第23話緊急ミッション! 登の部屋に行け!

 無事に俺は雪里たちと合流し、俺と雪里、御影と朱音が並び、祭りの出店を見て回る。


 朱音が射的にムキになり、それを微笑み見守る御影。

 ああ、上手くいってるんだなと思うと、とても嬉しかった。


 そんな彼らを見ていると、わざとらしいぐらいにクルンと俺に向き直り雪里が言った。

「ねぇ、そういえばおススメの幼馴染の本貸してくれるんだよねー?」

「おー、今度、学校に持ってくるよ」


 既にある程度、コレが良いかなと思う小説を選んであった。

 幼馴染物でとてもストーリーが深い話。

 ところが、次の雪里の言葉は俺にとってあまりに唐突で突然だった。


「ううん、今日貸して?」

「今日?」

「うん、今日」

 なんですとー!?

 純粋な目で俺を見てくる。


 当然、俺が手ぶらなのは見たら分かるはずだ。

 つまり……。

「え? 部屋に取りに来るってこと?」

「うん」

 コクンと頷く雪里。

 うんって、おい、可愛いな。


 ひたいを押さえる。

「……流石にこの時間に男の部屋はマズイと思うぞ?」

 うお! 見るからにしゅんとされた!?


「いいんじゃない? ついでに美鈴送ってくれるでしょ?」

 朱音が助け船のごとく横から口を出す。

 射的もう諦めたか。

 あ、御影が代わりにやってる。


「上手いな」

「え?」

 朱音が振り返ると、丁度、御影は店主からネコのぬいぐるみを受け取っていた。

「はい」

 ポンっと御影が朱音にぬいぐるみを渡す。

 朱音はほんのり顔を赤くする。

「あ、有難う……」


 やるなぁ、と俺が感心していると、その俺にせがむように雪里が見てくる。

「良いなぁ〜」


 自分もネコのぬいぐるみが欲しいから取ってくれないかなぁ〜という訴えであろう。

 しかし、お祭りの射的はそう簡単に景品は取れない。ネコのぬいぐるみを取った御影がすごいのだ。


 み、見るなぁー!?

 顔を逸らすがジーっと雪里に見られる。

 しばし顔をらしていたがクスクスと笑われた。

「ぬいぐるみは要らないから本貸してくれる?」

 ニンマリと笑顔で雪里は俺を真っ直ぐに見つめる。


 あざといというか分かってんのかな?

 俺がまだお前のことを忘れることが出来ないんだって。


 ……分かっている、わけないか。

 鈍くてコロコロと表情の変わるお前が好きだよ。

 それを押し殺し、ため息のように苦笑い。


 これは勝てんな。

 俺はお手上げとばかりに肩をすくめる。

 それに合わせて、雪里はガッツポーズ。


「じゃあ、美鈴宜しくね〜」

 そのまま朱音と御影と別れて、俺は美鈴と一緒に歩く。

「そういえば、夜にこうして一緒に居るのは初めてだね〜」

 それはそうだろう。

 俺たちは今もこれまでも……ただの友達なのだから。

 俺は何と言っていいか分からずに、また肩をすくめる。


 祭りに賑やかさから離れると反対に街はとても静かに感じる。

 車の通りも居酒屋なども普通に開いていてサラリーマンもすれ違うけれど、騒いだりしている人はいない。


「本、明日持って行ってやるのに。わざわざ寄らなくても良いんだぞ?」

「ううん、今日貸して欲しい。ダメかな?」

 ダメなら諦める。

 少し沈んだ顔で小さくそう言われた。


 しょうがないな、と俺は笑う。

「ダメじゃない。雪里が面倒でなければ構わないよ」

 例えどれほど胸の痛みがあろうとも。

 一緒にいれることを幸せと思ってしまうから。


 ため息をつきながら空を見上げる。

 雪里も同じように空を見て。

「月が、綺麗だね」

 そうして見上げた月は本当に綺麗だった。

「そう、だな」

 少しでもこの時間が続けば良いと思うのは、きっと贅沢なのだろう。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「ダメじゃない。面倒でなければ構わないから」

 登から部屋行きの了解をもらう。

 シャー! うっしゃー!

