第14話 訪問者

「アレク、初めまして。マーリナス隊長から話は聞いていると思うが、わたしが第一警備隊副隊長のロナルド・ハーモンドだ。これからここにくることも増えるだろう。よろしく頼むよ」


 そう言って差し伸ばされた手をアレクは少々緊張した面持ちで握り返した。


 ロナルドが家を訪れたのは、マーリナスに仕事を頼んでから数日後の昼過ぎのこと。


 ロナルドはマーリナスがいうとおり、くったくのない笑顔に人のよさが現れる優しそうな人だった。その胸元にはマーリナスが見せてくれたのと同じペンダントが、わかりやすいように首から下げてある。


 マジックシールドをほどこした魔道具マジックアイテム。この人も自分ときちんと接するために身につけてくれたんだと思うと、アレクは嬉しくなった。


「アレクです。こちらこそよろしくお願いします」


 嬉しさが上乗せされたアレクの笑顔は朝咲きの花のようにほころんだ。


(なんとまあ)


 その笑顔に不本意にも魅入ってしまったロナルドは、茫然とアレクを見つめる。一瞬女性かと思いこんでしまいそうなほど、儚げな美しさ。事前情報で男とわかっていなければ、即座に花束と指輪をそろえて差しだしていただろう。


 この美貌があればバレリアの呪いなんてなくても、十分に人を惹きつけるだろうに。


「友達のことは残念だったね。少しは落ち着いたかな」


「はい。マーリナスがよくしてくれていますから」


「そうか。面倒見がいいのは昔からだが、同居人を招くのは初めてだから、あいつなりに色々と気を回しているらしい。それだけ女にも気を遣えれば、とっくに結婚できたと思うけどね」


 冗談まじりに笑うロナルドに、アレクは肩をすくめる。


「素敵な方ですから、きっとそうですね」


「おや、そう思うかい? それはぜひ、あいつに伝えておかなきゃならないな」


「えっ……」


 褒め言葉なのだから別に恥ずかしがることでもないはずなのに、思わず顔を赤らめたアレクをロナルドは面白そうに見つめる。


「マーリナスのことが好きかい?」


 やわらかな視線を向けてそう問いかけたロナルドに、アレクは息が止まるかと思った。


 きっとロナルドは変な意味でたずねたわけではないのだろう。そうわかっているのに、変に意識してしまう。


「も……もちろんです。バレリアの呪いにかかった僕をそばにおいて、生活の面倒まで見てくれているんです。僕にとっては恩人ですから」


「なるほど。恩人……ね」


 含みのある表情で小さく笑い、ロナルドはポンポンとアレクのあたまに手を置いた。


「それはよかった。これからも仲良くやってくれ」


「はい……」


 なんだか気持ちを見透かされているような、そんなロナルドの笑顔に頬を染めてアレクは小さくうなずく。


「それで早速だが、仕事が欲しいんだって?」


 リビングのソファに腰をおろしたロナルドはひざの上で両手を組み合わせると、そう口を開いた。


 アレクも向かいのソファに腰をおろし、首を縦に振る。


「はい。なにか僕にできることがあれば」


「それはきみの能力次第だね。今日はそれを確かめにきたんだ」


 ロナルドはカバンから数枚の紙と万年筆を取り出すとテーブルに並べた。


「これは?」


「簡単なテストだと思ってくれればいい。これをもとにきみにどんな仕事が適しているか判断したいと思ってね」


 実のところ、ロナルドが用意したテストはいうほど簡単なものではなかった。


 マーリナスからアレクが仕事を求めていると話を聞いた時、これはいい機会だと思ったロナルドはアレクの学力をはかるため、貴族が学ぶはずの基礎的なものから応用問題。加えてその範ちゅうを超えた専門的かつ高度な難問まで、じつに多岐に渡って問題用紙を作り上げた。


 あまりにも熱中しすぎて訪問するのが少し遅くなってしまったが。


「時間をはかる。制限時間内に解ける問題だけ解答してくれ。ああ、まったく書けなくても問題はないよ。警備隊は上から降りてくる雑務の溜まり場だ。それなりに仕事はあるからね」


 そう苦笑したロナルドは腕時計に視線を落とす。


「制限時間内は一枚につき三十分だ。準備はいいかい?」


 並べられた紙は四枚。その紙を束ねて手元に置いたアレクは万年筆を手にした。


「はい」


「では、始め」


 ロナルドが号令を発すると、アレクはすぐさま問題に取りかかった。

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