第47話 俺はここからはあえて試合を動かさない

 俺はここからはあえて試合を動かさない。さすがに女性同士、躱すところは躱し、厳しく攻める所は厳しく攻め、ランナーが出ることなく、五回、六回、七回と試合が淡々と進む。

 こちらは、七回から、雪乃を投入し、完全に逃げの体制に入っている。

 七回2アウトから回ってきたサラを今度は、サウスポーのアンダースローから繰り出されるナックルボールで翻弄して三振に切って取る。

 八回、こちらの攻撃は八番からだ。八番の汐里は、インコースに食い込む2シームをバットの根っこに当て、どん詰まりのピッチャー前のぼてぼてのゴロになった。裕木がマウンドを駆け下りてきて、そこでバランスを崩し、膝を折った。しかし、執念でボールを掴み、ファーストに投げて汐里をアウトにする。

 裕木がうずくまったまま立ち上がれない。サードが肩を貸して、やっと立ち上がったが、左足一本で立ち、右足に痛みがあるようで、表情は歯を食いしばって痛みに耐えているようなのだ。


「古場君、お願い。見てあげて」

 サラが俺を見て懇願する。

 俺は、主審にメディカルトレーナの身分証を示し、再び座りこんでいる裕木の元に行った。

 裕木は敵愾心を燃やして俺を睨むが、それを無視して裕木の靴とストックッキングを脱がし、患部に触る。足が痙攣している。太腿も肉離れ寸前だ。そして、腰から下、下半身の筋肉が疲弊している。

 俺は主審に状況を告げ、三〇分ほど施術にかかるため医務室の利用の許可を取った。


 医務室では、施術を施しながら裕木と会話を試みていた。あえて煽ることも忘れない。

「俺はな、お前らが悲劇のヒーローとして、このまま負けられると困るんだよ」

「なにを言っているんだ。このまま俺が引っ込めばお前らの勝ちだろうが!!」

「俺は、お前と同じ立場なんだ。この時代にお前が居たから、俺が転移したんだろう。きっと、野球の女神は、お前に加護を与えすぎたと反省したんだ。天才が一人だけいても、球界全体は盛り上がらないだろう。マスコミだってそうだ。

 ライバルがいて、悲劇があってこそドラマになるんだ。

 それに、プロで活躍するなら、高校時代、花があったより影があったほうがマスコミは喜ぶんじゃないのか? しかも連戦連投、潰れる前に大会から姿を消す。プロ野球のスカウトも願ったり叶ったりだ」

「お前、何言ってんだ? 俺は甲子園を目指すために転生したんだぞ」

「そんな、お前の気持ちなんぞ知るか。野球の女神は、球界全体のことを考えて、俺たち駒を動かしているだけなんだ」

「だから、女神は俺がここでお前を治療するなんて考えてないだろう。たぶん、これを好機と捉えて、さらに攻撃に手を加えると考えているんじゃないか」

「なぜ、そう思う? 」

「背中のアザが、正々堂々戦え! そして、勝て!と疼くんだよ。転生前の古傷なんて持って転生するもんじゃねえな。俺は転生前は決して勝利至上主義じゃなかった。あの将来、大リーグを背負って立つ野郎も落ちこぼれだった」

 俺は、腰から下に丁寧にマッサージを施し、そしてキネシオテープで筋力を補強するように巻いていく。

 ステータスを受け、勝敗が手のひらで動くようになってから、いつの間にか個人の力を最大限に引き出すから、勝つためには何でもすると考えに染まっていったようだ。

「これで、どうだ。あと2回ぐらいなら支障なく投げられると思う」

「疲れがたまっていた下半身が軽い。それに痛みも感じない。これならやれる!」

「そう願っている。仕組まれた退場劇で終わるのは俺も気分が悪い。大体、女神の付与も受けずに死に物狂いで、俺に付いてきた彼女たちに申し訳ない。彼女たちは実力で転生者より上だとあの女神に見せつけてやりたい。

 俺たちは、お前が万全な上で、それでも、女神に番狂わせがないことを証明したい」

「古場さん。番狂わせで勝つのは俺たちだ。あなた達が悲劇のヒロインとしてマスコミたちの餌食になってもらう」

 俺たちは、口角を上げお互いににらみ合って医務室をでた。


 長かった治療時間が終わり、試合が再開される。今まで淡々と試合が進んでいた分、こういった時間の後、試合が動きやすい。

 九番雪乃は、なぜかフォアボールで塁に出る。

(裕木のやろう。治療のお礼のつもりか? )

 一番陽菜は、再びキレのました裕木のフォークで再び三振を喫していた。

 二番美咲は、ストレートを見せ球に、対角に攻められ、万全の態勢でカウントを追い込まれていく。

(サラのやろう容赦ないな。これでは、いくらツイテいる美咲でもどうにもならない)

 出塁は、雪乃を疲れさせただけかと考えていると、裕木のウイニングショットのフォークボールが美咲の膝元から鋭く落ちる。好打者の美咲は出かかったバットを必死に止めるが、ボールは、ショートバウンドして、サラのミットに収まる。


「ボール! 」

 主審は、美咲のハーフスイングは止まったと判断したようだが、すぐさま、サラが一塁塁審を見て、指を回し主審にアピールをする。

 そして、一塁塁審に注目が集まる中、一塁塁審は右手を大きく上げ、スイングの判定をする。主審もそれも見て、右手を上げる。

 裕木は一塁塁審が手を挙げるのを見届けると、ダッシュでベンチに帰っていく。そのあと、サラもストライクのコールを聞き、ボールをマウンドに転がし、ダッシュでベンチに帰っていく。それにつられて 城西ナインがベンチに帰るためにファールラインを超えた

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