第9話 実家の面々、妄想にふける
数日後――。
アロイスは息子二人を執務室に呼びつけた。
「今頃は、海獣の腹の中か……」
アロイスは窓辺に立ち、外の様子を眺めながらつぶやいた。
「ステラですか? 父さんの期待を裏切ったんです。当然の報いってやつですよ」
「《水流魔法》か……。なぜ、そのような役に立たない【天啓】を授かったんだか」
アロイスは窓に息を吹きかけ、曇ったガラスに大きく指でバツ印を描く。
「あれだけの魔力を持って生まれながら、まったく、宝の持ち腐れだな……」
「そもそも、高い魔力を持っていたことすら、あいつには分不相応だったんですよ。元々、貴族として生きるべきではないはずの立場なんですし。正しいあり方に戻ったまでですって」
エドムントは嬉々としてステラの悪口を吐き捨てる。
その脇で、グスタフも同調するようにステラへの罵詈雑言を口にしていた。
アロイスは息子二人に向き直り、ゴホンと咳払いをした。
「ステラがいなくなった以上は、この領の将来はおまえたちにかかっている。わかっているな?」
「「はいっ!」」
アロイスの言葉に、息子二人はステラへの中傷を止め、姿勢を正す。
「改めて話しておこう。なぜ、我が領がこれほどの繁栄を誇っているのかを」
アロイスは、机の上に地図を広げた。
息子たちも机に寄り、地図をのぞき込む。
「アグニム帝国との唯一の交易路を領内に抱えているから、ですよね?」
バルテク辺境伯領のあるヴァラトス王国と隣国アグニム帝国とを結ぶ、砂漠やサバンナに囲まれた一本の街道を、グスタフが指でつつっとなぞった。
砂漠に点在するオアシスのひとつに、辺境伯領の領都《ユーガルフ》もある。
「そのとおりだ。……そのとおりなのだが、そもそも、なぜ交易路が他にないのか、疑問に思わないか?」
「あぁ、言われてみれば確かに……」
息子たちは顔を見合わせた。
「昔はな、あったんだよ。ほかにも交易路が」
「今はないのですか?」
「ない。その失われた交易路は、海路だったのだ。……例の海獣に塞がれた海域を通る、な」
アロイスは大陸南の海を指さした。
絶海の孤島《ムルベレツ》の名もある。
「ということは、当家の今のこの繁栄も、その海獣さまさまだってことなんですね!」
「あぁ、そのとおりだ。まったく、私たちにとっては、膨大な金を生み出してくれる聖獣様と言っても差し支えないな」
「船を次々に沈める凶悪な海獣が、聖獣様ですか! こいつは笑っちゃいますね」
「そうだろう? なんとも愉快な話だな!」
三人はクスクスと笑いながら、海のある南に向かって拝むような仕草を取る。
「いずれはあの海獣を始末して、海路も独占したい。そのために、あの役立たずの孤島《ムルベレツ》の所有権を、放棄していないんだ」
「集めた膨大な資金で、大量の軍船を雇って……。面白そうですね! ワクワクします」
「陸路も海路も当家で支配できれば、単なる独立だけではない。王国までをも食ってしまえるかもしれないな」
「最高じゃないですか、父さん!」
果てしない愚かな妄想に取り憑かれ、アロイスたちはゲラゲラと笑い転げた。
アロイスたちはまだ気付いていなかった。
海獣に食われて死んだはずだと思い込んでいたステラが、生きて《ムルベレツ》にたどり着いた事実を。
役立たずだと思われていた《水流魔法》の真価に覚醒したステラが、海路を塞いでいた最凶の海獣を翻弄した事実を。
そして、実家に愛想を尽かしたステラが、バルテク本家をも超えるかもしれない可能性を秘めた領地を、その手に収めた事実を――。
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