2―4「文豪戦の結末」
「結果を発表します! 審査員得票数7対0で勝者は『文豪』ぉおおおお‼」
両者ともに中編小説でのぶつかり合いとなった文豪戦は、両方の圧勝で防衛成功となった。
中島は力尽きたように座布団で正座したまま、眩しく光る天井の明かりを見上げている。汗まみれになった髪は額に張り付き、シャツは酷く乱れている。
制限時間のぎりぎりまで、執筆と推敲に全力を出し切った中島の姿に、会場からはたくさんの拍手と歓声が送られていた。
対する両方は、開始から五時間半で全行程を終了していた。その後、学院長に許可をもらい、締め切り間近だった別の原稿に取り掛かっていた。
現在、二人は壇上前にて握手をしていた。両方は中島に笑顔で何やら声を掛けていた。たまらず我慢を超えた中島は、その場で男泣きする。泣き崩れる中年男を慰める少女の構図は、意外と様になって見えた。それも七日間の真剣勝負があったからこそ生まれたドラマなのかもしれない、と多くの生徒たちに様々な影響を与える一日となった。
☆
授賞式まで十分ほど時間があったので、騰波ノと難波はトイレに行くことにした。
「すごかったですね、騰波ノくん。……騰波ノくん?」
「あ、あぁ。うん、二人ともすごかったよね」
心ここにあらず、といった騰波ノを心配そうに見る難波。そのままトイレに到着し、互いに女子トイレに入ろうとした。
「ちょ、ちょちょっと、騰波ノくん。こっちは女子トイレです!」顔を赤らめた難波がいう。
「あ、あっ、ごめん! 全然気がつかなかった。じゃ、またあとで」
慌てた様子で男子トイレに入っていく騰波ノをみて、難波は首を少しかしげた。
騰波ノは洋式の便器に座って、杉田のことを考えていた。彼がいった言葉の節々に、何か引っ掛かることがあったような気がするのだが、それが何なのかわからないままだった。
これ以上難波を待たせてはいけないと思い、便器から立ち上がった。
トイレから戻ると、授賞式が始まった。さっそく防衛に成功した両方が、学院長から万年筆と金一封を授与されている。
騰波ノはその光景を、肘掛けにもたれかかるように頬杖をつき、ボーっと眺めていた。ふと、会場内の隅にいる女生徒の姿が目に入った。その正体は、すぐにわかった。あの
そして空緒の隣には、男生徒がいる。騰波ノが目を凝らし、よく見ると彼は両方姫のセコンドにいた若い男だった。
何やら二人は幾つかの言葉を交わし、男が先にその場を離れ去っていった。空緒は軽く頭を下げていた。
騰波ノは少し不思議に思った。気づけば空緒とはあの一件以来、一度も喋っていない。空緒は騰波ノの知る限り、友人らしき者もみたことがない。ましてやクラス内で彼女が誰かと会話している所など、一度たりとも見たことなかったのだ。
「まあ、どうでもいいや……」騰波ノは極めて楽観的思考に徹しようとした。
だが一度考えてしまうと、あの『文豪』のセコンドである男と空緒の繋がりが気になって仕方がない。かといって全く関係性も見えてこず、変に気になったまま悶々としていた。その時だった。
『キャァアアアアア‼』
観客席の方で誰かが悲鳴をあげた。
誰もがその声を辿っていった先にいる、一人の黒ずくめの者を捉えた。黒ずくめの者は、フードを深くまで被っている。さらに刃渡り二十センチばかりの鋭利な包丁を光らせ、壇上向けてに迷いなく走っていく。
一瞬にして会場は、時が止まったかのように静まり返る。黒ずくめの者は、壇上にいる両方までじわじわと詰め寄りはじめた。
「スウゥ……スッゥウ……スゥウ……スッゥ」
両方を守ろうと動き出しかけた者たちに対し、さっと包丁を手前で何度か揺らして威嚇する。誰もが動きを止めた。
両方の顔はみるみるうちに青ざめていき、貰った万年筆を床に落とした。
「なに……誰……?」
両方は震える声で尋ねる。
