9.宝石

 そいつらは霧の中に潜んでいた——。


 不死者アンデッドとは違った意味で生命いのちを感じさせないやつらだ。霧の切れ間から微かに覗いた体は無機質な金属製でまるでロボットのように見えた。


 どこかで見覚えのあるデザインだった。しばらく考えて思い出す。そうだ、美術館に飾られていた金属製のオブジェにそっくりなんだ。


 知恵の輪みたいに入り組んだ幾何学模様の立体物。それに移動用の足を生やしたやつらが、霧の中をウロつきながら俺達の様子を伺っている。足音から察するに十体以上はいそうだ。


「ジニー、絶対にわたしから離れないでね」


 不安な表情を見せる女の子——ジニーを抱きしめながらフィオーラが言った。


「あいつらは一体なんなんだ? モンスターか?」

「あれはモンスターじゃないわ。魔術で起動する自動機械——ゴーレムの類ね。多分、体内に刻まれた術式でわたし達を霧の結界ここに閉じ込めたのだと思う」

「つーか、どこから出てきたんだよあいつら。ジニーの持っていた石に封印でもされてたのか?」

「ちゃんと調べてみないと分からないけど、その可能性は高いわね。ジニー、あの石はどこで拾ったの?」

「拾ったんじゃなくてもらったの。青いフードをかぶった知らないおじさんから」


 ジニーの言葉に俺とフィオーラは顔を見合わせる。

 

「そのおじさんとはどこで会ったの?」

「昨日の夕方、家の近くで遊んでたら話しかけられたの」


 なんだよそれ。完全に「案件」じゃねーか……。


「そう……」


 フィオーラが考え込むような表情で呟く。


「つーか、こいつらなんの目的で俺達をこんな場所に閉じ込めたんだ?」

「わたしに分かるわけないでしょ。そもそも、ゴーレムに意思はないわ。あれは創造主の命令に従って動くだけの存在だし」

「てことは、その創造主様とやらが俺達に用事があるってことか?」

「可能性は低いと思う。ジニーが孤児院に行くかどうかも、そこで間違って石の封印を解くかどうかも、そこにわたし達が居合わせるかどうかも、全部相手には予測できないのよ?」

「事故か偶然ってことか……」

「そう考えた方が自然ね」


 そうこうしている間に、霧の向こうで数体のゴーレムが、かごめかごめをするみたいに俺達を取り囲んだ。


 相手の目的がはっきりしない以上、迂闊に手を出せない。攻撃した瞬間、反撃で蜂の巣にされる可能性もあるからだ。いや、俺と星騎士のフィオーラだけなら無敵モードを利用して強行突破も考えるけど、ジニーに無茶させるわけにもいかない。


「考えても埒が明かねぇなぁ」


 フィオーラに抱き付いたジニーが不安そうな表情を俺に向ける。


「……と言っても、行動しないと何も始まらないからなぁ! いっちょやってみっか!!」


 俺の言葉にジニーの表情が明るくなった。

 うん、やっぱり、こんな小さな女の子を不安がらせるのはよくねーな。


「そうね……。でもどうする気なの?」


 フィオーラがジニーの頭を撫でながら聞いてくる。


「そうだな……」


 俺は頭をバリバリかきながら考える。


「おい、ザック。聞こえてるか?」


 俺の体に大絶賛居候中のリッチキングに念を送る。


「おーい、ザック・ナイトシュレイダーくーん?」


 ……。


 返事がない。ただの屍にでもなったんか?


「おいこら、リッチキングのリッちゃん! もしくは、ザクIII改!!」

『……うるさいぞ。主よ』

「聞こえてるじゃん。無視すんなよ」

『ダンジョンの戦闘で思ったよりも魔力を消費したからな。眠って回復していたのだ』

「なーんか、またおかしな罠にひっかかったみたいでさ」

『む。これは……結界術か。閉じ込められる際、拒絶はしなかったのか? 主なら、できたはずだぞ』

「するわけないだろ。二人を見捨てることになるんだぞ?」

『……お人好しだな』

「そんなんじゃねーよ。なぁ、それよりも、この前の魔力の武装化だっけ? アレでどうにか切り抜けられないかな。一般人の子供もいるし、チンタラ戦闘を長引かせるのはマズイけど、ソッコーで結界を作ってるゴーレム倒せれば、安全に脱出できるんじゃね?」

『ふむん……。ゴーレムと術式は一体化しているようだな……。おそらく、それでいけるだろう。だが、私の魔力がまだ回復してない。少なくとも、あのゴーレムどもに反撃させない速度での戦闘は無理だな』

「えー、マジかよー……」

「ちょっと、タカマル。どうしたのよ。急に一人でブツブツ言い始めて」


 フィオーラが訝しげな視線を俺に送る。ジニーもキョトンとした表情だ。


「ひょっとして、リッチキング……?」

「そう。作戦会議をしてたんだけど俺のナイスアイデアが却下されたとこ」

「タカマルのナイスアイデアならきっとロクでもないに決まってるわね。リッチキングに感謝しないと……」

「失礼なやっちゃな! いろいろあって実行できないだけだっつーの!」


 フィオーラの表情は疑わしげだけど、俺は華麗にスルーした。


複合呪怨体カースドレギオンぶのはどうだ? アンデッドを大量召喚させてシンプルに数でゴリ押しする。あと、盾にも使えるだろ」

『盾はともかく、こうも霧が濃くては召喚された同胞達が標的を見失うぞ。散開して、霧に紛れたゴーレムどもから一方的に遠距離攻撃をされて終わりだな。あいつらは、こちらを感知する魔術的なセンサーを内蔵している』

「霧を魔術かなんかで吹き飛ばすのは?」

『意味がないな。即座に復元して終わりだ』

「そっかー、この霧をどうにかしないとダメかー……!」


 俺は思わず頭をかきむしりながら叫んでしまった。


「霧……?」


 いきなり叫び出した俺に戸惑うような表情でフィオーラが訊いてくる。

 

「ああ、アンデッドの大量召喚でゴリ押しできないかと思ったんだけど、霧が濃過ぎて標的を見失うっぽいんだよな……」

「霧をどうにかするのは無理だけど、ゴーレムの位置なら分かるわよ……?」

「マジ!?」

「ええ」

「頼んでもいいか?」

「任せて……」


 フィオーラはそう言うと、蝶の形をした眼帯をずらし、左目を露わにした。


「……あまり、ジロジロ見ないでよ」

「え。ああ、悪りぃ。なんか宝石みたいだからつい……」


 蝶の眼帯に覆われていたフィオーラの左目は鮮やかなあかで、ルビーみたいに綺麗だった。

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