その2

「え? ああ、そうです。あれがヨギ草……ですっ!?」


 アスターが商人を見た瞬間に動揺した。

 恐らく、ローニだって気が付いたみたいね。


「どうかしましたか?」


「えっ? いや……ナンデモナイデス、キニシナイデクダサイ」


「?」


 シオンが不思議そうに首をかしげている。

 首をかしげたいのは私の方よ、どうしてローニに気が付かないかな。

 まぁ気が付いちゃ駄目なんだけども。


 そして、その問題のローニ。

 あの人の思惑としては、西の森へは行かせずに安全にギルド前で済ませちゃおうって事なんだろうけど……お金で解決しちゃうのはいくらなんでも駄目でしょ。

 そんな事をシオンに覚えさせちゃうと絶対に良くないわ。


「安いよー安いよー」


 思いっきりシオンの方を見て、アピールしているし。

 というか、これが言っていたローニの本気なの? もっとやりようがあるでしょう。

 何で、こんなわっかりやすい方法を取るかな……冒険していた頃は、冷静な判断していたのに。


「……っと、そんな事を考えている場合じゃないわ。シオンにバレる前に、さっさとあの勇者には退場していただきましょう」


 でも、ローニがヨギ草を持っている限り、あそこからどかしても別の場所に移るだけよね。

 そんな事をされると、シオンにバレる可能性がますます高くなる。

 今のうちにヨギ草を消耗させるには……よし、冒険者達の力を借りましょう。

 丁度、私はギルド内に居るしね。


「――コホン……いや~ギルドの外で、ヨギ草が相場の半額以下で売っているいるとは思いもしなかったわ」


 出来る限り、目立つように声を出して。


「……おい、今のエルフの話を聞いたか?」

「ああ、ヨギ草が半額以下と言っていたな」

「半額以下って、本当かしら?」

「大きな独り言ね……」

「あれは関わらない方がいいわ」

「しっ! 目線を合わせちゃ駄目だ」


 よしよし、冒険者達が食いついてきた。一部は明らかに目を背けているけど……気にしちゃ駄目。

 ヨギ草は傷薬にも解熱にも使える、だから冒険者にとっては持っていたい物。

 私も旅をしていた頃は常に持っていたしね。


「でも、手持ちが少なかったせいで買えなかったわ~露店を出したばかりで人もいなかったのに、残念だわ~」


 さあ、外に向かうのよ。


「という事は、まだ残っているのか?」

「かもしれん。行ってみようぜ」

「他の奴らが動いているぞ。俺らも行こうぜ」

「え? 本当にあの独り言を信じるの?」

「とりあえず、覗くだけ覗いてみましょうよ」


 うふふ、作戦通り冒険者達が続々とギルドの外に出て行ったわ。

 さて、私はギルド内でドアの隙間から様子をうかがいましょう。


「えーと……おっ、あの露店か? ……嬢ちゃん達、買わないんだったらそこを通してくれないか?」


「あ、申し訳ありませんわ。どうぞ」


 シオンが屈強な男の冒険者2人(頭がトサカ1本男と2本男)に場所を譲った。

 あの感じだと、シオンは買う気が無かったのかしら?


「すまねぇな。……おい、本当だ。ヨギ草が半額以下で売っているぞ」


「へ?」


 ローニったら、他の人が買いに来る事を考えていなかったのか驚いている。


「マジかよ!」

「へへっこれは儲けたな」

「信じて良かったわね」

「貴女、さっきと言っている事が違うじゃないのよ」


 ローニの露店が人に囲まれた。

 あれだと逃げられないわね。


「え? へ? 何だ? 何が起きているんだ?」


 クスッ、訳がわからずうろたえているわ。


「あの露店、あっという間に人だかりが出来ちゃいましたわね」


「そっそうですね……ギルドの中から、次々と冒険者出て来たが……これはアリシアお嬢様が何かしたみたいだな」


 アスター正解。


「おい、そのヨギ草は俺達が買うから売ってくれ」


「はっ!? いや、このヨギ草は……」


 ローニはシオン以外に売らない気だろうけど、この状況じゃ無理無理。

 大人しくその人達に売っちゃいなさい。


「そうそう、あるだけ全部買うぜ」


 ……ん? トサカ頭2人が全部買う?

