その7

 一刻も早く、あの依頼書の中身を確認しないと。

 今はローニに1秒でも猶予を与えたくない。


「? 何やら、むこうが騒がしいですわね」


「なにかあったんかな?」


 気にしないで、ただローニがギルドから出て行っただけだから。

 それよりもどうにか依頼内容を……。


「あたし等には関係なさそうだしいいんじゃない? それよりシオねぇ、あたしにも依頼書を見せてよ」


「どうぞですわ」


 ルイカちゃんの手元に依頼書が行っちゃった。


「え~と、何々……」


 ルイカちゃんの位置も私からだと全く見えないのよね。

 もうちょっと体をひねってくれないかしら、それなら見えるのに……あ、待てよ。

 ローニは先走って行っちゃったけど、これでルイカちゃんが駄目と判断して決め直しの可能性は十分あるわよね。

 だとすれば、私が直接手を出さなくてもローニの行いは無意味になる。

 お願い! どうかその依頼を――。


「……うん……いいんじゃないかな、内容のわりに報酬がいいし」


 受けちゃうのね。

 私の思いが通じてくれないのは悲しいわ。


「ちょっと、チトはまだ見ておらんのに勝手に決めんといて!」


 そうだ、まだチトちゃんが依頼を駄目と判断する可能性もある。

 お願い! 今度こそ私の思いを……。


「……ニヤッ」


 ……いまルイカちゃんが悪い笑顔をした。

 あれは悪い事を思いついた顔ね。


「じゃあ、さっそく受付を済ませようか」


「んなっ!?」


 ルイカちゃんが依頼書を持っている右手を上にあげて、そのまま受付カウンターに向かって歩き出した。

 あ~そういう事か、チトちゃんに依頼書を見せない気ね……って、それは色々と困るんですけど!

 内容がわからない状態だと、場所もわからないからシオン達の後を追う事になる。

 そうなると、ローニの妨害を事前に出来ない!


「何を言うとるのよ! チトにもその依頼書を見せて、意見を聞きぃ! こらああああ!」


 チトちゃんがルイカちゃんの持っている依頼書を取り上げようと、ピョンピョンと周辺を飛び跳ねている。

 2人はかなり身長差がある上に腕も上げているから、よほどのジャンプ力が無い限り当然依頼書に届くはずもない。


「見せろ! 見せろ! み~せ~ろ~!」


 まるで子猫が頭上にある物を必死に取ろうと飛び上がっている様だわ。

 ……何あれ、すごく可愛いいんだけど。


「ルイカちゃん。そんな意地悪はしないで、チトちゃんにも見せてあげて」


 うんうん、流石はシオンね。

 ちゃんと注意が出来てえらいわよ。


「は~い……どうぞ、チト先輩」


 あっさりとチトちゃんに依頼書を渡した。

 素直に言う事を聞くのはいいんだけど……私的にはもう少しあの姿を見ていたかったな。


「もう、最初から渡しぃや。チトは先輩やねんから。え~と……」


 いや、そんな事を考えている場合じゃない

 お願い! チトちゃん、その依頼を断っ――。


「……うん、チトもこれで良いと思う」


 そうですか、駄目か。

 これはもうその依頼になるのは確定のようね。


「後輩の言う通り、内容のわりに報酬がいいしね」


 ……ん? ちょっと待って。

 さっきから内容のわりに報酬がいいって言っているけど、それってどう考えてもヤバイパターンの奴じゃないの? アスターってば一体何を選んだのよ!


「~~~っ!」


「……? 何やら視線を感じる様な……っ!? え、なんで……あっそうか! ……え~と……では、街の南にある、湖に住み着いたスライム討伐の依頼をさっそく受付カウンターに持って行きましょう!」


 私が睨みつけていたのに気が付いたみたいだけど、どうやら依頼の内容を言わなかった事に怒っていると思ったみたいね……昨日みたいに依頼内容を口に出してくれたわ。

 そんなつもりは無かったんだけど……まぁいいか、内容が分かったんだし。

 それにしても、スライム討伐か~確かに内容的には簡単よね。


「そうですわね。それにしても、スライム討伐で結構な報酬金額なのはどうしてでしょうね?」


 そういう場合、必ず裏があるはず……。

 う~わ~すごく嫌な予感がするわ。


「あら……貴方達、その依頼を受けるの?」


 顔をしかめた女性冒険者がシオン達に声を掛けて来た。


「え? はい、そうですが……」


「なら鼻栓を持って行った方がいいわよ」


「鼻栓……ですか?」


 沼に鼻栓。

 ああ……そのパターンか。


「そうよ、そこの湖は悪臭がひどいのよ」


 やっぱりね。

 だとしたら、私は行きたくないな……。


「あ~誰もやりたくないから、この報酬額なわけって事だ……」


「そういう事」


「なるほど。わざわざ教えて頂き、ありがとうございますわ」


「いいえ。それじゃあね、ルーキー達」


 ルーキー達って……あの女性のプレートの星は1つだったような気がするんだけど……まぁいいか。

 情報を貰えただけ大きいしね。


「悪臭がする場所ですか……どうしましょう?」


 アスターも困惑している。

 なら、それはやめて別のにしましょう。

 その方がいいと思います。


「臭いなんか鼻摘んだらええだけです。報酬も高いですし、スライムなんてチトのこの斧で1発や!」


 スライム如きに邪竜を倒した戦斧を使う。

 弱い者いじめにもほどがあるわよ。


「まぁそうだね、汚れ仕事は一つ星の定めみたいなもんだし」


「私も問題は無いと思います」


「わかりましたわ、それでは受付をしてきますわ」


 さて、依頼内容はわかった。

 シオン達が受付をしている間に私は湖に向かいましょう。

 本来なら鼻栓を買わないといけないけど、時間がおしいから直行しないと。

 あ~あ……やだな~。



「ふぅ~……」


 湖に到着っと。

 さぁ覚悟して行動しないとね。


「…………あれ?」


 思ったより、臭いが無いわ。

 これだと別に鼻栓なんていらないわよね。


「あの冒険者ってば、大げさに言っていたのかしら……ん?」


 湖の中に青く光っている物が見えるわ。

 あれは一体なんだ……ろ……。


「――って、あれはもしかして!」


 旅をしていた時に、水の女神様から貰った浄化の輝石!?

 ちょっと! あれは毒の湖に出没するヒドラを退治するために頂いた物なのよ!!

 それを、たかが汚れた湖を浄化する為だけに使うだなんて!


「……」


 とは言っても、悪臭う漂うはずの湖の綺麗になっているは非常にありがたい。


「…………何も見なかった、私は何も見なかった!」

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