第7話 ステラ、魅力的な提案を受ける
無事に島へと上陸した。
陸地まで追ってくるつもりはないみたいで、海獣はやがて沖へと帰っていった。
「みんな、無事かな?」
員数を確認したけれど、誰も欠けてはいない。
よかった……。
私のせいで、ついてきてくれた使用人たちまで命を落とすような結果になっていたら、後悔してもしきれないもの。
「無事に島にたどり着けたのも、すべてはステラ様のおかげです!」
「あんなすごい魔法を隠していただなんて、お人が悪いですぜ、ステラ様!」
使用人たちが、次々と私の《水流魔法》について、賞賛の言葉を口にする。
ちょっとこそばゆいな。
なんだか、受験に合格した時の、家族や友人からの言葉を思い出しちゃうよ。
ぼんやりと、懐かしい顔が脳裏に浮かぶ。
……でも、もう美咲はいないんだ。私は、ステラよ。
前世に囚われすぎてはダメ。
今を生きるんだ!
軽く頬を叩いて、気持ちを切り替えた。
「私も驚いているの。なんだか突然、使えるようになったから……」
「妙な声がってつぶやいていたけど、もしかして、そのときに?」
「うん。たぶん、あれは【天啓】を授けてくれた神様の声だったんだと思うわ。……ただ、今はまず、全員の無事を喜び合おうよ」
私の意見に賛同してくれたようで、使用人たちはめいめい肩を組み、お互いの健闘をたたえ合い始める。
私は少し離れたところに座り込んで、その様子を眺めた。
「こうしてみんなの命が繋がったのも、ステラのおかげだな」
ミランがやってきて、私の隣に腰を下ろした。
「私のやれることを、精一杯やったまでだよ。形式的とはいえ、今は私が領主。みんなのご主人様なんだし」
「ははっ、そうだったね。さすがだったよ、バルトゥコヴァー卿」
「卿だなんて、なんだか不思議な感じ。そっか、まだ十二歳の小娘に過ぎないけれど、私自身が爵位を持っているんだから、対外的にはそう呼ばれることになるのよね。ムルベレツ子爵ステラ・バルトゥコヴァー……か」
ミランと二人、笑い合った。
「それにしても、ステラの魔法はすごかった!」
「自分でもびっくりしてるわ。……すごく胸が高鳴っているの。水が大量にある場所での、この《水流魔法》のポテンシャルを考えると、ね」
「これからのステラの領主様としての活躍、すっごく楽しみだよ。《水流魔法》で土木工事も捗りそうだ。開拓しがいがあるなぁ」
「確かに! 図らずも、父様の求めていた《万能魔法》と同じような役割をこなせそう。だって、ここには使っても使い切れないほどの水があるんだし。……もしかしたらこれも、運命だったのかもしれないわね」
バルテク領が水の豊富な土地だったら、少なくとも実家を追い出されるような事態には遭わなかったかもしれない。
ただ、今さら実家に未練はないし、どうでもいいんだけれどね。
貴族はもう、こりごり。
確かに子爵位はもらっている。
けれども、気分はなんら平民と変わらない。もともと、私は平民街出身なんだから。
転生前だって、単なる庶民だったし。
ついてきてくれたみんなと、のんびり島を開拓していければ、それでいいと思うんだ。
「さしもの海獣も、ステラの《水流魔法》にはどうしようもなかったみたいだねぇ」
「倒すのは無理だったけれど、逃げ回るくらいは十分に可能だったわ。……この《水流魔法》を極めていけば、もしかしたらあの海獣をどうにかして、この島を遙か昔のような交易都市にできるのかもしれない」
「交易都市?」
「あの海獣が現れる前まで、この島は王国と他国とを結ぶ海上交易路の中継地点になっていたんだって。貿易ですごく栄えていたそうよ」
「へぇー、すごいな! なら、僕たちでその交易都市を、この島に復活させられたらおもしろいね!」
ミランはぐいっと私に顔を寄せると、目を爛々と輝かせた。
「このまま、あの意地の悪いステラの兄貴たちを、ぎゃふんと言わせちまおうよ! バルテク本家を超えちゃっても、いいと思う! っていうか、没落させちまったって、かまわないさ!」
「そう、か……。うん、そうだよね……。そんな選択も、有りだよね」
私はミランの眼を見つめ、微笑した。
なかなか魅力的な提案だと思う。
「とは言っても、この島で生きていくための環境整備をするのが、まずは先。焦ってもいいことはないと思うし、のんびりと開拓を進めていくのが、第一かなぁ」
ここは、世界から見捨てられた絶海の孤島。
あくせくと働き詰めたところで、誰かが褒めてくれるわけでもない。
「そんなこと言ったって、ステラならいずれ作っちゃうんだろう? 君を捨てた実家の奴らが、泣いて悔しがるくらいのすっっっごい交易都市を」
ミランはニッと笑うと、私にぴたりと寄り添った。
「これからが、楽しみだ」
つぶやき、ミランは私の肩をそっと抱いた。
私はそのままミランの肩に頭を預け、ゆっくりと目を閉じる。
ミランの言葉を聞いていると、なんだか不思議と勇気づけられる。
私の心の内に、小さな炎が灯ったような気がした――。
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