 いやいや、何を言ってんのよ。


「おい! 何を言っているんだ、全部は買うなよ!」


 そうそう、1人……じゃなくて2人占めは駄目よ。


「お前こそ何を言うか、これは早い者勝ちだよ!」

「はっ! そういう事だぜ」


 そういう問題じゃないでしょ。

 ちゃんとモラルを守りなさいよ。


「はあ!? 何だって!」

「ちょっと! そんな横暴やめてよね!」


 あれ? 何か露店の周りの空気が不穏になって来たような……。


「数の制限が無いんだから、いいじゃねぇかよ!」

「そういう問題じゃねぇよ!」

「そうよ! ちゃんとモラルを考えなさいよ!」

「うるせぇ! そんなの関係ねぇ!」


 これは、やってしまった気がする。

 今にも喧嘩が始まっちゃいそうだわ。


「あのーだから、これはシオンに……」


 ローニ、シオンって名前を出しちゃ駄目でしょ!


「はあ!? あるわよ! 恥を知りなさい! 恥を!!」

「あんだと! このアマ!!」


 トサカ1本男が女性に向かって拳を振り上げた。

 危ない、逃げて!


「何よ、その振り上げた拳は! 都合が悪ければすぐ暴力? ハンッそんな事をしているからあんた達はモテないのよ!!」

《そ~よ! そーだ!》


 逃げる処か挑発!?

 周りに居た人達も同調しちゃっているし。

 これはもう一触即発状態だわ。


「なっ!? 俺がモテないだと!」

「おい、達って事は、俺も入っているのか!?」


 トサカ2本男が驚いている。


「当然よ」

「はあ!? あのなあ、俺とこいつを一緒にするなよ! 俺はモテていたんだぞ!」

「……よく言うぜ。この30年一緒に居るが、そんなところ見た事がねぇぞ」

「うるせぇよ、この馬鹿!」

「――あだ!」


 トサカ2本男がトサカ1本男の頭を殴った。

 醜い身内争いだわ。


「つー……てめぇ、俺の頭を殴りやがったな……この野郎が!」


 トサカ1本男が殴りかかった。


「おせぇ、――よっと!」


「え? ――ぐえっ!」


 それを避けて、後ろで傍観していた男の人の顔面に入っちゃったわ。

 あれは痛そう……。


「あ、わりぃ……」


 トサカ1本男が謝っているけど、もはや謝ってすむ状態じゃないわよ、これ。

 

「……いってぇ……なっ!!」


 今度は、殴られた男の人がトサカ2本男を殴っちゃった!


「へ? ――ガハッ! ……おい! 俺は関係ないだろうが!」

「お前が避けるからだろうが! 馬鹿が!」

「馬鹿だと!? てめぇ……やってやろうじゃねぇか!!」

「上等だ! みんなやっちまえ!」


 あわわわわ。露店の周りに居る人達が喧嘩を始まっちゃった。


《わーわー!》

《ぎゃーぎゃー!》


 そうだ、ローニに助けを……!


「おっおい! こんな所で喧嘩はやめ……ぎゃああああああああああ!!」


 ああ、喧嘩の渦に巻き込まれちゃった!

 あちゃ~まさか、こんな事で喧嘩が起こるなんて思いもしなかったわ。

 どっどうしましょう……止めに入りたいけど、出ちゃうとシオンにバレちゃうし……。


「あわわわ、よくわからない内に喧嘩が始まってしまいましたわ! アスターさん、どうしましょう?」


「どうと言われても……これ、仲裁に入る方が危ないですよ……」


《わーわー!》

《ぎゃーぎゃー!》


 これ以上は危険だわ。

 怪我人が出てからだと遅いのよ……何、私は戸惑っているのよ。

 この状況は、私が蒔いてしまった種なのよ……

 それをシオンにバレちゃうからって止めないって、そっちの方が駄目だわ!

 

「喧嘩はそこ――」

「喧嘩はそこまでや!」


「――まで……よ?」


 え、今の声は誰?


《ざわ……》


 今の声で、騒動が止まった。


「こんな所で喧嘩なんて、他の人に迷惑やろ!」


 喧嘩の仲裁に入ったのは10歳前後くらいの女の子だわ。

 茶髪で髪をツインテールにしていて、とても可愛いんだけど……どうして、胸に大きな果物を2個入れているのかしら?


「ああん!? なんだこのガキは?」


 ……ん? あれ? ちょっと待てよ。

 あの子って、もしかして……。


「おい、お前! 食べ物を粗末にするんじゃねぇよ!」


「はあ? チトはそないな事はしておらへんけど?」


 あっ! やっぱりチトちゃんなのね。


「果物を胸の所に入れているだろうが! ちゃんと両手に持ってだ――ナブアッ!?」


 チトちゃんがジャンピングアッパーカットを放って、トサカ1本男の顎にヒットさせて倒しちゃった。


「チトは今年で16歳、お子様やなく立派なレディーや! 後これは自前や、自前!」


 口より先に手が出ちゃうところは、父親に似ちゃったみたいね。


「まったく、失礼な奴やな」


 それにしてもロイドの娘であるチトちゃんが、どうしてこんな所に?

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