26:破滅
「死ね死ね死ね死ね死んじまえ。首吊って死ね腹切って死ね腕切って死ね落ちて死ね焼け死ね溺れ死ね毒で死ね病気で死ね老いて死ねこのこのこのこのこの」
デーデンスクは自分の研究室でミナラコを前に怒鳴り散らしていた。
「また盗まれやがってこの野郎しかもよりによってケイオス・エンジンを。こ。こっ。こっ。このっ」怒りのあまり泡を吹いて彼は気絶した。
やはり大学にはたくさんのスパイが紛れ込んでいたようで、どこから漏れたのやら、すでにケイオス・エンジンが誰かに盗まれてしまい、もはや堅牢な宝物庫に守られてはいないことが、それを狙うありとあらゆるものたちにすぐ知られたようだった。
ロハノが消えたその瞬間、クィクヒールにはありとあらゆる方角からありとあらゆる目的を持ったものが押し寄せたが、名も知らぬ盗賊から世界を左右する秘宝を奪おうする点では一致していた。
人間が、戦士が、エルフが、魔術師が、ドワーフが、ゴブリンが、オーガが、盗賊が、兵士が、ギルドが、神が、個人が、隊長が、ハーピーが、半神が、集団が、放浪者が、魔物が、セイレーンが、コボルトが、ウォーロックが、向こう見ずが、バジリスクが、姉が、魔王が、亡者が、リーダーが、サラマンダーが、半魚人が、組織が、貴族が、初心者が、天使が、レンジャーが、店長が、化け物が、モンクが、賢者が、狼男が、遊牧民が、転生者が、悪者が、メデューサが、処刑人が、キメイラが、しんがりが、有名人が、暗殺者が、命知らずが、牧師が、タイタンが、悪鬼が、愚者が、妻が、羊が、農家が、青年が、ウィザードが、裏切り者が、バンパイアが、裁判官が、店員が、見物人が、主人が、ゴーストが、哲学者が、グールが、子供が、冥王が、観光客が、グリフォンが、国宝が、乱暴者が、羽のあるものが、夜の種族が、シスターが、ティターンが、家畜が、隠遁者が、聖母が、玄孫が、弟子が、一般人が、怪物が、小人が、コカトリスが、悪役が、道化師が、弟が、老人が、鈍足が、ゾンビが、牛が、海神が、リンドブルムが、神父が、魔女が、朝を告げる鳥が、エンチャントレスが、吸血鬼が、脇役が、デュラハンが、クラゲが、射手が、おばけが、曾孫が、達人が、ワームが、夫が、師匠が、裁判長が、コロッサスが、孫が、導師が、犬が、商人が、魔物使いが、息子が、パラディンが、虎が、超越者が、インテリが、玄人が、不死が、亡霊が、信者が、飛竜が、拷問官が、暇人が、勇者が、常人が、少年が、精神病者が、僧侶が、父親が、亜人間が、猫が、大蛇が、聖人が、ヨルムンガンドが、老婆が、ライオンが、サイクロプスが、端役が、学徒が、従兄弟が、道具屋が、ウィッチが、超人が、スライムが、弁護士が、冒険者が、兄が、卑怯者が、グリマルキンが、地に足をつけたものが、ウーズが、流浪者が、妖精が、家内が、幻術士が、ならず者が、のろまが、行商人が、翼竜が、リザードマンが、オドラデクが、聖騎士が、主人公が、魔神が、強欲者が、苦学生が、教祖が、少女が、狂人が、ワニが、腹違いが、薬屋が、聖職者が、遊び人が、騎士が、リバイアサンが、脱獄者が、野次馬が、カーバンクルが、魔道士が、鍛冶屋が、巨竜が、巨人が、半きちがいが、マーフォークが、放蕩息子が、旅人が、悪魔が、妹が、竜が、兵隊が、俊足が、クジラが、しかばねが、悪霊が、スケルトンが、死霊使いが、逃亡者が、死神が、医者が、韋駄天が、トロールが、道楽者が、傭兵が、ノームが、ゴーレムが、王が、ケイオス・エンジンが放つ莫大な魔力を嗅ぎつけたすべての存在がクィクヒールに殺到した。
ケイオス・エンジンを奪うために来たものも、守るために来たものもいた。
