第16話 バックネット裏で両チームの試合を観戦している

 試合後、バックネット裏で両チームの試合を観戦している。

 こういう時、女の子はマイペースで途端に真剣みがなくなる。

 俺は、川口、大野、西山、衣笠を呼んで各バッターの攻め方を伝授する。

 まず、弱小チームの四番だ。

「大野、この打者には、三塁打を打たれているな。センターに飛んでなきゃオーバーフェンスの大飛球だ」

「そうなんです、監督。あの時、確実に速い球を待っていたはずなんです」

 キャッチャーの西山が、その場面を思い出して不思議そうに言った。

「まあ、このバッターのバッティングをじっくり見てみろ。ヘッドスピードが速いだろう。

 それに、ボールを手元まで呼び込んで打っている」

「だから、緩い球は通用しないんだ」

「そうだ、このタイプは緩急の揺さぶりがあまり効かない。打ち損じが少ないタイプだ。一四〇キロのスピードボールでもあれば別だと思うけど」

「監督、どうすれば打ち取れますか?」

 打たれた大野が尋ねてくる。

「手元で、変化するカットボールとかフォーク、スプリットなんかが欲しいな。もっとも、これらのキレのある変化球があれば、誰であろうとなかなか打てないけど」

「監督、フォークボールを伝授してください」

 川口が懇願するように言った。

「アンダースローから、フォークを投げるのは、結構、技術がいる。それに、コントロールがつきにくい。ボールを横から抜くようになるからな。高めに抜けたフォークはホームランボールだからな。大野と川口には別のウイニングショットを考えている」

「監督、あと、私たちがしているシンクロ打法をしている選手には、緩急があまり通用しません。逆に不動の構えの人はきれいに引っ掛かります」

「そうだな、不動の構えは狙い球を絞ったら、ガチガチでそれ以外のタイミングでは打てないんじゃないか。逆にシンクロ打法はタイミングを合わせるための打法だからな。

 投手側の足でリズムを取りつつピッチャーのモーションに合わせて、トップを作るからな。そこからタイミングを外すのは……。

 大野も川口もボールのスピン量を変えられるじゃないか。ひょっとしたらタイミングを外せるんじゃないか。これからの課題だな」

「監督、わかりました。やってみます」


 試合中、中堅校は弱小校相手に、色々攻撃のバリエーションを見せてくれる。

 送りバンド、ヒットエンドラン、ダブルスチール、揚句に必要のないスクイズまで、日頃練習でやっていることの実戦での確認だろう。

 公式戦ではここまで動くことはほとんどない。監督としては、失敗によって流れを変える可能性もあり、結果のメリット、デメリットを考え慎重になりなかなか動けないが本音だ。

 ここが転生者であり、試合の流れが目視できる俺が圧倒的に有利だといえるのだが。

 それにしても、うちのバッテリーはよく作戦を見破っている。ビデオ漬けの日々の成果か。

「西山、お前良くわかるな」

「監督、勘ですよ、女の勘。なんとなくわかるんです」

 細かいしぐさでここまで見破れるとは、やはり、女に嘘はつけないか。

 さて、試合は終わった。九対二、中堅校の圧勝だ。試合開始後から常に中堅校が流れを掴み、最後まで離さなかった。要所で作戦も決まっていた。

 おーい、バッテリー以外の諸君、試合を評価しろよ。相手の男の顔見て評価するんじゃない。

 グラウンド整備の後、キャッチボール、その後、軽くランニング、柔軟をして今日は練習を切り上げる。

 キャッチボールのバリエーションに最近は背面キャッチを取り入れている。

 理由は、体幹がしっかりしていないとできないことと、空間認知能力が高くないとうまくできないからだ。そうした理由で確認のために行っているが、子どもたちには遊び感覚で楽しいらしい。


 練習を早めに切り上げたのは、初めての試合で、心身ともに疲れているだろうし、ミーティングも、早めにやって、食後はのんびり過ごさせてやりたいためだ。

 という訳で、今、寄宿舎の談話室に集まっている。

「今日は、お疲れさん。二試合とも勝ったし、挨拶も全力疾走もできていたし、このチームの出だしとしては最高だった」

「監督、試合に勝たんで、私たちからお願いがあります」

「なんだ、高橋、言ってみろ」

「監督、今度から、私たちの事、名前で呼んでください。お願いします」

「それは、別にいいけど、呼び捨てになるぞ、それでいいなら構わないぞ」

「呼び捨てでいいです。なんかその方が、親しみがわくよね。みんな」大野も共感した。

「じゃ、そうしよう」

 これも、共感することが大事な女の子ならではの距離の縮め方なんだ。

「それじゃあ、今日の試合の反省をするぞ。まずは、今日の功労者、守りは、光希、雪乃、汐里のバッテリーだな。相手チームの狙い球を外し、翻弄していた。

 それから、雪乃、一試合目の継投で、ランナーを背負いながらよく0点で抑えた。

 高校野球は継投が難しい。まして、スコアリングポジションにランナーがいる場合は、なかなか継投は成功しないのに、よく頑張った」

 本当は、Reメンタルボタンを押したことは黙っておく。

「そうなんです。ほんとはあの場面で出ていくのすごく嫌だったし、もうダメかなと一瞬思ったんですけど、でも、いざ投げている時は、気持ちがすっきり落ち着いていて、試合に出ているのが楽しくって」

「そうだ、野球は楽しくなきゃな。競っている場面が一番楽しいと思えることが重要だ。

あとは攻撃だが、みんな積極的に行動してよかったぞ」

「うちら、野球も恋愛も積極的にいくのが信条やもん」

 正田が言って、何人かは手を横にふっている。

「桃、お前、二試合目、ボールの球に手をだしてゲッツー打ったろう。積極的に行くのと冷静になるのは野球じゃ同意語と理解してくれ。それに、簡単にアウトをやらないが俺たちの目指す野球だろう」

「監督、すみません。そうでした。周りの状況見て冷静にならないとね」

 桃は舌を出して、自分の頭をコツンと叩く。

「今日の反省だ。周りの状況、相手の心理的状況を見て自分で何をすべきか考え、一旦決めたら、そのすべきことに集中して、決してぶれるな。結果をあれこれ考えて萎縮すると、すべきことに集中できないぞ。俺から言うことは以上だ。みんなはなんかあるか?」

 野球に関係あることないこといろいろ出た。俺は基本頷いて同意するだけだ。

 だって彼女たちは、特に結論を求めていない。共感してもらいたいだけなのだ。

 話も飛んで、すでに興味は次の練習試合に飛んでいる。

「次の試合は、遠征なのよね。近くにショッピングモールがあるから終わった後、そこに寄りたい」

「そうそう、その高校、イケメン偏差値が高いのよね。野球はどうなのか知らないけど」

「試合終わった後、コンパに誘われたりして、場所はそのショッピングモールにする?」

 話に関連性があるのかないのかよくわからない。でも、最後、ショッピングモールに戻ってきた。

「みんな、遠征は、学校のバスで行くぞ。試合が終わった後、俺にも責任があるからそのまま、解散という訳にはいかないぞ」

「監督、妬いてくれているんですか? 大丈夫ですって。私たち甲子園に行くまで、恋愛ご法度ですから~」

 ああそう、所詮、君たちの話には、おじさんにはついていけない。

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