書くこと

 今読んでいただいてわかるとおり、ぼくは「かく」という本を作っている。これは別冊だが、以前は季刊として、詩を主に発行していた。無料で始めたものだから、途中からお金をいただくのはなんとなく気が進まず、今に至っている。バックナンバーをお読みなりたい方は、巻末を参照されたし。

 さて、序文(?)にもあるとおり、「かく」という言葉にはいろいろな意味を込めているのだけど、ぼくは、昔から「書く」ことが好きだった。といっても作文は苦手で、元文学少女の祖母にぼくの作文を見せたときは、いつも酷評されたものだった。だから、自分の文章力にはずっとコンプレックスを持っていた。今も持っている。

 それでも作文を書くことが好きだったのかと問われたら、少し返答に困る。いや、むしろ嫌いだったのだが、「書く」ことが好きだったというのは、そういう意味ではない。ひとことでいえば、鉛筆で字を書くという、その行為が好きだった。小学生のころというと、日本で生きるために使わざるを得ない、漢字というものを習う時期だと思う。だから、学校で日々新しい漢字を習っては、その定着のために、家で漢字練習をする日々が続いたものだった。ぼくはその漢字練習が大好きだったのだ。いつも、その日に習った新しい漢字をただひたすら繰り返して書く。一つの字につき、その行の終わりのマスまで書くというのがそのころのルールだったような記憶がある。ぼくはそれを、HBの鉛筆で、過剰なまでの筆圧を込めて書いていた。縦書きなので、書き進めるうちに右手の小指側の側面はその漢字たちに擦り付けられ黒くなってゆき、それが書いたことの証しのような気がしては嬉しくなっていたものだった。黒ければ黒いほど、「書いた」という実感が目に見えるので、それが楽しかった。

 それは中学校に上がっても変わらなかった。ぼくにとって、勉強とはつまり「書く」ことだった。漢字練習は引き続きだが、テスト勉強というのも、数学であれ、社会であれ、理科であれ、ただ教科書や問題集の一字一句を書き写す行為がすなわち勉強だったのだ。書いて覚える、という勉強法を信奉していたわけではない。むしろ効率の悪い方法だと思う。しかしぼくは、その書くという行為で得られる(失われる?)時間が勉強時間としてカウントされることに喜びのようなものを感じてはいたのだ。勉強さえしておけば、それが免罪符のようなものになり、先生や親たちは安心するだろうというのもないことはないのだが、自分だけのために、ただ書くことで、それが世の中で若者が励むべきとされる「勉強」にカウントされることが、なんとなく嬉しかったのだ。好きなことをしていれば「いい子」でいられる。そんな、しめしめというような感覚があったということだろうかと、今になって思う。

 効率の悪い方法だと書いたが、それはテストで点を取るためには、という意味である。少ない時間で高い得点を取ろうと思えば、もっといい方法はいくらでもあるだろう。今だったらいい教材もたくさんある。ただ「書く」という行為が無駄というわけではないが、結果を求めることを考えれば、それはどちらかというと無駄かもしれない。でもぼくはそのころから無駄なものが好きだった。効率の悪いことが好きだった。

 テストで良い点を取るためには効率の悪い方法。実はここに重要なものがあるように思う。

 結果が出れば、それは確かに周りからの評価も上がるし、お小遣いだって貰えるだろう(ぼくはテストの点の如何で貰ったことなどないが)。しかしそれはあくまで目先の利益であって、その点数が年を取ってから生きてくるだろうか。学校で獲得した点数がポイントカードのように蓄積されて、それがお金になったり景品と交換できたりするのだろうか。もちろん、学校の勉強など意味はないといいたいのではない。むしろ逆だ。学校で勉強するということは、何も点数のためにあるのではなく、勉強するというその行為自体に意味があるのではいかと思うことが、最近多いのだ。訳も分からず勉強することで、子供の中で各々何かが蓄積されて、大人になったときに思いもしなかったところで何かのひらめきがあるかもしれない。意味のわからない論語の素読や、「必須英単語1500」とか、泣くよ坊さん平安京、リアカーなきK村……そんな呪文を、ただ訳も分からず丸暗記することだって(これは点数に結びつくけれど)、いつかそれは別の意味で生きてくると思う。戦後の詰め込み教育の反省から「ゆとり」に転換した時期があったが、ぼくはそのときから反発に似た違和感を持っていた。

 説教くさくて申し訳ないが、それがぼくにとって「書くこと」なのだ。ただ訳も分からず書いたことで、書くことで生まれる何か(その「何か」は本当に何なのかはまだわからないし、これからもわからないだろう)の面白さに気づき、今こうしてこんな本を作っている。

 まだこれからも、もう少し書いてみて、何があるのか、見てみたいと思っている。

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