「……スゥウ……いだ……スウゥ……せいだ……お前のせいで俺はっ……俺はお前のせいで退学になったんだっ!」黒ずくめの者は叫ぶ。声帯から男だとわかる。
「スゥッウ……お前は、俺の作品を……盗作した……スゥウ……お前は俺の作品をパクったんだよっつ‼」
「何のこと……」
「と、とぼけるなっ! 思い返せば一年の時からお前の作品は、俺の作品と似ていると思っていたんだ! ゥウ……そうしてお前はプロになって……スゥウ……文豪になった。全部、俺の発表した作品の断片を拾い繋げてな……スゥウ……お前がしたことは、とても、とても許されない行為だ……」
「意味が分からない! 第一私が」
「噓つくなっつ‼」
「ひぃっ⁉」
黒ずくめの男は、激しく唾を撒き散らすように叫ぶ。フードの奥から覗く赤くギラついた目と包丁を以て両方を牽制し、じりじりとすり足気味に距離を縮めていく。
「殺してやる……ゥウ……殺してやる……スッゥウ……コロシテヤル、コロス。コロシテ、コロシテヤルッ‼」
「やめて……こっちに……来ないで……お願い……」
怯えきった両方は無意識に後ずさり、途中で足がすくんでしまい床に尻をついた。瞬間――黒ずくめの男が包丁を突き出しながら駆け出した――のと同時だった。
「とうーっ!」
近くにいた真っ赤なスーツ姿の学院長が、地を蹴って空を跳躍し、黒ずくめの男に飛び蹴りをかました。
「ぐへっ!? ■×っ〇☆!」
黒ずくめの者は吹っ飛ばされた。包丁も手から滑り落ちた。フードがとれ、二十代後半らしき男性の顔が現れた。やせこけた頬に無精髭。口元がたるみ、涎が垂れている。ぼさぼさに脂ぎった髪は肩辺りまで縮れ、ぎらついた赤目は如何にも常軌を逸しているようにみえた。
学院長は少しだけ乱れたオールバックを、何度も手櫛で手直ししていた。
「駄目じゃないか君。そんな物騒な物持ち出したりなんかして。おや、君はもしかして二ヶ月前に退学処分になった何とか君だったかね。これはこれは、随分とみすぼらしくなって……まあそんなことはいい。それより君」
学院長は倒れ込んだ男の首元を握りしめ、至近距離まで顔を近づけた。
「うちの大事な姫になんてことしてくれたんだい――?」学院長はにっこりと笑っていた。
「ひいっ」
怯えきった男をみた学院長は、大袈裟にため息をついた。
「ほんとに残念だねぇ。君さ、どうして私が失望しているか理解できるかい」
「……こ、コロ、ソウ、とした、から、で」男は怯えきっていた。
「違うよお、君。殺すのは結構だ――好きにしたまえ。でもねえ君、曲がりなりにも物書きの端くれだったのなら、ねぇ、わかるよねえ?」
「ひっ」
底の見えない褐色の瞳に飲み込まれそうになった男は、失神寸前だった。
「だ~か~ら~さ」学院長は男の首をぐらぐらと揺すった。
「言葉で殺しなさいよ。もっというと小説で殺さなきゃ、ねぇ。もし仮にだ、君が小説を書いてそれを100人が読んで100人が死んでも君は人殺しにはならないさ。本当に、本当にそれだけのことをやってのける実力があるなら私は君を大いに歓迎するよ。何だったら今の七豪階級に無理やり一つ『殺屋』の栄誉称号を加えてやってもいい。それだけの事を君はできるかい、ええどうなんだ? どうなのよ? 君!? ねぇ、答えなさいよ君! 答えなさいってば!」
「…………」
男は泡を吹いて失神していた。
「つまらない男だねえ」
学院長は男を床に投げ捨て、手をはたきながら会場を優雅に去っていった。すぐに警備員が駆けつけ、男を即座に拘束し回収していく。
凍りついていた会場内は、学院長に大歓声をあげるように騒がしくなった。
両方の元には、多くの人が駆け寄っていく。騰波ノを含めた多勢の生徒は、呆気にとられたようにその光景を見ていることしか出来なかった。
こうして、大型連休最終日は幕を閉じた。
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