第10話 術者の価値

「マジックシールドの効果があることは僕も知っていたんです。だけど魔道具マジックアイテムは高価なものですし、あなたがマジックシールドを使えるかどうかもわからなかった。こうして顔を合わせることができて、本当に嬉しい」


「それなら質問すればよかっただろう。マジックシールドを使うことはできる。そうすればもっと早くきみの顔を見ることができたし、きみも気を遣わなくて済んだのだぞ」


 眉をしかめたマーリナスに、アレクは申し訳なさそうに肩をすくめて小さく笑う。


「そうですね。でもここに置かせてもらっているだけで十分気持ちはラクです。誰とも会わずに済みますから」


「一生部屋に閉じこもるつもりか」


「もう誰も殺したくないんですよ」


 小さな声で悲しげに瞳を伏せたアレクに、マーリナスは亡くなった少年を思い出した。


「あの少年のことは残念だった。あのような悲劇を繰り返さないためにも、一刻も早くその呪いを解かなければならないだろう。まだ術者の名前を教えるつもりはないか」


 バロンはアレクに利用価値を見いだしていたし、やすやすと他人にアレクの情報を売りはしないだろうが、いつまたバロンのような人間が現れるかわからない。


 それが権力を持つ人間であれば、再び紛争に発展しないとも限らないのだ。そうなる前に術者を見つけだし処罰しなくてはならない。


 そんなマーリナスの焦りは時間が経つほど大きくなる。


 だが、アレクは前回同様その問いかけに押し黙った。


 前回その質問に答えなかったのは、なぜ知りたいのか理由がわからなかったからだ。


 バレリアの呪いは誰にでも使えるものではない。バロンのようにこの呪いに利用価値を見いだす人間ならば、術者を探し出して利用するだろう。


 実際バロンの屋敷にいた時、アレクは何度もバロンにたずねられた。あの時はかたくなに拒み続けたが、いまアレクは迷っていた。


 マーリナスは「呪いを解くため」といった。信じてもいいのだろうか。


 そんな一抹の不安がアレクの胸をよぎる。


「呪いを利用したりしませんか」


「そうか、きみはそれを心配していたのだな。わたしはバロンとは違う。そのようなことは決してしないと誓う。だが信じるかどうかはきみ次第だろう。きみがわたしを信頼に値する人間だと判断した時は、きみから話して欲しい。わたしはその時を待っている」


 群青色の瞳がまっすぐにアレクをとらえている。真摯しんしな言葉に医療棟で見たのと同じ顔つき。この言葉はきっと嘘ではないのだろうとアレクは思う。


「はい」


 胸をよぎった不安が霧散していくのを感じながら、アレクは笑顔を浮かべた。


 だけどいまはまだ、あの恐ろしい名前は自分の中だけに閉じ込めておこう。


 口にだしてしまえば誰かを傷つけてしまいそうで、恐ろしくて仕方がないのだ……


 アレクの笑顔を見たマーリナスは小さな笑みを浮かべてうなずき、部屋をあとにしようとした。だがふと思いだしたように、ドアにかけた手を止めてアレクを振り返る。


「そうそう。近々わたしの部下がきみに会いにくる。ロナルドという男だ。わたしの馴染みで話し相手になってくれる。気さくないい男だ。そいつも魔道具マジックアイテムを身につけているから心配はいらない」


「そうですか。わかりました。お気遣いありがとうございます」


 部下といえば嫌がるかと思ったが、アレクは殊勝にもそういってあたまを下げた。


 おそらくそれが職務上のものでなく、アレクへの気遣いだと理解したのだろう。


 まったく歳のわりにできた子供だ。わがまま貴族の御曹司というわけでもなさそうだな。


 そんなことを感じながら、マーリナスが再び部屋をあとにしようとした時だった。


 ガタッ……


 マーリナスの後方で、なにかが崩れるような音がした。反射的に振り返るとアレクが顔面蒼白でひざを折り、かろうじて近くにあったテーブルにもたれてかかっている。


「どうした!」


 あわてて駆け寄ったマーリナスに、アレクは冷や汗をかきながら唇を噛みしめた。


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る