彼らは正門を破壊して校庭に侵入し古城に押し入り尖塔に昇り別館を略奪し噴水に飛び込み食堂を荒らし教室をめちゃくちゃにし廊下で殺し合い天井に張り付き窓を割り研究室へ入り学生教授職員用務員清掃人調理師学務課全員にとっての敵だった。
普段は学生に威張り散らし自分の実力を誇示してやまない教授たちも、混沌が形をとって現れたような侵入者たちをちらと見ただけで戦意を喪失し、涙や鼻水やよだれや排泄物を撒き散らしつつ、
「ひ。ひ。ひ。ひ。ひひひ。ひ」
「ははははははははは」
「けけけけけけ。けけけ。け」
「ひゃひゃひゃひゃ。ひゃひゃ」
などと笑いながら半狂乱で学内を逃げまわった。
デーデンスクは研究室に最初に入った盗賊は打ち倒し、得意になって醜態をさらす他の教授を見下す言葉を2300語も述べ立てたが、2301語を言う寸前にずるりずるりずるずるうるるるずると入ってきた赤黒い大蛇を見て泡を吹き、窓から飛び降りたが着地に失敗して骨を折りそこから動けなくなった。
カゴロシは今こそ我が従僕の真価を見せる時なりとはりきってあちこちの檻に閉じ込めていた魔物たちに号令をかけたが、一匹として彼の言うことを聞くものはなく、むしろこれが虐待と蹂躙の日々に別れを告げる好機とばかり彼に牙を向き襲いかかった。
日頃自分の力を過信していた教授の多くは、為す術なく逃げ惑い、泣き、笑い、叫び、失禁し、敵や学生や教授を問わずなにかの影を見かけるたびに腰を抜かし、泣きわめき、無様に地を這いまわるのだった。
それなりに長い歴史のあった古城はところかまわず繰り出される斬撃打撃刺突魔法雷撃爆撃突撃突進射撃殴打打撲投擲に少しずつ削られ、間もなくすべてが灰燼に帰してしまうかと思われた。
狂気の奔流に見まわれるなかでも、一部の教授や学生は混沌に呑み込まれることなく、自分と自分の見知ったものたちの命を守るために、自分の能力の限界を尽くして奮闘していた。
ブルーノはキャンパス内の墓地に眠る死体を揺り起こし、見境なく略奪を行い刃を振るう侵入者と戦わせた。
それなりに歴史長き大学の墓地にはそれだけ埋まっている死者の数も多く、支援を要する区画ごとに軍団を編成して向かわせることができた。
教職員や学生は、その軍団を最初に見たときにはまた新たな敵が来たかと怯えたが、それが自分たちではなく侵入者に剣を振り上げているところを見、味方と知ったのちは肩を並べ共に戦った。
だいたい数千年の隔たりが死者と生者との間にはあったものの、戦場においてそれはないに等しい無意味なものだった。
ブルーノ自らも剣を抜いてクィクヒールの内外を問わず敵と戦い、追い詰められ命を落としかけているものがあれば誰かれ構わず助けた。
あまりにも侵入者の数は多く、まだ骨の上に肉と皮膚とが残っていた頃のことだが、かつて三界に敵なしと謳われたほどの彼ですら、不意の一撃をすべて回避することはできず、骨の身がばらばらになることもあった。
しかしスケルトンに顕著な再生能力は彼にも備わっていて、それはかつて夜を支配したあらゆる死者の王たちのものより優り、完全なものだった。
頭をはねられれば、すぐにはね返した。腕を落とされれば、相手がそれと気づく前に落とし返した。彼は無敵だった。
メミョルポンは遭遇する敵をひとり残らず燃やしながらロハノの研究室へ向かったものの、そこがもぬけの殻であることを知り、こんな時にあいつはどこにいったんじゃくそ、と言って地団駄を踏んだあと、部屋にあるすべての魔導書や契約書やアーティファクトや魔導の物品を床に積み上げ、油断のならない悪魔や怪物や神たちを片っ端から呼び出した。
