第50話 三〇分の試合の中断の後

 三〇分の試合の中断の後、試合が再開された。九番雪乃は、裕木の全力投球に手も足も出ず、三振を喫した。

 いよいよ、九回裏、最後の守りに付くナインに激を飛ばす。

「この回で、終わると思うなよ。そんなこと思った瞬間に足元を掬われるぞ!!」

 みんな、声を出して守備位置に走っていく。

 九回裏、相手の攻撃は三番からだ。雪乃と汐里のバッテリーは、慎重に宜野座カーブから入る。そして、外角のボール気味のストレートをひっかけ内野ゴロに打ち取り、ワンアウト。

 そして、打席にサラを迎える。初球はナックルだ。サラは落ち際を綺麗に合わせ、ライトファールグラウンドに大きな飛球を飛ばす。

 完全にタイミングが合っている。あれだけ見ていれば、当然だろう。目先を変えないとダメだ。緩急を使え。ボールでいい、MAXのストレートを投げ込め。

 汐里は、俺のサインを見て、アウトコースに構える。

 アウトロー、コースにボール半分外れたストレートが構えたミットに寸分たがわず吸い込まれる。計測速度は、一三八キロ、まさにMAXを更新だ。観客席からどよめきが起こる。

 そして、主審のコールはストライク。一瞬、サラは驚きの色を瞳に宿すが、すぐに、平常の顔に戻り、踏み込んだ足元を直している。


 バックネット裏で見ている高校野球通のおっさんたちから、歓声と罵声が飛び交っている。

 そして、汐里は再び同じ場所にミットを構える。そして光希より若干コントロールの悪い雪乃が、ここで奇跡のコントロールを見せる。再び、寸分たがわず同じコースにストレートを投げ込んだのだ。計測表示は一四〇キロ。

 サラのバットがピクと動いたが、再び止まる。

 主審のコールは再び、「ストライク」だ。サラは天を仰ぎ、ダッシュでベンチに帰っていく。瞳には涙がたまっているようだった。

 そして、五番打者は、初球のシンカーを空振り、次の宜野座カーブも空振り、最後ボールになる宜野座カーブを空振りして、試合終了のサイレンが球場に鳴り響いた。


 六対五、俺たちは、城西高校を破り、初の甲子園出場に名乗りを上げた。

 マスコミが、取材攻勢を開始する。俺は「今は試合が終わってほっとしている。とにかく、生徒を休ませたい。甲子園については、これから色々考える」と適当に答えておいた。

 サラは裕木に抱きかかえられ、泣きじゃくりとてもインタビューにはなっていない。ほんとは、俺がサラの傍で支えてやりたい。治療中、サラによけいなことを言ったばっかりに、サラは三振したとしか思えない。


 サラなら、ボール球をカットして、ナックルを待つ技量を十分持ち合わせている。

 俺が転生してからも天翔ナインには言ったが、転生前もずーっつ言い続けていた。

「追い込まれたら、ストライクゾーンを広くしてボールを待て、冗談じゃない。ストライクゾーンはカウントによって変わったりはしない。ボール球に手を出していると、バッティングフォームを崩し、いずれスランプに陥る。自分がボールだと思ったら絶対に手を出すな。

 見逃し三振はかっこ悪い? ばか、胸を張って帰ってこい!!」


 後で、サラに聞いたが、やっぱり、最初はファールで逃げるつもりだったらしい。「ただ、俺の前世の生き様を変えようとするとアザが疼くという言葉を聞いてから、ファールで逃げようと考えた瞬間、胸が疼いた気がして、できなかった……」といって、言葉を濁してしまった。


 ◇◇◇


 天翔学園が、甲子園出場を決めた後、甲子園の大会の開催まで一週間ほどあるのだが、慌ただしいことこの上なかった。

 とにかく、一般の見学者やら、マスコミやらで天翔学園のグラウンドはごった返していた。

 それでも高野連に従い、宿泊所や移動の手配が完了し、後は三日後の甲子園に向けて出発を待つばかりになった。

高野連や県それから市との折衝は、部長の木庭さんに丸投げをすることで、何とか練習時間を確保していた。

 後で、木庭さんからかなり恨み言を言われたが、そんなことは俺に言われても。激励会やら挨拶周りなど俺自身だって知らなかったのだ。

 それでも、甲子園に向けての練習は充実したものになったのは、うれしい誤算だった。それは、城西高校の裕木とサラが練習を手伝いに来てくれたからだった。

 決勝戦の翌日、裕木とサラがふらっと天翔学園のグラウンドに姿を見せた。周りのマスコミが、興味本位で取材をする中、俺に向かって大声で挑発する。

「古場さん、俺たちに勝ったんだから、甲子園で負けるなんてありえないよな?」

 言葉とは裏腹にその目が何か訴えている。

「いや、裕木君、勝負は時の運、勝つか負けるかわからないよ」

 すると、裕木は我が意を得たりといった顔で、

「だったら、俺たちが鍛えてやるよ。さっさとシートバッティングの用意をしろよ」

「練習を手伝ってくれるのか? そりゃ助かる」

「手伝うんじゃない。鍛えてやるんだ。そこのところを間違えるな!!」

 ジャージ姿の裕木はさっさとマウンドに上がっていく。

 生きた一五〇キロの速球や変化球を気のすむまで打てるなんてこんなことは、プロでもありえない。

 同じくキャッチャーになったサラに、俺は審判の位置で、コースや球種について指示をだす。裕木は、サラの構えたところに寸分たがわず投げ込んでくる。良くこんな投手相手に勝ったものだ!

 しかし、それを打ち返す天翔女子野球部員たち。裕木はしぶい顔をしているがまんざらでもないようだ。この調子だと甲子園まで付いてきそうだ。

 マスコミは、予想外の場面にシャッターを切りまくる。きっと明日の新聞の見出しは、「地元高校野球界の怪物、友情のバッティング投手を名乗りでる!」あたりか?

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