5―7「最下位」
時は少し遡り、春の文豪戦中央ホールにて。
空緒は懐かしい人影を見つけたので声をかけた。
「ご無沙汰しております。館山さん」
声をかけてきた者を睨みつけるような鋭い目つきで、館山は振り返った。それに臆す様子もなく、空緒は軽く頭を下げる。
「空緒です」
「まさか本当に入学していたとはな」
「小説家として勉強するには、ここしかないと思いました」
「そうか」
大いに盛り上がった文豪戦が終了したせいか、会場の喧騒は館山の低い声を聞き取り辛くさせた。
「文豪戦見てました。まさか館山さんがあの両方先輩のサポートをしているなんて驚きました」
「大したことじゃない。俺みたいに……」
館山の消え入りそうな声は空緒の耳まで上手く届かない。
「すいません……少し聞き取りづらくて」
「時期にわかる。一つ聞くが」
少しだけ館山は声のボリュームをあげた。
「お前、この学院を卒業する気か?」
どういう意味か、発言の意図が掴めない空緒は怪訝そうに館山を見る。
「はい、当然です。それが何か?」
「共感覚って知ってるか?」
「共感覚……聞いたことはあります。極稀に数字に色が見えたりする」
「そうだ。一つ、同期のよしみとして助言をしておく。真に受けるも受けないもお前の好きにすればいい」
「はい」
館山が何を言うつもりなのか全く読めず、空緒は身構えるように肩に力を入れた。
「この学院を卒業したければ共感覚を身につけろ。もしくは身近に共感覚を持つ奴がいれば目を光らせておけ」
「は……ちょっと待ってください。どういう意味ですか?」
「
「すみません。さっきから言っている意味がわかりません」
「時期にわかる」と言い残した館山は両方がいる方に踵を返す。
「あの、館山さん!」
館山は立ち止まり、面倒そうに振り返った。
「なんだ」
「私も両方先輩みたいな文豪になれますか?」
館山は驚いた様子で鋭い目を見開いた。
「それは……つまり」
一度視線を落としたあと、空緒を睨みつけた。
「両方姫に勝つ、ということか?」
「今日の先輩は調子が良かったのですか?」
「最近のあいつは締め切りに追われていてコンディションは悪い。集中力が散漫になって思考がもたついた。だから後半に力を入れる形になった」
「私に、勝てるでしょうか?」
「さあな。空緒、必修試験の調子はどうだ?」
きまりが悪い様子を見せた空緒は首を横に振る。
「少し大袈裟な表現かもしれないが、お前と同じ新人賞を獲った俺が地上の蟻だとすると、あいつはきっと宇宙に浮かぶどこかの惑星だ」
手を軽くあげて今度こそ館山は去っていく。空緒は握りこぶしを作って頭を軽く下げていた。
☆
じりじりと火で炙るような日照りが続く。
ついに前期必修試験最終日が過ぎた七月三十日午後一時。
うんざりとした外の暑さに対し、教室内はエアコンが効き過ぎていた。
「では前期必修試験の結果を発表する」
衣嶋の緊張感を帯びた声とは裏腹に、教室に集められた殆どの生徒たちは何処か余裕を感じる。
それもそうだった。今からPV数に応じた初めての報酬という名の金が懐に入るのだ。さらに夏休み期間に入り束の間のバカンスを迎える。
「第一位・朱雀成希【――」
成績者上位から順に最終発表が行われ、着々と教室内に安堵の声が広がっていく。
順調に発表が進み最下位間際、残り二ペアとなった頃合いを境に、教室内が酷く静かになった。一応、彼ら彼女たちにも良心というものがあったのか、それとは別に罪悪感があったのかは分からない。
そんな彼ら彼女ら三十六名全員が流行要素を露骨に抑えすぎた作品だったというのは言うまでもないだろう。
その作品たちが面白いか面白くないかは、関係ない。彼らの言い分は完璧だった。
――小説は面白い作品が読まれる訳じゃない。読まれた作品が面白いんだ。俺たち私たちは何も間違っていない。
「では、最下位の一組を発表する」
残る四人にチラチラと視線をよこしつつ、皆が一同衣嶋を見た。結果は誰もが分かっていたが、やはりこの瞬間だけは一同、固唾をのんで見守った。
その時だった。
衣嶋が発表するよりも早く、一人の生徒が椅子を強く引いた。
「はい!」と元気一杯に右手をあげながら、生徒は立ち上がる。
このとき立ち上がった生徒の雰囲気が、まるで以前と違っていることに、初めてクラスメイトたちは気づいた。
顔立ちの整った、中性的で凛々しい表情だった。
「私が最下位ペアの退学処分を受けます!」
まるでそうなることを本人が望んでいるかのような快活な声音だった。
誰もがその瞬間だけは目を奪われていた。
何かの憑き物が落ちたような、晴れやかな笑顔に――。
「これにて、前期必修試験を終了とする」
最下位・
退学者:七期生・一年一組 騰波ノ鳴
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