第73話 記憶の中で見つけたもの

「アレク?」


 思いもよらない言葉に、マーリナスはついおうむ返しに声をもらした。


 ケルトがバレリアの呪いによる影響を受けていることは聞いている。


 当初ロナルドが懸念したようにそれを聞いたマーリナスも一抹の不安を抱いたが、日々のケルトの生活などをロナルドから笑って聞かせられれば、多少不安も和らいだ。


 実際会ってみて感じたのは、素直な子供だということ。髪や頬についた小麦粉の跡。床掃除に使う磨き粉が靴についていることを見れば、聞いていたとおりアレクのために粉骨家事にいそしんでいるのだろう。


『はっきりいって一流のメイドより使える。細かな所にも気がつくし、仕事も丁寧で早い。ついでに料理も上手い。毎日にらまれてるから、いってやらないけどね』


 からからと笑いながらそう話したロナルドの言葉にもうなずける。だが。


「メリザ。少し席を外してくれないか」


 厳しい表情で声をかけたマーリナスに、メリザはピリッとした空気を感じながら、表情には出さずうやうやしくあたまを下げた。


「かしこまりました。では花瓶の水でも交換して参ります」


 メリザが部屋を後にし、マーリナスは再びケルトに視線を向ける。


「さっきの言葉はどういう意味だ。わたしはきみが呪いの影響を受けていることを知っている。そのきみがロナルドをライバルだという意味が理解できない」


「なぜ理解できないんですか。バレリアの瞳を見た人間がどういう心理状態になるかはご存知なんでしょう。先にいっておきますが、もともと俺はアレク様をお慕いしていたし、この気持ちは呪いとは別に始めから存在していたものです。その俺がライバルといえばひとつしかないでしょう」


「つまり、恋敵だといいたいのか」


「だってあいつ、アレク様にキスしただろ」


 途端に猫かぶりしていた口調を崩し、怒ったように声のトーンを下げてこぶしを握りしめたケルトに、マーリナスの忘れていた記憶が揺り起こされる。


 ケルトが必死に叫んでいた。こっちだと呼ばれる声に向かって朦朧とする意識をなんとかつなぎとめて追いかけた。肩を支えてくれていたギルの声は遠くにくぐもって聞こえ、荒い自分の息づかいだけがやたらと大きく耳に響いてうるさかった。


 足がもつれて何度も転びそうになりながら、必死にアレクのもとへと足を進めたその先で。


 アレクを抱きしめ、キスをするロナルドの姿をみつけた。


 普段ならば下手に勘繰ることなどせずに、その口づけは何か必要性があったのだと思うはずだった。


 だがあのとき、なぜ妙な感覚が胸を逆なでたのか。ふたりの様子を目にして少なからず衝撃を受けたのは確かだ。だが、それとは違う嫌なもの。


 それはいったいなんだ。


 マーリナスはさらに記憶をたどろうと目を閉じる。


 自分たちが到着し、アレクから唇を離したロナルドがこちらに視線を流す。そのときかすかに交わった視線。そう、あの瞳だ――


 あのとき、ロナルドが向けた瞳に違和感を覚えたのだ。あれはアレクを心配していた目ではない。増援がきて安堵した目でもない。あれは……陶酔。そんな雰囲気を感じる目だった。


 なぜそう感じたのかわからない。それは長年友として戦友として、時間を共に過ごしてきたマーリナスだったからこそ気づくことのできた些細な違和感。


 だからこそマーリナスは気づいてしまった。


 魔道具はどうしたと訊ねたときにロナルドが嘘をいったことも。表情を出さないように振る舞うのはロナルドの得意とするところだが、一瞬の動揺から生まれた顔の強ばりも、作り笑顔も。わからないはずがなかったのだ。

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