異世界野球事情「女子高生は女の武器で甲子園を目指す」

天津 虹

第1話 プロローグ

 高校三年の夏、高校野球地区予選の三回戦、勝てばベスト8進出を賭けた試合だ。

 今は最終回、対戦相手の攻撃で2アウト満塁、カウント2ボール2ストライクで俺たちは二対一で勝っていた。

 ピッチャーが投げたボールはキャッチャーの俺の要求通り外角低めいっぱいに決まった。

「勝った」と確信した瞬間「ボール」背後から耳を疑う判定が聞こえた。

「そ、そんな!」

 そして、俺とピッチャーは気持ちの立て直しができないまま漫然とサインを交換し、投げさせられた次のボールは快音を残し左中間を抜けていった。

 逆転サヨナラ負け、創部以来、初めてのベスト8の夢は、俺たちの敗北とともに終わりをつげた。


 あれ? 俺はその後、スポーツ学を学ぶために大学に行き、元々スポーツ学は俺の性に合っていたのか、教授の推薦でアメリカの大学に留学していたはず? 

ああっ、思い出した。その留学先の町のスーパーで買い物中、強盗事件に巻き込まれ銃で撃たれたんだった。

「これは走馬燈ってやつか? どうやら俺は死ぬらしい。せめて金髪ムチムチの同級生と付き合ってから死にたかったな。俺の人生は汗臭い野郎ばかりに囲まれた寂しい人生だったよ」

 俺の独り言に応える透き通った声が聞こえる。

「だったら人生やり直してみる?」

 死んでも幻聴ってあるんだ。ぼんやりと周りを見回すと床も天井も壁もない真っ白などこまでも続く空間に俺は突っ立っていた。

「私の問いに答えなさいよ。青年、いや古場哲也(こばてつや)」

 俺の前には、目鼻立ちのはっきりした美人の女性が白いドレスを着て立っていた。

 ああ、どこかで見たことがあると思ったら、アメリカに来た時に見た自由の女神に似ている。人として現れたらこんなに美人だったんだ。ぼーっとしている俺に目の前の女性が呼び掛けてくる。

「おーい、古場君?」

「あっ、はい?」

「だから、人生やり直したいかって聞いているの。あなた、大学でトレーナーとして、あるベースボールの選手の不調を直し一流選手に育て上げたでしょう」

 確かにそういうやつに心当たりがある。ダメダメだった奴が、一躍ドラ1の候補になっているのだ。

「あいつのことですか? あいつは、体の使い方は悪いわ、その上メンタルも弱くて、常に故障がち。どうにもならないからと、監督にさじを投げられ、それからは二人で二人三脚、お陰で色々試せて俺の方も勉強になりました」

「その彼があなたの死を乗り越えることで、メンタルが強化され、将来はメジャーの歴史に残る大選手になるのよ。私もファンなのよね」

「へえ、あいつが? ところであなたは誰ですか? 」

「えへん。私は野球の神様。あなたの功績を認めて異世界に転移させてあげよう思って出てきました」

 そう言って、豊かな胸を強調しながら胸を張った。

 なんだ。最近はやりの異世界転生か? 転生に夢見る年ごろじゃあるまいし、こっちは大学生なんだ。今の生活に不満や刺激が欲しいわけでもない。

「異世界に転移? 剣と魔法の世界の? いや、興味ないな。生き返らせてもらうのが一番」

「うーん。それは無理。だって、彼はあなたの死を乗り越えてビッグプレーヤーになるのよ。それに、異世界といっても、こことはほとんど変わらない世界よ。

 ただ、女性に特有な能力がこの世界より高くて、スポーツではそれを上手く活用して、女性が男性に引けを取らない成績を上げている世界よ」

「女性が男性に引けを取らない世界? 」

 筋骨隆々のメスゴリラが闊歩する原始時代か?

「あなたは、そこで、女子高の野球部の監督をして甲子園を目指すの」

「はあっ、女子野球部だって?」

「その世界の女の子は、あなたが想像するような筋骨隆々の女じゃないわよ。貴方が学んだ男と女のスポーツ生理学を駆使すれば、その世界のナゾが解けるわ」

「しかし、所詮(しょせん)女の子でしょ。無理無理、基礎体力が違うよ」

「屁理屈が多いわね。だったらあなたの高校野球最後の試合の悔しさを晴らせるスキルを用意するわ。そうね、女神が与える加護は試合の流れを正確に目視できるスキルと、試合を決定付けるワンプレーをリセットしてやり直しができるスキルだと問題があるわね。時間に関与すると他の神様からクレームが来るだろうし……。だったら試合を決定付けるワンプレーをなかったことにできるスキルReメンタルならどう?」

「試合の流れを正確に見る? 試合を決定付けるワンプレーをなかったことにできる?」

 確かに試合が終わった後のタラレバは野球も多いかな。

「例えば、あなたの高校時代の最後の試合、最終回、試合の流れは完全に相手チームよね」

「まあ、そうですよね」

「ほんとに分かっている? あのアウトロー、バッターは自信を持って見送ったのよ」

「えーっまさか、どちらともとれるボールでしたよ? 」

「勝ったシード常連校は、練習試合で何度もあの主審を経験しているのよ。あそこは取らないって知っているの。それに比べてあなたのリードは困ったときのアウトローでしょ」

 そういうことだったのか。俺の胸にグサッと刺さった。

「分かった。試合の流れは情報戦から始まり心理的に有利なほうに傾くのよ。それが目視で確認できるの。しかも、その一球が勝敗を分けたからその一球をなかったことにできるスキルReメンタルを得たの」

「ちょっと待て! それはその一球をやり直すことが出来るということなのか?」

「それじゃあ、時間に干渉するでしょう。ボールという結果は変わらない。でもその一球は後の展開に全く影響を与えないの」

「俺はそのボールを次にボールで討ち取るための伏線にすることもできたということか?なるほど」

「そうよ、使い方を間違えないで。もうそろそろ時間だわ」

 真っ白な空間が暗くフェードアウトしていき、俺は意識を失った。


 ◇◇◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る