと肩を落とす。

 しかしグーシュは、気にせず説話と星空に夢を見る。


「グズグズしてられんな。ミルシャ起きろ! 星見官せいけんかんの爺様のところに行くぞ!」


 グーシュは早口でそう言うと、素っ裸に布を羽織っただけで歩き出した。

 その背後を、皮の股引を吐きながら、慌ててグーシュの服を拾うミルシャが追う。


「ああ、殿下! せめて服をちゃんと着て……でんかぁー!」


 グーシュリャリャポスティ。

 皇帝サールティ三世の娘として生を受けた少女。

 グーシュは彼女自身の名を表し、統治者を意味する。リャリャは母親の名で、剣を意味する。そしてポスティは三番目の皇帝の子供を意味する。姓は無くこれらすべてが名であり、近しいものはグーシュ、家臣や臣民はポスティ殿下と呼ぶ。


 帝位に興味の薄い、最近の若い皇族らしい少女で、帝王学や学問より体を動かすことや空想説話を好む。


 少々、いや、かなり変わった少女ではあるが、何事もなければこの新しい体制と価値観が訪れつつあるこの時代。


 それなりに平穏な人生を送れたはずだった。


 しかし、そうはならなかった。


 そう、この日。

 この世界に来訪者がやってきたこの日から、すべてが変わってしまったのだ。





「どうですか? 初めての異世界は?」


 ルーリアト大陸のある惑星のある星系。

 惑星の月の裏側の宙域に、おびただしい数の巨大な影がうごめいていた。

 そんな影の一つ。

 ひときわ大きい影の中で、ルーリアト大陸の画像を見ながら、二人の人影が会話をしていた。


 一人は背の高い女性。

 もう一人は甲冑を着込んだようなシルエットの、女性よりさらに背の高い人物だった。

 女性の問いに、しばらく画像を眺めていた人影が感想を述べた。


「まるで、アラビアンファンタジーみたいな所だね」


 若い男の声が、甲冑のような影から聞こえた。

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