不器用な男~旅情編②『津軽海峡もうすぐ冬景色』

まいど茂

第1話 真一と長島…真一会社を辞める(プロローグ①)

堀川真一は工業高校卒業後、新卒で会社に入社してから9年半が経とうとしていた。本社に同期で同い年の長島は、真一の幼稚園と高校で一緒だった幼なじみの加島優香にうりふたつで、真一と交際している。真一と長島の交際は社内には知られていない。


真一は福町営業所に勤務している。上司の堀井所長からの締め付けがキツい。しかも他の営業マンには優しいのに対し、真一にはなぜかキツい対応の日々だった。真一も言いたいことはあったが、自分を責めて気分を落ち着かせていた。


しかし、真一は長年蓄積されていた思いに鬱憤が溜まっていた。それは入社して暫くしてから当時の所長で現在常務の野田から言われていたことが発端だった。




(回想)

野田「堀川くんは自宅が南町やし、将来的には南町営業所へ転勤して地元で勤務するのがええよなぁ(いいよね)?」

真一「そうしていただけると幸いです」

野田「今は転勤したいか?」

真一「そうですね…、今は仕事を覚えている所ですので、ある程度覚えられたら転勤できればしたいですね…」

野田「そうかぁ。考えとく」

真一「よろしくお願い致します」





それから8年が経過した今、真一は転勤することなく南町営業所に籍があるままだ。


また南町営業所は現在の所長・堀井は各営業マンの売上目標の設定に厳しく追及というよりも、無謀な積み上げ方をしていて部下達は難色を示し呆れていた。


ある日、真一は得意先から新商品の伸縮性物干し竿を訪問販売するとの事で応援で同行していた。しかし中々売れず、京都本社から取り寄せた在庫を丸々持ち帰り、返品処理することにした。ところが、堀井所長が真一を呼び出す。


堀井「おい、この返品は何や?」

真一「訪問販売の応援に行きましたが、売れませんでした」

堀井「本日取り寄せた挙げ句、1本も売れんってどういうことや」

真一「申し訳ありません」

堀井「返品するなら、本社の高岡取締役に許可をもらってから返品しろ。ワシは承認できん。本社へ自分で在庫を返して来い」

真一「わかりました。じゃあ、僕が責任をとって全部買いますし金払います」


真一は自棄になっていた。


堀井「いや、あんたが身を切る事ないやんか。本社行って、高岡取締役に謝って返してきたらいいだけのことやないか。こんなことしてたら、本社へ転勤せんなんぞ(しないといけないことになる)…」


真一は堀井所長が言ったこの一言で益々嫌気が差した。地元・南町営業所どころか、京都本社へ転勤と言ってきたからだ。真一は、堀井所長のこの一言で転職を検討することにした。


真一は営業に出たとき、長島へメールした。


真一『明日、本社に行きます。物干し竿を20本積んで…』

長島『どうしたん?』

真一『堀井所長が「高岡取締役の所へ行って自分で返して来い」と言われたから』

長島『そうなん?』

真一『「このままでは、京都本社へ転勤…」とか言ってきた。さすがにこれには頭にきたわ。ちょっとオレ、考えるわ』

長島『何を考えるん?』

真一『これからの自分の身の振り方』

長島『なんでよ? 私は?』

真一『りっちゃん(長島)はりっちゃんやんか(笑) オレの大事な人やで』

長島『少し冷静になったら? いま頭に血が昇ってるでしょ?』

真一『ちょっとね…』

長島『明日の夜、会えへん?』

真一『どうしたん?』

長島『愚痴聞いてあげる』

真一『おおきに(ありがとう)』

長島『京都に来れる?』

真一『仕事次第かな…』

長島『ウチにおいでよ。私に甘えたらいいから…』

真一『ありがとう』

長島『私を誰やと思ってんの? 幼なじみ(優香)にうりふたつのりっちゃんやで(笑)』

真一『久しぶりに聞いたわ、そのフレーズ…』


翌日、真一はトラックに物干し竿を積込、京都本社へ向かった。本社に到着後、真一は高岡取締役に詫びた。


真一「この度は大変申し訳ありませんでした」

高岡取締役「あー、大丈夫。チャレンジしたのは認めるから。結果に繋がらなかったのは仕方がない。気にすることないよ」

真一「申し訳ありませんでした」

高岡取締役「堀井所長にキツく言われたか?」

真一「はい、雷落とされましたから…」

高岡取締役「そうか。あまり気にすることないよ。なんなら、ワシから堀井所長に話つけとくから、安心しろ」

真一「恐れ入ります」

高岡取締役「せっかく本社に来たんやから、ゆっくり休んでから営業所に戻ったらいいから」

真一「ありがとうございます」


真一は高岡取締役との面談後、経理部へ向かう。長島が多忙のようだったので、声をかけなかった。しかし、長島は電話をしながら真一を見つめていた。真一も長島と目が合い、会釈する。


