その3

 チトちゃん達ドワーフ族が住んでいる地下の村は、この街からかなり遠い。

 だから、ロイドは整地だけで呼ばれた事に相当怒ったっけ……まぁ怒らない方がおかしいわよね。

 でも何だかんだ文句を言いつつ、その後はちゃんとやってくれる辺りロイドも優しい。


「ただ、来た時は家族と一緒だったから驚いたわね」


 ロイドが結婚していた上に、奥さんのミントさんはなんと人間ヒューマン族。

 そして2人の間に生まれた娘、ハーフドワーフのチトちゃん。

 整地が終わるまでの1ヵ月もの間シオンはチトちゃんと一緒に遊んでいたわね。


「懐かしいわね~もう10年くらい前かしら?」


 あの頃より大きくはなっているけど、半分ドワーフの血が混じっているからか10歳前後にしか見えない……いや、一部はすごく大きくなっているけども……そこはミントさんの血筋かしら?

 くっ実にうらやましい!


「いやいや、そんな私情は置いといて! ……チトちゃんがここに居るって事は、ロイド達が観光にでも来ているかしら?」


 だとしたら、手紙のひとつでも出してくれればよかったのに。

 ……ん~と……けど、辺りを見回してもロイド達の姿は無いわね。

 別行動しているのかしら?


「いてて……」


 あ、チトちゃんに殴られたトサカ1本男が顎を擦りながら立ち上がったわ。

 なんともまあ頑丈な男、あんな強烈なアッパーを顎でまともに食らったのに起き上がれるなんて。


「おい、大丈夫か?」


「ああ、なんとか……このガキャ! よくもやってくれたな!」


 あっと、そんな事を感心している場合じゃない。

 あの男ったらチトちゃんに手を出す気だわ!

 早くやめさせないと――。


「あいつ、ちっちゃい女の子に殴り飛ばされたくせに、よくもまぁまだ威勢をはれるな」

「まったくだ。やめとけやめとけ、返り討ちにあっちまうぞーアッハハハ!」

「図体はでかいくせに、とんだ見掛け倒しね。クスクス」

「そもそも、少女に手を出そうとしている時点でアウトだろ」


 ……あ~これは大丈夫そうね。


「ウグッ!」


 トサカ男達が周りの声を聴いてうろたえている。

 流石に、この空気の中じゃチトちゃんに手は出せないでしょ。

 何より今すぐ逃げたいんじゃないかしら。


「おい、もうやめとけ……」

「クソッ!」


 よし、トサカ1本男が手を下ろした。

 ふぅ……これで一安心ね。


「なんや? まだやるって言うのなら、チトも本気を出してやる!」


 って! チトちゃん!? 何を言っているの!?

 この場の空気を読んでよ!!


「……あれ?」


 チトちゃんが背中に手を伸ばしたけど、その手は空を切った。

 それもそのはず、だってチトちゃんの背中には何も背負っていないもの。


「あれ? ……あれれ?」


 今度は体中を探っている。

 これは、もしかして……。


「しもた! 宿に置きっぱなしやった!」


 やっぱり。

 あの感じだと、武器を背負っていると思い込んでいたみたいね。

 ……流石に武器を背負っているかどうかは、重さでわかると思うんだけど。


「ちょっちょっと待っとってや! ――すみません、ちょっとそこを通して下さい!」


 チトちゃんが野次馬をかき分けて、走って行っちゃった。

 もしかして、武器を取りに戻ったのかしら?


「…………おい、どうするよ?」

「どうするも何も、待つことはねぇだろ。つーか、俺はこれ以上ここにいたくねぇ」

「だよな……行こうぜ」


 まぁ当然、男達はチトちゃんを待たずに行っちゃうわよね。

 それと同時に、野次馬達もばらけだしたわ。

 あ~……良かったわ、何とか騒動が収まってくれて……。


「……あっ!」


 シオン達とローニはどうなった?

 チトちゃんの登場で、すっかり頭から抜けちゃっていたわ!


「ええと……いたいた」


 騒動の場所から離れた所に2人が居たわ。

 アスターがシオンの前に出て、ちゃんと守ってくれている。


「で、ローニの方は……」


 露店がぐちゃぐちゃになっているけど、ローニの姿が見えない。

 野次馬に紛れて逃げたか、透明化マントを被って姿を消しているのか。

 どちらにせよバレなくて良かったわ。


「……今の騒ぎは、ちょっと危なかったですね」


「そう……ですわね」


 ごめんね、シオン!

 私の浅はかな考えで、騒動になりかけて!

 これじゃあローニの事を馬鹿に出来ないわね……。


「さて、気を取り直して西の森に向かいましょうか」


「……」


 ん? どうしたのかしら。

 シオンが何かを考える様に見えるけど……。


「……シオン様? どうかなされました?」


 もしかして、さっきの騒動でシオンに私達がバレちゃった!?

 どっどうしよう! だとしたら、何か言い訳を考えないと――。


「……申し訳ありませんが、あの女の子……いえ、女性が戻るまで待っていて良いですか?」


 どうやら、違ったみたい。

 あ~焦ったわ~心臓に悪い。

 にしても、シオンの言っている女性ってチトちゃんの事よね。


「へっ? 別に構いませんけど……どうしてですか?」


「……ちょっと、確認したいことがありますの」


 どういう事かしら?



「はぁ~……はぁ~……」


 あ、チトちゃんが戻って来た。

 背中には自分の身長と同じくらいの布を巻いてある物を背負っている。

 あの形はどう見ても戦斧よね……あの時の騒動で背負ってなくて本当によかった。


「ふぃ~……待たせたな! ……って、あれ? いない?」


 チトちゃんが辺りをキョロキョロとして、あの男達を探しているみたい。

 もうとっくにいませんって。


「あの男の人達はどこかに行って、もういませんわ」


 シオンがチトちゃんに近づいて行った。

 

「そうなん? なんや、これを見せつけてビビらせようと思ったのに」


 背中の戦斧を手に持ちながら、ガッカリしてほしくない。

 すごい物騒な絵面になっているから。


「えと……ロイドおじ様の娘のチトちゃんですわよね……?」


 おお、シオンは覚えていたんだ。


「ん? そやけど、何でそないな事を知って……んん?」


 チトちゃんが、シオンの顔をまじまじと見ている。


「…………もしかして、シオン……ちゃんか?」


「――っ! そうです、シオンですわ! やっぱり、貴女はチトちゃんですのね!」


 まぁあれだけ自分の事を、チトチトと言っていたら……。

 それにしても遊んでいたのは10年も前だし、お互いまだ5歳くらいだったのによく2人とも覚えていたわね。


「やっぱり! いや~すごい久しぶりやな~! その独特な髪の色にハーフエルフと言ったら、シオンちゃんしかチトはしらんもん!」


 あ~なるほど。

 確かにシオンは覚えやすいか。


「シオンちゃんもチトの事を覚えててくれたんか、うれしいな~!」


「当たり前ですわ! 人がめったに来ない山奥で同じ年頃の女の子と1ヶ月も、それも毎日遊びましたもの! その思い出は一生忘れられませんわ!」


 ――ブッ!!

 ごめんね! シオン!!

 私が、人がめったに来ない山奥で静かに暮らしたいって言ったばかり!!

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