青森の救世主

ドント in カクヨム

復活する


世界の謎と秘密のニュース オカルティア 2019.10.5


 キリスト教の聖地エルサレムで、珍事が持ち上がっている。イエス・キリストを名乗る男性が現れたのだ。

 しかも、2人!

 エルサレムにはキリストの墓とされる場所が二ヶ所ある。正教会などが管理する聖墳墓教会の建つ位置と、聖公会などが主張する「園の墓」と呼ばれる場所だ。

 今月2日(現地時間)の昼、聖墳墓教会のあたりからのっそり現れた男がいる。 

 布を体に巻きつけ、裸足で、額に細かな傷があり、アゴ髭を蓄えたその男性は突如として出現した。

「コスプレイヤーかと思った。教会の出し物かと」と目撃した旅行者は語ったという。

 それはまさにキリストを思わせる姿であった。

 髪の毛は短い。だが実は、キリストが生きた当時は長髪はよいものとされておらず、世間のイメージと違い実際の彼も短髪であった可能性は高い。

 警備員に誰何された男はこう答えたという。

「神が私をお遣わしになりました。私はこの世界を救いにやって参りました」

 警備員は驚いた。なんと昨日「園の墓」近くで、彼そっくりな男が現れ、彼もまたイエスを名乗っていたからである…………




「……あのぅ、おめさんがシューッシューッって指でやってるその板、ほれ、なんですかのい?」

 俺の目の前に座る男が、ひどく訛った口調でそう聞いてきた。

 高校生や暇な奥様でぎっしりな昼間のファミレスはにぎやかだ。しかし彼の声はそんな中でもよく響き、よく通った。いい声だった。 

「これは、スマートフォンと言って」

「すまぁとほん」

「通信機器の一種……」

「つーすんきぎ」

 男はおうむ返しに言う。

 俺は改めて男を見た。

 乱暴に切られた短髪とは対照的に丁寧に整えられたアゴ髭。茶色い目は澄んでいる。異邦人にも、日本の東北人にも見える不思議な顔つきだ。

 がっしりとした体格の上に、俺が貸してやった上着を羽織っている。その下には白い布を体に巻いているきり。

 テーブル席の下の素足には、俺がすぐそばの靴屋で買ってやったセール品のサンダルが装着されている。

「ちょっとオラにはわがんねぇですね。したばまず、いぃです、ハイ」 

 そう言って男は再びパンと焼き魚を食べはじめた。妙な取り合わせだ。スプーンひとつで器用に食べている。時折コップの水を飲む。

 俺はドリンクバーしか頼んでおらず、しかも一杯目のコーヒーにすら手につけていない。

 飲み食いできるような心境ではないのだ。



 ここは青森県三戸郡、国道沿いに建つファミレスである。

 東京からやって来た俺の前に、この男は現れた。布一枚を体に巻いて。裸足で。

 ある墓のそばの、木の柵に寄りかかっていた。

「……どうしました? 大丈夫ですか?」 

 調子が悪いように見えたし、折悪しく周囲には誰もいない。

「あァ、大丈夫です。まず、すんぺぇ(心配)いらねっす」男は答えた。「ちょっとあの、さっき復活しだばっかりだもんで」

「…………復活?」

 俺は思わず、すぐそばに立つモニュメントを見上げた。

 巨大な、白い十字架である。

 ここは青森県の旧戸来村、そしてこれは、「イエス・キリストの墓」だ。

「ほぅです、さっきこごで」

 男は十字架の根元を指さした。

「あなた、まさか」

 タチの悪い冗談だと思ったが、彼は答えた。

「んです。神が、オイどごお遣わしになりますた」

 男は柵から身体を離した。

「オイは、せかいどご、救いにやって来まスた」

 それが「私は、世界を、救いにやって来ました」という意味だと理解するのに、数秒かかった。 

 俺と彼との出会いは果たして、こういう具合だった。


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