2. ドクター・ディアナ 人間解剖部屋

 マジで事前にこんな話は聞いてなかった。


 現在、俺は神星教団の神殿内にあるディアナ博士の研究室で、ベッドに拘束されていた。パンイチという大変恥ずかしい格好で。



☆ ☆ ☆ ☆



 アーシアさんとフィオーラが朝のお祈りを済ますのを待って、神殿にやってきた。ジニーも一緒だ。神殿の聖堂でお祈りをしてから研究室に行けばいいのにと思ったけど、司教のロッシオさんが教団本部に行っているので、朝の礼拝は中止になったそうだ。


 ひとまず、ジニーを神殿の遊戯室に預けて、俺とアーシアさんとフィオーラの三人で本部から指定された研究室に向かう。ジニーは少しグズったけど、帰りにアイスを買う約束をしたらあっさりと大人しくなった。ちゃっかりとしたキッズだな。


 研究室は神殿二階の奥まった場所にあった。まるで人目を忍ぶようにひっそりと。


「お母様、アーシアです。タカマル様をお連れしました。フィオーラも一緒です」


 頑丈そうな木の扉をノックしながらアーシアさんが呼びかける。


「どうぞ〜。入って〜」


 扉の向こうから間延びした声が返ってきた。


「お邪魔しまーす……」


 一言、断ってから部屋に入る。

 

 正面の椅子に女性が一人、腰かけていた。


 背中まで伸びた紫色の髪と雪のように白い肌。丸眼鏡の奥で光る紫水晶アメジスト色の瞳は確かにアーシアさんの母親っぽかった。白いローブを羽織っているところもそっくりだけど、医者という職業柄、白衣のように見えた。


 歳はいくつなんだろう。二十代後半から四十代まで全てに当てはまりそうな雰囲気だ。なんというか、独特のオーラがある。


「はじめまして〜。ディアナ・エンシェントです〜。私のことはディアナ博士って呼んでね〜」

「ども。こちらこそ、はじめまして。タカマル・カミナリモンです。一応、テラリエルと女神エリシオンの危機を救う英雄ってことになってます」

「話は娘達から聞いてるわよ〜。それじゃあ、早速だけどもらえるかしら〜?」

「へ?」


 ほんわかとした笑顔を浮かべるディアナ博士の言葉に、俺は間の抜けた声で答えた。



☆ ☆ ☆ ☆



 アーシアさんとフィオーラに、一旦、研究室の外で待機してもらってから、俺はディアナ博士の指示通りパンツ一枚になった(ちなみに今日のパンツは青地に黄色い星柄だ)。


 初対面の女性の前で、下着姿を晒すのは死ぬほど恥ずかしかったけど、長男だから我慢できた。尚、俺は一人っ子の模様。


 身長、体重、視力、聴力、血圧など、あまり異世界っぽくない健康診断――聴力測定に使った音の鳴る魔法の貝殻だけは異世界っぽかった――を終え、いよいよ俺の確率的ゾンビ状態について調べることになった。


 ディアナ博士の指示に従って、研究室のベッドに横になると同時。ガチャンという音をたてベッドの横から展開した拘束具が俺の体を縛り付けた。


「うわっ! な、なんですかこれ!?」

「何って、拘束具よ〜。診察中に抵抗されると危ないからいつもこうしてるの〜」

「て、抵抗って何をするつもりなんですか!?」

「もう少しすれば分かるわよ〜」


 ディアナ博士がノコギリみたいなギザギザ刃の大剣を構えながら言った。


 ……研究室を出ていく前にフィオーラが見せた、沈痛な表情の意味がやっと分かった気がする。


「これ、本来は大型の魔獣とかに使う武器なんだけど〜……」


 その話が本当なら、どう考えても人間に向けていいモノではない。


「まぁ、他にも沢山あるからとりあえずこれでいってみましょうか〜」


 満面の笑顔を浮かべるディアナ博士の背後に巨大なウエポンラックが鎮座していた。そこには、禍々しい気配を漂わせる武器が大量にストックされていた。


 『ほう、面白い。術式を封じた魔道具にちょっとした神時代遺物アーティファクトまであるぞ。大したコレクションだな』

「おい、こら、ザック! ご主人様のピンチを面白がってるんじゃねーよ!!」


 完全に他人事みたいなノリでこの状況を楽しんでいるザックへのツッコミが、思わず口から飛び出した。


「あら〜。独り言が激しいわね〜。ひょっとして、噂のリッチキングさんと会話してるのかしら〜?」


 ディアナ博士が興味深げに訊いてくる。丸い眼鏡のレンズが好奇心で怪しく輝いていた。


「それじゃ、イクわよ〜」


 ディアナ博士は俺の右腕にノコギリ剣の刃を当てる。そして、そのまま勢いよく引き始めた。


「うぎゃあああああ!! やーめーてー!!!」


 俺は叫び声を上げて全力で拒絶の意思を示す。

 それに応えるように、俺の右腕を黒い靄が覆って、ノコギリ剣の刃を飲み込んだ。


「あら凄い〜。本当に斬れないのね〜。これ、結構なワザモノなのに〜」


 白く細い顎に指を当て、ディアナ博士が小首を傾げる。

 き、斬れてたまるか! いい加減にしやがれ下さい!!