 部屋行きゲットー!!

 毎日一回は心の中で気合いの叫びを上げる私。

 かなり大胆に攻めている。

 考えるな、考えたら……躊躇ちゅうちょしたら負けだ。


 彼のあの部屋に行ったのは、あの日以来一度もない。

 あの時間は私にとってかけがえのない想い出と共に、苦しい過去でもあった。


 あのとき私は彼の幼馴染でも無ければ、彼の彼女でもないどころか、別の人の彼女だった。

 思い出すだけで胸が! というか胃が痛い!


 おい! あの時の私、ちょっとそこ代われ!!


 下を向いていると涙がこぼれそうだったので上を向く。

 そうだ、人は辛い時ほど上を向いて歩くべきなのだ!

 丁度、視界に入った月はとても綺麗だった。

「月が、綺麗だね」

 私は無意識のままにそう言ってしまった。

 

 …………。

 ぎぃやあああああ!!!!

 これもうアレよ!

 例のアレですよ! 奥さん!

 とある大先生の翻訳ほんやくした、月が綺麗ですね=I love youを言ってしまったのですよ!


 やばい! ヤバイ!

 コレって告白したも同然じゃないかね!?


 これ、告白にもバッチグーなタイミングですが、同時に振られるにもバッチグーなタイミングでもあるわけですよ!


 どうしよう!

 どうにも出来ない!


「そう、だな」

 なんでもないその一言。

 彼の静かなその一言は、荒れ狂う私の心を一瞬で大人しくさせた。

 彼は告白と捉えなかったようだ。


 そうだね。


 にじむ視界を気づかれなければいい、同時にこの時間が少しでも長く続いて欲しい。

 他の誰かでもない、彼の隣に居るのが自分であるこの時間が。




 そうして私たちは話をしながら登の部屋に到着。

 このとき何を話したかはあまり覚えていない。なんの変哲も無い、なんでもない話だったと思う。


「他のも借りちゃダメ?」

 少しだけ部屋に上がらせてもらう。

 これについては策略的な意味などなかった。

 本当の本当に、せっかくなのでほかにも面白そうな本も借りたかっただけだ。


 今更だが、私は本が大好きだ。

 学校でもよく本を読んでいて、高校1年で文学少女の地位を確立した、と朱音に聞いたことがある。


 実際にはオタク趣味全開のライトノベル、恋愛物、BL……おっとっと。

 とにかく、どんな本があるか楽しみだった。


 繰り返すが、本当にただそれだけだったのだ。

 刑事さん信じて下さい!

 男の1人暮らしの部屋に入るなんて、この破廉恥娘が!! そう怒られても仕方ないが、全く意識せずに部屋にあげてもらったのだ。


 思い返すと彼はやけに落ち着きがなかった。

 私は、何かあったのかな、と少しだけ疑問に思っただけだった。


 だが自分が引き起こした事態は、彼の部屋に上がった瞬間に嫌が応にも気付かされることになった。


 当たり前のことだが部屋の中は登の匂いで一杯なのだ!

 もうこのまま彼のベッドに飛び込んで、グーっと眠りにつきたいほどだ!


 なんだコレ! パラダイスか!

 理想郷ニライカナイはこんな街の中にあったのだ!

 ボフっと彼のベッドに飛び込むのは、鉄人の意思で我慢する。


 雪里美鈴、なんて奴だ!

 こんな強靭な意思で自らを自制できるとは!

 ……なんて自分で自分を褒める。


 おもむろに彼の枕を持ち上げる。

「エロ本なんかないぞ?」

 おっと、そんなことはカケラも考えていなかった。

 ただ、ストーカーネタの本で枕を持ち帰るストーカーの気持ちが良く分かっただけだ。

 この部屋に存在する変態は私だった。


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