ヒジにすりきずできたとき用に遺書でも書いとけ

ちびまるフォイ

あらゆる人間的な悩みから解放される町

ここは無菌シティ。

あらゆるケガや病気と無縁のステキな町です。


「無菌シティ、始めてきたけどいいとこだなぁ。どこも安全だし!」


おや。新しい住人が来たみたいです。

あらゆる安全に配慮されたこの町をすごく気に入っているようですね。


人間の思考はすべて読まれて人に危害を加えることはできません。

すべての交通機関は自動制御されて事故が起きる心配もありません。


あらゆる建築物は壊れないように作られているし、

尖ってたり鋭かったり危ないものはすべて排除されています。


今日も無菌シティには除菌ルンバがお掃除中です。


「そうだ、住民票を出さなくっちゃ」


おやおや、新しい街に来たのに住民票を忘れていたようですね。

あわてて無菌シティの市役所に向かっています。


「無菌シティ市役所になにかごようですか?」


「前の町から住民票を移したいと思ってるんです」


「ひえ!? か、紙!?」


市役所の職員は差し出された凶器・紙にふるえてしまいました。

その四方はするどく、人の指を切るのに最適な形状をしています。

無菌シティではケガの根絶のためにすべてデジタル化されているのです。


「そ、それを早くしまってください!! 警察呼びますよ!?」


「でも住民票が……」


「住民票の移動はそこの備え付けのパソコンを使ってください!」


「はぁ……」


新しい住民はしぶしぶパソコンで入力し直すことにしました。

どんなときでもケガがないのが一番ですからね。


「入力終わりましたよ」

「ああ、結構です。ありがとうございます。移動完了ですよ」

「よかった」


悩みのタネであった住民票を解決できてほっと安心ですね。

市役所を出ようとしたとき、おっと、入ってくる人とぶつかりそうです。


でもそこは無菌シティなので安全。

人間が一定距離以上に近づいても反発し合う磁石のように……あれれ?


「いってぇ!!」


「なにやってるんですか!? 無菌シティの姿勢制御装置をつけてないんですか!?」


「まだ町へ来たばかりで……」


「あ……ああ……あああああーーーーー!!!」


「どうしたんですか!?」


「血っ!! 血がぁぁ!!! あなたのヒジから血がァーーーーッ!!」


市役所の職員はその場で気絶してしまいました。

姿勢制御装置なので床に倒れることなく、たったまま白目むいています。怖いですね。


救急隊が出動するのはもう30年ぶりです。

ヒジに2ミリ程度のケガをしたことでドクターヘリが市役所にやってきました。


「急患は!? 急患はどこですか!!」


「あの……この程度なら平気ですよ」


「平気なわけないでしょう!? はやく病院へ!!」


病院へと担ぎ込まれてすぐに集中治療室へと通されました。

患部をみただけで医者はもうひたいに汗びっしょりです。


「これは……もうだめだ……」


そのまま処置をせずに集中治療室のドアは開放されました。

不安なのは医者よりもむしろ患者さんでしょう。


「先生。正直にいってください。俺は……どうなるんですか」


「ぶっちゃけ、助からないでしょう」


「ヒジのケガですよ!? これだけで!?」


「あなたここをどこだと思ってるんですか!!」


「科学と人間文明が最高に発展している無菌シティでしょう!?

 こんな程度のケガくらいすぐじゃないですか」


「あなたは何もわかってない!!」


医者は患者さんをひっぱたこうとしましたが、当然ながら人にけがを負わせるようなことは制御されてできません。


「無菌シティではあらゆる菌やウイルスが除去されています。

 ケガも根絶されて、事故も起きないほどに超安全です」


「それは知っていますよ。だからここに来たんです」


「この環境に人間のからだが慣れてしまって、

 もはやちょっとのケガにも耐性ができなくなってるんです!!」


「はぁぁ!?」


そういえば、ヒジのケガはいつまでたっても出血が止まりません。


普通ならバイ菌が入らないようにかさぶたができたりるすものですが、

無菌という温室環境になれたこの体ではかさぶたの必要もなくなってしまったのです。


なんという皮肉でしょう。


人間の食生活が充実したことでメタボのような生活習慣病になるように、

ケガをなくしたことで病気や突発的な傷への免疫力も失われてしまったのです。


「それじゃ俺はこのまま死ぬしか無いんですか!?」


「いえ、方法がひとつだけあります……。

 しかしあなたの体は消毒液ですら致命傷になるほどのよわよわ耐性。

 これに耐えられるのかどうか……」


「薬でもなんでもいいんで、いいからそれをやってください!」


「しかし、これをしてしまうとあなたの体の内部から変わる危険があります。

 それに成功率だって高くないんですよ」


「このまま死ぬか、挑戦して死ぬかの違いでしょう!?

 どうせもう選択肢なんてないんです! はやくやってください!」


「……わかりました。一度やってしまえば戻れませんよ」


お医者さんは薬品棚から薬のビンを持ってきました。

匂いをかぐと男の人は意識をうしなってベッドに倒れてしまいました。



それから数時間後のこと、男の人は目を覚ますと自分の体が軽いことに気づきました。


「先生、俺は……」


「おめでとうございます。手術は成功しましたよ」


男の人はケガをした自分のヒジを見てみました。

なんとそこにはケガの跡ひとつ残っていなかったのです。


「先生、ありがとうございます!!」


「いえいえ。これからはケガや病気の心配なく過ごせますよ」


「本当ですか!?」

「本当ですとも」


「先生が治療のときにケガや病気の抗体やワクチンを入れてくれたんですね!」


「へっ?」

「違うんですか?」


「抗体やワクチンに耐えられるわけないでしょう

 もともと、あなたの体は無菌シティに染まったよわよわ耐性なんですから」


「それじゃいったいなにを……」


男の人は立ち上がろうとしましたが、お医者さんは慌てて止めに入りました。




「動かないでください! まだ背中の人工皮膚がくっついてないんですから!」


男の人の体にはたくさんの歯車が動いていました。

これでもうケガも病気も心配することは有りませんね。


めでたしめでたし。

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