第11話後輩恋の助太刀②
谷田の後輩と会う日は意外と早く来た。
日曜日の昼間に連絡があって谷田のマンションに直接向かう。
6階建ての大きめマンションで、駅からも10分程度でそれなりに近い。
オートロックもあってセキュリティもしっかりしてある。
外から呼び掛けると、女性の声で応対。
あー、例の娘なのか?
扉が開いて教えてもらった部屋へと到達し呼び鈴を鳴らすと、また下で聞いた女性の声。
扉が開いて出迎えしてくれたのは予想通り例の後輩の娘、藤崎。
肩までの髪に少し幼げな顔立ちの可愛い娘。1年でも有名というのも分かるな。
「ようこそ〜」
さながら旦那の友人を出迎える新妻である。
もはやどうこう言う段階では全くない。
「どうも友人の倉橋です。お邪魔しま〜す。これ、お土産」
コンビニで買ったキノコの山とタケノコの里のお大袋版。
広めのワンルームの中央で、谷田が本を片手にもう一方の手を挙げる。
「意外と綺麗にしてるな?」
ベッドに丸机に本棚と雑貨棚には小物がバランス良く並んでいる。
そう言うと、谷田は目を逸らす。
「先輩はいっつも散らかすんで、掃除が大変なんですよ〜」
キッチンでコーヒーをかちゃかちゃセットしながら、彼女は言う。
先輩を『ウチの旦那』に変換してもまるで違和感のないやり取りがすでにどうにもならない。
「へ〜」
谷田にニヤリと笑って見せる。
第1に本棚をチェックしてしまうのは習性だ。
文芸部だからとは言わないが結構色々あるな。
「良さげなのあったら貸すぞ?」
「そいつは有り難い」
谷田とはこうやって本の話をよくする仲だ。
「どうぞ」
藤崎がコーヒーを出してくれる。
「悪いね?」
「いえいえ」
ニッコリ笑って、自分はそのまま谷田に隣に座る。
俺のは定番の白いのコーヒーカップ。
谷田と藤崎はお揃いのシマのマグカップだ。
どう見ても狙っているよなぁ。
内心苦笑い。
「藤崎ちゃんもこのマンションに住んでるのか?」
ちょっと驚いた顔をする2人。
「どうして分かったんですか?」
俺は笑いながら軽く手を振る。
「ああ、いや、大した理由じゃない。オートロック開けるの慣れてそうなのと、谷田の部屋に入り浸るなら、遠いとお互い大変だろうと思ってな」
幾ら何でも谷田もこういう昼間ならともかく、夜も来てもらって送らないということもないだろう。
付き合ってもいない男女が同じ部屋で半同棲状態は普通のことではないけれど。
「同じフロア?」
「2件隣です。すぐ隣ならなおのこと良かったのですが」
藤崎が谷田に視線を向けると、谷田は居心地の悪そうな顔をする。
それでも2人が並んでおる様子は、違和感など感じさせないものだった。
だったら谷田の本当の願いは。
俺は砂糖を一袋入れたコーヒーを一口。
糖分、糖分、と。
「そっか……。藤崎ちゃん。悪いんだけど、ちょっと2人で話させてもらっていいかな?
後で呼びに行くから」
ニッコリと笑いながら、彼女に言った。
「すまない、藤崎」
谷田も俺に合わせてくれる。
「え? あ、はい。
……じゃあ、先輩。また後で」
戸惑いつつも彼女は立ち上がり、少し寂しそうに部屋を出た。
ゆっくりと扉が閉まると、俺は谷田に振り返る。
「大体、答え出てるんじゃないのか?」
これだけで俺が言いたいことが分かったのだろう。
谷田はすぐ答える。
「……ああ。だが、本当に俺でいいのか分からない」
こいつはこいつで真面目に考えているのだろう。
俺はまたコーヒーを一口。
「その答えは2人で出して行くしかないと俺は思うよ。
だから迷うな。
谷田が良いからあの
悪意やからかいを持って、男の部屋に入り浸ったりする娘じゃないだろ?」
「ああ」
谷田は即答する。
谷田自身が1番あの娘のことを分かっているはずだ。
「なんでまた俺に相談したんだ?」
わざわざ相談しなくても答えは出てただろうに。
「御影が倉橋に背中を押してもらったって。そう言ってたからな。後、相談しても馬鹿にしたりしそうになかったから、だな」
要は信用してくれて、だ。
「そりゃあ、光栄だ」
俺は笑った。
それはもちろん心の底から嬉しいさ。
そういう自分でありたいから。
「さて、あっという間だったが俺の役目は終了だな。お? この本借りてくぞ?」
話題のラブコメ物を借りて行く。
立ち上がりながら谷田を見て。
「頑張れよ?」
「……ああ」
恋は成就したら終わりではない。
ここから始まるだけなんだ。
谷田の部屋を出て2つ隣へ。
谷田の部屋は角部屋なので2つ隣は1つだけ。
呼び鈴を押す。
「はい」
藤崎の声。
「お邪魔様。
……後、谷田のこと宜しくな。話聞いてやってくれよな」
「話、ですか?」
「そ、君らの今後のお話。真剣なお付き合いのね」
ブッツとインターホンが切れ、どだだだと中から音がして上がった息で藤崎が出て来た。
俺はニッと笑って。
「早く行ってあげて?」
と谷田の部屋を指差す。
「はい!」
満面の笑みを見せて、そのまま谷田の部屋へ突っ込んでいった。
恋はここからが大変なのだ。
それでもようやく始まるのだろう。
「良いもんだねぇ、恋ってのは」
例え俺の恋にそのスタートが訪れることが無くても。
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