第5話 ステラ、海獣に襲われる
「ステラさまぁぁぁっっっ!! 船に向かって、何かが迫ってきていまぁぁぁすっっっ!!」
見張り担当から悲鳴が飛んできた。
刹那、大きな横揺れに襲われる。同時に、頭上から大量の海水が降り注いできた。
「きゃっ!? ぷぷっ」
鼻に海水が入り、思いっきりむせ込んだ。
甲板がびしょ濡れになり、揺れとも相まって足を取られそうになる。
「ステラっ!」
「ミラン、そっちは大丈夫?」
そこに、ミランが真っ青な表情を浮かべながら駆けつけてきた。
従者服がびしょ濡れになっているけれど、どうやら怪我はないようだ。
「ステラ様、大変です! 後方に、例の海獣らしきものが現れました!」
切羽詰まった様子の見張りの声に、緊張感が一気に高まった。
「今の衝撃と水しぶきって、もしかして」
「はい、ヤツの仕業です! ……いかがいたしましょう?」
どうやら、交易船を次々と海の藻屑に変えていった件の海獣が、大波を生み出して船にぶつけてきたみたいだ。
周囲が動揺している。
二百年間、数多の船を沈めてきた無敵の海獣の出現――。
とうとう、死へのカウントダウンが始まったってわけね。
……神様、恨むわよ!
「逃げる以外ないわ! 想定だと、もうすぐ目的地の《ムルベレツ》のはずだよね。とにかく急ぎましょう!」
戦ってどうにかなる相手じゃない。
ここは海上。相手のほうが圧倒的に有利な環境のはず。
「ステラ、あれを見てくれ!」
ミランが示した先の海面が、一気に盛り上がる。
「うわぁぁぁ……。こいつは、でっかいわ、ね……」
私は思わず感嘆の声を挙げた。
海面から顔を覗かせたのは、大型船をも軽く凌駕しそうなほどの大きさの、首長のウミガメだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
操舵担当を除いた全員が、投げ槍や魔法で応戦している。
その間、私とミランは見張り台に上り、海獣の様子を確認した。
「あーあ……。まったく効いていないっぽいわ」
「甲羅はもちろんだけど、皮膚も相当硬そうだ……。どうしようか、ステラ」
「逃げる以外に手はないと思って逃走を指示したけれど、相手のほうが速そうなのよね。足止めも兼ねて、みんなにこうやって攻撃してもらっているものの……」
「どう見ても、無駄な努力って感じだよなぁ。……やっぱり、ここで僕たち、あいつに食べられちまう運命なのかな」
ミランは悔しげに顔をゆがませる。
「だ……大丈夫だよ、ミラン! 私たちは、こんなところじゃ死ねない!」
私は強がって見せ、冷たくなっているミランの手を握りしめた。
でも、絶体絶命のピンチなのは、変わらない。
「ステラのすごさは知っているけれど、でも、どうするの?」
「それは――」
ミランの問いかけに、私は言葉を詰まらせた。
すると、そのとき――。
『
真なる【天啓】所有者の危機を、確認しました。
これより、《水流魔法》の制限を解除し、能力を解放します――。
』
突然、頭に不可思議な声が流れ込んできた。
「な……なによ、これ……?」
「どうしたの、ステラ!?」
「なんだか急に、妙な声が聞こえてきて……」
私は側頭部を押さえながら、声の言葉の意味を考える。
……真なる【天啓】って、なに。
『
失われし《水流魔法》の継承者、ステラよ。
《水流魔法》は、現に存在する水の塊を、わずかな魔力でもって自由に操作する能力。
水の存在が前提となるものの、消費する魔力に対する効果は、汎用的な《水属性魔法》や《万能魔法》の数十倍から数百倍に及びます。
あなたの工夫次第で、大量の水をいかようにでも操れるでしょう。
……ステラ、あなたは今から、水の王者になるのです――。
』
「私が……水の王者?」
『
これは、あなたをこの世界へと遣わした別の神からの言葉です。
「転生者、難波田美咲さん。私の手違いで、転生時に私からあなたへ有用な【天啓】を授けられなかったこと、謝罪いたします。そのお詫びとして、洗礼式で特殊な【天啓】が授かるよう、この世界の神にお願いをしておきました。私の与えた、運動神経抜群で高魔力持ちのその身体と共に、どうか【天啓】を存分に活用し、素敵な転生生活を送ってください」
以上になります。
』
おそらく、今のは【天啓】を与えてくれたこの世界の神の声に違いない。
そして、美咲を転生させた神も、いろいろと手違いはあったようだけれど、私に力を与えてくれていたみたいだ。
ただ、この話しぶりだと、私が《万能魔法》を授からなかったのって、この転生をさせてくれた神様のせいじゃない?
……いろいろと詰めの甘い神様だなぁ。
っと、今は愚痴っている場合じゃない。
もし、この神様の声を信じるなら……。
《水流魔法》は、一般的な《水属性魔法》や《万能魔法》のような、何もないところから新たに水を生み出すような芸当はできないっぽい。
けれど、代わりにその場に水さえ存在すれば、《水属性魔法》や《万能魔法》とは比較にならないほどの超高効率で、その水塊を自由に操れる能力ってことね。
制限はつくけれど、その効果は絶大。
私の高魔力を《水流魔法》に注ぎ込めば、もしかしたら、世界最強の水使いになれたりするのかな……。
ちょっと、ワクワクしてきた。
「ここは、海の上。……周囲には、膨大な水がある」
《水流魔法》の真価を発揮する条件は、整っているじゃないか。
バルテク領の乾いた大地とは違う。辺り一面、水しかない環境……。
「ねぇ……」
ミランに顔を向けて、ぐっと拳を突き出した。
「私、使ってみるよ。《水流魔法》を!」
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