その後、真一は福町営業所に戻った。


翌土曜日、真一は京都の長島のマンションに姿があった。長島は真一の愚痴を聞いていた。長島は真一にさりげなくスキンシップをして、優しく抱いた。真一の気持ちを落ち着かせようとしていた。しかし、真一の『転職』の気持ちは変わらなかった。


ある日、真一は堀井所長に『話がある』と声をかけ、時間を作ってもらう。


堀井「話って何や? どうした?」

真一「ご迷惑をおかけしっぱなしなので、辞めようと思います」

堀井「そうか…。辞めてどうする?」

真一「これからじっくり考えます」

堀井「そうか…。辞めることには引き留めないが、あんたは新卒で入社したんや。一度あんたに休みをあげるから、表向きには『検査入院』ということにして、1週間休んでハローワークとか見てきたら? それでこれからどうするか考えてみるのも一つの手やぞ」

真一「はい…」

堀井「休む1週間をいつするか、決まったら教えてくれないか?」

真一「わかりました」


堀井所長は真一に辞める考えを改めるよう促すために、有給休暇をとるように勧めた。真一は日程を調整し、再来週に休みをとることを堀井所長に伝え、休暇届を提出した。しかし真一の意思はこの時既に固まっていた。改める気持ちは毛頭なかったのだ。


真一は翌週月曜日からハローワークで求人検索し就職活動しながら、密かに進めていた事があった。


1週間が経ち、真一は出社した。休みの間の残務をこなしていた。真一の席が目の前だった堀井所長は、真一の動きにかなり敏感になっていた。普通に仕事をこなしているのを見て改心したのかどうか気になっていて、かなりの割合で真一の様子を気にしていた。


仕事にある程度目処がついたとき、真一は『話がある』と堀井所長に声をかけた。そして2人は会議室で話す。


堀井所長「どうやった?」

真一「ハローワークとかで見てましたが、面白そうな仕事がありました。特に目を引くものは無かったですが…」

堀井所長「そうか…」

真一「しかしながら、昔、野田常務が所長時代に『南町営業所に転勤』のお話をお聞きしたことがあり、お待ちしていたのですが、先日、堀井所長から『本社に転勤』との話をちらつかされてました。申し訳ありませんが南町営業所に帰れないのなら、近くで仕事を探した方が得策かと思いました」

堀井所長「南町営業所には女川おながわがいるから、あんたには中々相性キツいと思ったから、声をかけにくかったんや。南町営業所の塩川所長にも打診してみたが『今はちょっと難しい』らしい…」

真一「そうですか…。それじゃあ仕方がありませんね…」

堀井所長「………」

真一「僕にも待って待って、10年です。10年待ちましたが、改善されないのなら僕としてもタイムリミットが来ました。申し訳ありませんが、丁度自分を見つめ直す良い機会ですので、辞めさせていただきます」

堀井所長「えー…うわぁー…そうかぁ…」

真一「………」

堀井所長「1週間時間をかけたら、考え直してくれると思ったんやけど…。そうかぁ…意思は固かったか…。はぁー…」


真一は辞表をさっさと堀井所長に提出した。有給休暇の消化もさせてくれなかったので、真一は引き継ぎ作業も適当にしていた。そして有給休暇を何がなんでも消化させていた。

最終日のみ出社し、身の回りの整理に精を出した。すると堀井所長から呼び出される。


堀井所長「一応、あんたが辞める理由は『体調不良』と『お母さんの看病』を理由としておくから。あと来週月曜日、本社へ行ってほしい。本社で若田社長が直々にあんたと話したいそうや」