「これはどうかしら〜?」


 ディアナ博士が次に取り出したのは螺旋状の刃が付いた円錐形の物体――どこからどう見ても完膚なきまでにドリルだった。


「ア、アカン!! ドリルは止めてぇぇ!! 歯医者での体験トラウマが蘇っちゃう!!!」

「あらら、止めないわよ〜。これはれっきとした診察なんだから〜」


 俺の懇願はあっさり却下され、土手っ腹にドリルが突き立てられた。


「ドリル回しま〜す。いつもより多く回しま〜す〜」

「そんなドリルでルンルンクルルンルンみたいなノリで言われても嫌なもんは嫌だーーー!!!!」


 俺の内臓を蹂躙すべくドリルが猛スピードで回転を始める。

 本来なら、ネジ回しの要領で俺の腹を穿ち臓物をミックスジュースみたいに撹拌するはずの一撃は、黒い靄に包まれ、阻まれた。右腕と同じように攻撃が無効化されている。


「これも通じないのね〜……。いいわよ〜。燃えてきた〜。次、行ってみましょう〜!」


 ディアナ博士が嬉々とした表情を浮かべながら新しい獲物を取り出す。

 なんなんだよ、この人のノリ! マジもんのマッドサイエンティストじゃん!! 俺はようやっと、フィオーラが母親を警戒する理由に思い当たった。


「これは、火炎系の魔術を封じ込めた短杖ショートロッドなの。わずかな魔力でも術式を励起させて攻撃魔術を発動できる優れモノよ〜。本来は魔力の低い人の支援用に作られたモノなんだけど……。あ、タカマル君、口を大きく開けて」


 ディアナ博士は返事を待たず俺の口を強引にこじ開けると、そこに無理矢理、二十センチほどの小さな杖をねじ込んだ。


「もがっ!?」

「はい、ドッカーン!」


 博士のかけ声と同時に俺の頭の中で魔術が爆ぜた。


『ほう。これはなかなかの威力だ。私が図書館で封印されている間に人間達は面白い技術を開発したようだな』


「さらに、ドッカーーン! もうひとつおまけにドッカンカーン!!」


 頭の中で魔術が複数回炸裂する。そのひとつひとつが俺の頭蓋と脳味噌を粉々にするほどの威力だ。それはもうの破壊力だった。


『ふむ……。良かったな、主よ。我が姫君、セイドルファー殿の加護はしっかり働いているようだぞ。さっきから、即死級の攻撃を全て防いでいるぞ』

「もがー! もがもがーー!! もっがもがもがもももがーっ!!!」

「フィオーラのくれた報告書レポートに書いてあったことは本当だったのね……。死なない体とか、ちょっと信じられない話だから、てっきりお母さんのことをからかってるのかな? 教育、間違っちゃったかな? って悲しくなったけど、フィオーラがお母さんをからかう理由なんて、どこにもないわよね……。ディアナ、ファイト! 愛しい娘達とガリオン君ダーリンのために、今日もお仕事モリモリ頑張っちゃうわよ〜!」

「もがもがもがもが!!!」

「あらあら、タカマルくん、それじゃ何を言ってるか分からないわよ〜……って、ごめんなさい、杖をくわえたままじゃ喋りにくいわよねぇ〜」


 ディアナ博士はそう言うと、俺の口から杖を引っ張り出した。


「ウ、ウゲェェェ……。い、いきなり何するんですか!?」

「何をって、即死級の致命傷を加えたのよ〜? そうしないとキミの体質を確かめられないから〜」

「だからって、初対面の人間をノータイムで殺そうとする!?」

「キミの話はアーシアとフィオーラ、それにガリオン君ダーリンから聞いてたから、あまり初対面って感じがしないのよね〜。うふふ、まるで昔からの知り合いみたい……。ひょとして、どこかで会ったことある?」

「ないっスよ! ありもしない俺との思い出を捏造しようとしないでください!!」

「精神操作系の術式を頭の中に埋め込めば、存在しない過去を半永久的に植え付けることはできるけど、バレたら神星術修道会を追放されちゃうわよねぇ〜……。家族にも迷惑がかかるし、そんなことはしません!」

「当たり前ですよ! 何、しれっとヤバイこと言ってるんスか! あと、家族の迷惑を気にする前に俺の迷惑を気にしてください!!」

「あらあら、うふふ」

「あらあら、うふふ、じゃねーんだよ!! ……です!!!」


 俺のツッコミが研究室にこだました。

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