第2話 お菓子な木

其処はとある一室。


室内は静謐であり、時たま開いた窓から流れ込んでくる微風がわずかに空気を揺らすのみ。


その一角に彼女はいた。


装飾の無い、木製の素朴な椅子に腰を掛け、手には一冊の本が抱えられている。


だが、彼女が本を開く様子はない。その瞳は瞑られ、体は背もたれに預けられている。どうやら眠っているようだった。


窓から差し込む陽の光が彼女の薄水色の――もっと言えば白縹と呼ばれる色に近い――髪、透き通るような白い肌にかかり、どこか幻想的な雰囲気を醸し出す。


その部分だけ切り取っても成立するような、一つの世界がそこにはあった。


「オールトス。頼まれていた飲み物とお菓子、持ってきたけど」


ふと、世界に満ちていた静寂が打ち破られる。


と、同時に、眠っていたはずの彼女の瞼が開かれる。立ち上がった彼女は本を抱え込んだまま扉へ駆け寄る。


無表情、されどどこかわくわくした様子で扉を開けた彼女の目の前には大きな袋を担いだ黒髪の少年が立っていた。


「お、重かったぁー」


部屋の中央に設置されている机に袋がゆっくりと下ろされる。少年は肩にかけていた紐を取り外すと、力尽きたように近くの椅子に座り込む。


袋の中身を漁りながら少女――オールトスは変わらず無表情で問いかける。


「これほどの量を運んできてくれてありがとうございます。とはいえネガンならば、簡単に運べるのでは?」


「む、無茶言わないでよ。昔はともかく、今はただのニンゲンなんだよ?こんな量を簡単になんてとんでもない」


「なるほど、そうでしたか。いえ、そうでしたね。貴方の現状を理解しきれていませんでした。申し訳ありません」


「謝らなくて大丈夫だよ!大変だったってだけで、無理だとか、辛かったってわけじゃないから―――」


「あ、すいませんがもう一度行って来てもらえますか?次は二袋分を」


「さっきの謝罪の意味は!?」


「冗談です」


オールトスの顔に僅かに笑みが浮かぶ。さらに文句――というより注意を続けようとしたネガンはその笑みを前に、自然と頬が緩んでいくのを感じた。


(初めて会った頃は無表情を取り越して、本当に何もなかったのに・・・成長したと言えばいいのか。あるいは・・・)


「?ネガン、なんで笑ってるんですか?」


原因である当の本人は、いつも通り無表情に、でもどこか不思議そうに首をかしげている。


そんな彼女に苦笑しつつ、何でもないと返しつつ、彼はこれからの少女の行く末に思いを馳せていった。







「・・・そういえば、この飲み物やお菓子の件なんだけど・・・」


「ああ、はい。食べてみたところ主観的ではありますが、味、品質等は問題ないかと。今、保存されているデータとの照合を行っています」


「いや、それは良かったけど・・・」


「何か問題でも?」


ネガンは、菓子や飲料が製造されていると言われていた場所へ行った際の記録を思い出す。


「・・・なんで、食べ物や飲み物が木に生ってたの?」


そう。そこにあったのは等間隔に植えられた木々とそこに所狭しと生っていた菓子・飲料の数々だった。


発見当初は、もしやオールトスがいたずらしたのかと、苛立ち――などではなく感動を覚えていたのだが、試しに生っていたポテトチップスの袋を引っ張ってみると、袋の先端には木の幹へとつながった茎が存在していたのだ。


「記録から解析しました。コドモという個体は、常々、お菓子が実る魔法の木を夢見るものだと」


オールトスは変わらず無表情で、当たり前であるかのように告げる。


「まぁ、お菓子を欲しがるっていうのは否定しないけど・・・実際にあったら少し不気味じゃないかな。何を元に作られてるのかとか。最近はそういった成分表示とか生産者とか、細かいところに厳しいみたいだし」


「・・・わかりました。プロデューサーの意見です。『お菓子な木』は一度計画段階まで戻し、再考することにします」


「あれって、名前あったんだ」


そんなわけで、今日も楽園開発は着々(?)と勧められていくのだった。



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どうやら彼女は楽園を創りたいらしい 雨Ⅸ @amamiyatasuku

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