第25話 ピッチャーを光希に替え

 その後、ピッチャーを光希に替え、八回、九回とボールをうまく打たせ、乗り切った。

 特に、新しく習得したシンカーと宜野座カーブを要所で使い、八回ワンアウト一塁ではシンカーでゲッツに、九回、ノーアウト一塁二塁から、送りバントの作戦をきっちり読み切り、顔の当たりに投げたボール球をピッチャー前にバンドさせ、三塁でホースアウト、一塁でもアウトをとり、最後の打者をシンカーで追い込み、ストライクからボールになる宜野座カーブで三振にとった。

 一試合一〇球の縛りをしていた新変化球については、回の少ない二番手投手の光希が、配球にうまく取り入れ、勝つことができた。


 試合後、M高校の監督と話をする機会があった。

「いやあ、今日はやられました。女の子でここまでいいピッチングをするとは驚きです」

「こちらこそ、甲子園を沸かせた強力打線を三点に抑えることができて、子どもたちの自信になったことでしょう」

「もう一度、打撃を鍛えなおして頂点を目指します。今度は、甲子園でお会いしましょう」

「ご健勝をお祈りしています。うちのチームは県内を勝ち抜くことで頭がいっぱいで、とても甲子園なんて」

「そうですな。あの城西高校の投手はなかなか打ち崩せないですな。でも、チームとしては隙だらけだな。女性だけのチームが甲子園にでることも歓迎しますよ。甲子園女性解放元年ですからな」

「ありがとうございます。そうなれるよう頑張ります」

 そして、握手をして別れた。

 あの監督、この2試合で打てなかったんで、さらにマスコットバットの素振りの本数を増やすな。まずはボールの見極めから始めた方がいいと思うが。これが打率重視の弊害だな。四死球は成績には反映されない。セイバーメトリクスの出塁率重視や次の展開を考えた戦術などを勉強した方がいい。

 おまけに最後はぶれて、送りバンドをさせるし。

 もし、ボールを見極められていたら、雪乃も光希も投げる球がなくなりお手上げだった。光希なんて、たった2回なのに新変化球の一〇球すべて使い切ってやっとこ抑えたもんな。

 それにしても、いい経験になった。ほぼガチで春の甲子園ベストエイトに勝ったんだもんな。

 このあと、城西高校は学校に帰ってしまうということで、市営球場を借りて練習ができることになった。

 この球場は夏の予選大会の会場に一つだし、両横九八メートル、センター一二二メートルで予選決勝を行う場所であり、甲子園とほぼ同じ広さがあり、天翔学園の専用グランドより広い。

 ここで外野守備と連携プレーを練習し、投手はマウンドの距離感を確立するためストライクゾーンの的を使って投げ込みをさせる。

 普段練習している広さになれると、観客席のある球場は外野からはホームベースが遠く感じて、空間認知能力に誤差を生じる。

 投手も同じでバックネットまで距離があり、ファールゾーンが広いとホームベースまでが遠く感じて、コントロールに誤差が生じる。今日は早打ちに助けられたが、二人ともコントロールに特に苦しんでいたように感じる。

 ここで、空間認知能力にこの広さを刷り込んでおかないと、思わぬところで足元を掬われかねない。すぐ修正できる男と違って、ここは女の子の苦手な分野のはずだからな。

 そうして暗くなるまで、この球場の広さを体に叩き込む。


 帰りのバスの中で、今日の試合のミーティングを始める。そう、俺はほかのチームみたいに遠征バスの中で寝させない。やるべきことを早くやって、その後、ゆっくりする主義なのだ。

「今日の試合はお疲れ様。今日の勝利は、雪乃と光希の頑張りに尽きる。チーム打率三割強、一試合平均得点八点台のチームを三点の抑えたからな」

「でも、監督、ホームランを打たれました」

 しょんぼりとして雪乃は項垂れた。

「あれだけ、上半身を鍛えて体の厚みがあれば、バットの芯に当たれば、ゴルフボールのように飛んでいくぞ。女子高生にあのマネはできない。俺たちは女の子らしく点を取ればいいんだ。雪乃も光希もコントロールが良くなり、魔球の球数も増えるとそう簡単には打たれなくなる」

「あと、攻撃はそれぞれワンチャンスをものにしてしっかり点を取っているぞ。これから良いピッチャーにあたると、なかなかチャンス自体が作れない。塁に出たらチャンスを作ろうとみんなで努力しよう。チャンスの定義は前にも言ったがノーアウトかワンアウト一塁三塁か二塁三塁、そして2アウト二塁だ。京はそれを考えて、ノーアウト一塁二塁からバントしたんだぞ。

 それから、陽菜、お前のあのタッチアップどう見ても暴走だからな。結果オーライだったから救われたけど」

「監督、お言葉ですけど、キャッチャーの構えるミットを目掛けて、オーバーランギリギリのラインで走りました! 」

「そうなのか。ごめんごめん。そこまで見ていなかった。そこまで考えて走塁しているなら大ファインプレーだ。みんな、ほかに意見とか疑問点とかあるか? 」

 みんな、思い思いに意見を言っている。やはり、最初は球場の広さで戸惑ったようだ。  

 しっかり練習しておいてよかった。

「よし、ミーティングは終わりだ。宿舎に帰って、食事の後、体の張りのある者や痛みのある者、それから、雪乃と光希、マッサージするから畳の談話室に来るように」


 俺は、ミーティングの後、自分の発言でピンときたことを考えていた。

 俺が考えていたこと、それはゴルフボールについてだ。子どもの頃、田んぼで拾ったゴルフボールで野球をしたことがある。

 おおらかな時代だ。というかゴルフボールの怖さをまったく知らなかった。

 何がすごいって、ゴルフボールでする野球は、スピードの次元が一段違う。別次元の野球だ。

 ピッチャーの投げる球は速くなるし、コントロールもつけやすくなる。変化球も鋭く曲がるし、金属バットで打った打球は、冗談ではなく本当に見えない。さすがに危険だということですぐにやめたが、城西高校のあの転生者、名前は裕木博人(ゆうきひろと)言うらしいが、あの一五〇キロ超の速球、手元で変化する変化球、ゴルフボールで再現できるぞ。

 安全性の確保が問題になるな。やっぱり女の子だしな。傷物にでもすれば責任を取らされるかもしれない。いや、それはそれで嬉しいけどって……。

 一人でボケていても仕方がない。部長の木庭さんに相談する。さすが木庭さんだ。俺の荒唐無稽な練習方法にも、頷きながら同意してくれる。そして、理事長とも相談すると言ってくれた。

 どういう風になってくるか。

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