「大学で暴れておるバカ共をなんとかするのじゃ」
メミョルポンはところせましと現れた悪魔たちにそう叫んだ。それから思い出したように付け加えた。
「あ。召還の代償のツケは全部ロハノにまわしてくれ」
約1万柱ぶんのロハノの魂と心臓と肺と歯と骨と記憶と精神と神経と知恵と目玉と腕と足と爪と指と耳と運勢と性器と髪と鼻と皮膚が勝手に支払われることになりはしたが、召還された悪魔たちの活躍は目覚ましく、もうどちらが侵入者なのか味方なのか誰にもわからなくなるほどの残虐ぶりを発揮した。
ミナラコは自分の失態を取り返そうとむちゃくちゃに敵陣に突っ込んでは、傷一つ追うことなく壊滅させていた。
また、どのみち盗まれちゃうならと宝物庫から持ち出してきたアーティファクト<月の宝石>を西棟の尖塔の先端に立って空へかざし、自分の故郷から応援を呼んだ。
なかなか月はこの戦乱に巻き込まれることを嫌がってクィクヒールまで昇ってはこなかったものの、やっと踏ん切りがついたのか、完全な満月の形で天空に君臨し、次々とミナラコと同等かもしくはそれ以上の馬鹿力を誇る月うさぎたちを、月光がかたどるスロープで送り込んでくるのだった。
リーシュアはさんざん助手としてロハノの後についてまわっていたため、彼が校内のあちこちに仕掛けていたトラップの位置をすべて把握していた。
「万が一のときはこれをがぶ飲みしながらそれを起動しに向かうように」
と言われていた大入りビンの怪しげな白濁の薬を飲むと、体が見えなくなるばかりか、他の存在からの干渉を一切受け付けなくなった。
これは次元と次元とのちょうど境目に身を移す効果をもたらすポーションであったが、彼以外にまだ誰もそれを調合したものはなかったため、当然リーシュアも自分がそんなものを飲まされたとは気づかなかったが、とりあえず見えず触れられずというわけで、よしとした。
未知のクスリの効能のおかげで、ロハノが雑な字でびっしり書き込んだマップを見ながらも、あちこちで血や首や炎が飛び武器や魔法が振りまわされる古城を安全に進むことができた。
しかし、どうやらロハノはぜんぜん防衛とは関係のない秘密まで地図に書き込んでいたようで、ようやっとリーシュアがたどり着き、この中にトラップを発動させるなにかがあるのだと思い込み、ツルハシを振るって崩した壁のなかを覗き込むと、そこにあったのは、すっかり冷めたローストチキンだった。
エルゼランは講義でみっちり格闘術のスキルを叩き込んだ学生たちと共に戦っていた。
他の学生の多くは恐怖のあまり戦わず逃げるばかりであったが、彼女の学生たちはあくまで狂気と対峙した。
というか、普段エルゼラン教授に無理やり戦わされる化け物と比べれば、むしろ気が楽なのだった。
koocはバームヘイクや他の調理士と共に食堂と厨房で戦っていた。
彼女たちは一口食べるだけで全身の血が沸騰しておっ死ぬ料理を大量に作っては提供し、親切にももてなしてくれるのかと勘違いした侵入者を死ぬほど後悔させていた。
「タダで飯食わすわけないね。厚かましい図々しい盗賊どもあるよ。毒でも食えただけマシと思うある」
バームヘイクもふんだんに劇物を鍋にぶち込んで料理を作ったが、あまりにも量が多すぎたため、その匂いをかいだ自分自身が気絶して椅子から転げ落ちた。
アンチハッシ氏も狂気に負けてはいなかった。
神業の調合によって実現した敵側だけに影響を及ぼす毒薬や幻覚剤を気化させ、大学を徘徊する怪物やならず者どもに地獄の苦しみを味わわせた。
また傷を負ったものや呪いをかけられたもののためには一級品の回復ポーションを作ってひとりひとりに飲ませた。