真一「…わかりました」

堀井所長「その時に、南町営業所転勤の話は社長にするな。南町営業所の塩川所長の顔もあるから、そこは何とか顔をたててほしい」

真一「…そんな話にはならないでしょう」


真一は違和感を覚えたので、そのような返事であしらった。


長島からもメールが届いた。


長島『しんちゃん、辞めるんや…』

真一『うん…』

長島『意思は固かったんか?』

真一『うん…』

長島『そうなんや…』

真一『ゴメン。改心することは微塵もなかった…。来週月曜日、社長に会いに本社行きます』

長島『聞いたよ。美味しいもん用意しとくわ(笑)』

真一『ありがとう』

長島『しんちゃん…』

真一『何?』

長島『ううん、また月曜日ね』

真一『よろしくお願いします』


こうして真一は高校卒業後新卒で入社した会社を辞めたのだった。


翌週月曜日、真一は京都本社に姿があった。

本社に行くと、顔馴染みの人達と談笑しつつ、経理部へ向かう。


長島「し…堀川くん」

真一「おはようございます」

長島「おはようございます。社長呼んでくる。3階の応接室に行っといて」

真一「わかった」


真一は応接室へ、長島は社長室へそれぞれ向かう。応接室で真一が待っていると、若田社長が長島と共に入ってきた。


若田社長「堀川くん」

真一「社長、この度は勝手しまして申し訳ありません」


真一は若田社長に菓子箱を渡す。


若田社長「ありがとう。気を使わせたなぁ…。ところでどうやったんや? 何かあったのか?」

真一「昨年体調崩しまして復帰しましたが、ちょっと体力に自信がなく、また母親の体調も悪いのでやむを得ず…というところです」

若田社長「そうかぁ…。大変やなぁ…」

真一「えぇ…」


真一は堀井所長に『南町営業所転勤の話』を口止めされていたが、違和感を覚えており、あえて自分の判断で若田社長に話す。


真一「あと…」

若田社長「あと…何かあるの?」

真一「…実は堀井所長には口止めされていますが、僕自身違和感を覚えていて…」

若田社長「なんや、何かあるんか? ここだけの話にしとくからワシが許す。あとの事はワシに任せとけ。ちょうど長島さんもおるし、2人は同期やろ?」

真一「えぇ。同い年です」

長島「まぁ、色々あるよね…」

若田社長「後でゆっくり2人で話したら良いよ」

真一・長島「ありがとうございます」

若田社長「長島さんもおってくれたら良いから、もうひとつの堀川くんの辞めた理由、聞かせてくれないか? 長島さん、かまへんか?」

長島「堀川くんがよければ…」

真一「僕は大丈夫や」

長島「それでは社長、同席させていただきます」

若田社長「うん。で、もうひとつの辞めた理由って?」

真一「実は僕、南町の人間でして、10年間毎日南町から福町営業所に通っていました。野田常務が所長時代に南町営業所の転勤の話も伺っていました。お待ちしていたのですが中々お声がかからず、先日物干し竿を本社こちらへ返品に来るとき、堀井所長から『このままではお前は本社転勤もあり得る』等と言われまして、南町営業所転勤どころの話ではなくなり、モチベーションが下がったのです。体調不良もありますが、総合的に自分で判断したものです」

若田社長「何? 堀川くん、南町から通ってるのか?」

真一「はい。南町営業所の近くに住んでいます」

若田社長「堀井め、どういうこっちゃ(ことや)❗ 堀川くん、南町営業所の塩川所長も堀川くんが南町の人間であることは知ってるのかね?」

真一「はい、ご存じです。年初の会議はいつも南町から電車に乗っていて、切符も南町営業所で用意していただいていました」

若田社長「堀川くん、ワシがこの件預かるから、もう一度、今度は南町営業所でやり直す気はないかね?」

真一「申し訳ありませんが、僕はもう辞表を提出しましたし、次のステップに向かおうとしています。社長のご配慮、大変光栄に思います。しかし、自分の身の振り方は自分で落とし前つけたいと思っていますので…」

若田社長「そうかぁ…。福町・南町の責任者の判断は間違っている。堀川くん、このかたきはワシがつけておくから…」

真一「社長、もう辞めた人間の事で動いていただくのは時間の無駄ですよ(笑) お気持ちだけで結構ですので…。ありがとうございます」

若田社長「まぁ、あとは若い2人でゆっくり話してくれたまえ。同期やから、募る話もあるやろから…。堀川くん、元気でな」

真一「社長、長い間、お世話になりました。ありがとうございました」


若田社長が応接室を後にし、真一は長島と話した。


長島「しんちゃん」

真一「ん?」

長島「これからどうするの?」

真一「就職活動やな…」

長島「そっか…」

真一「無職の男はアカンやろ?」

長島「ううん。協力できることは協力するから…。お金以外な(笑)」

真一「ありがとう」

長島「なぁ…」

真一「ん?」

長島「また連絡してもいい?」

真一「いいよ。りっちゃんさえよければ…」


真一は京都本社を出て、名実ともに会社を辞めた。


その後、福町営業所・堀井所長と南町営業所・塩川所長は、若田社長直々に査問され、真一の退職に関する問題で懲戒処分となった。真一の10年の通勤を鑑み、堀井、塩川両所長がトレードとなり、堀井所長が南町営業所長に、塩川所長が福町営業所長にそれぞれ異動となった。統括する野田常務も厳重注意の処分を受けることとなった。


そして、これを境に真一と長島の交際も自然消滅した。



真一は1週間の有給休暇をとっていた時、密かに進めていた事があったが、これを機に着実に事を進めていた。それは幼なじみの優香と盆休みに『腹を割って話』した後に、『彼女』として旅に出ることだった。


ハローワークに通いながら就職活動をやりつつ、旅行会社に宿泊先の予約とチケット、レンタカーのセットプランで予約していた。


真一が今回『彼女(旅)』と『デート(旅に出る)』するのは北海道だった。一度行ってみたいと思っていたのだった。


そして錦秋の10月、真一は旅に出た。

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