それを飲まされたとたんに傷病者は全快し、運び込まれる前の十三倍のスタミナで敵陣に駆け出していくのだった。
昼と夜の境とがあいまいになったため、幽霊であるピヌルイラも仲間を引き連れて参戦した。
現し世の武器では決して傷をつけられることがないという霊体の特権を活かして、古城のあちこちに置かれていた鎧甲冑や石像に憑依しては動かし、恥知らずの破壊と略奪を繰り返す侵入者には物質の一撃を食らわせるのだった。
ペネスフィアンは実のところヴァンパイアでも指折りの貴種であり、最も古くから影と闇と夜とに君臨していた一族の末裔であった。
そのため彼女が在籍するクィクヒールに破滅が訪れたとの一報がもたらされると、ペネスフィアンを守ろうとして世界のあらゆる暗所からヴァンパイアたちが集結し、出会うものすべてをその致命的な怪力と魔力とで引き裂いた。
彼らはキャンパスの辺境でやっとペネスフィアンを見つけて保護しようとしたが、彼女は、わたしは助けなど呼んでいないしだから勝手に押しかけてきて保護だのなんだのとのたまわられても困る、と言って同族を困らせるのだった。
ロハノに冥府から連れ戻されたルーンダイトたち「総合魔術論」の受講生は、
「死にそうな目にあったらな。いいか。とにかくなんとかしろ」
というロハノの役に立つんだか立たないんだかよくわからない教えをとりあえず忠実に実行し、各々が学んだ魔術のすべてを駆使して、手の届くところにある命と自分自身とを狂気に失わないように懸命に戦っていた。
クィクヒールに押し寄せたもののうち、ケイオス・エンジンを奪うのではなく守るために来た者たちはそうした学生や教授たちと協力し、この世を思うがままにする力を入手しようと暴れまくる魔物や、野望を抱く者たち、混沌にかこつけて財宝や命を奪いに来た怪物どもとを相手に戦い、現実離れした出来事の連続にもなんとか正気を保ち、この悪夢と狂乱の終結は必ずもたらされると互いに信じ合い耐えしのぐのだった。
そして今や誰からもその存在を忘れ去られていた副学長ル・ゲは大竜巻のさいに引きこもった地下の部屋で、純粋な神である父親を殺しこの大学の学長の座を奪ったうえ、やがてこの宇宙すらも征服する夢を見て盗んだケイオス・エンジンがただのがらくたであったことを知り、呆然としていた。
冥府の神にとんでもない額の袖の下を送ってまでロハノの存在を抹消したというのに。ル・ゲはぶつぶつ言っては首を振った。地上から震動や断末魔が聞こえるたびにがたがた震えた。
あの宝物庫に入るための最大の障害であるロハノ、この世の誰にも理解し得ないほど難解巧妙複雑怪奇な封印の施主である彼さえ消せば、ル・ゲにも宝物庫への侵入はたやすく成し遂げられたのだった。
しかしそれで盗んだケイオス・エンジンは、誰かが河原かどっかで拾ったとしか思えず、一切の力を感じられない、ただの石ころに過ぎなかった。
そのことに気づいたとたん、終末が訪れたのだった。
しかしル・ゲは自分の大学にどうしてそれが起こったのか見当もつかず、ただただ怯え、過ぎた野望の残骸を握りしめて震えるのみなのだった。
そのころ、ppppp教授は礼拝堂に歌唱隊たちと共にひそんでいた。
本物の神である学長自らが聖所と定めたこの場所には、さすがの侵入者たちもおいそれとは近寄れないのだった。
「じゃ。歌の練習を始めます」
ppppp教授はあ然とする歌唱隊には構わず言った。
「本番はもうすぐですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。