お父さんと僕
つんたん
第1話
僕のお父さんは変わっている。毎日、家にいて、家の事ばかりしている。朝、起きるとすぐ朝ごはんを作る前に家庭菜園の野菜の世話をし、実った野菜を取ってくる。家庭菜園は家の庭にあるけれど、庭は僕の家だけの持ち物じゃない。五つ家があって、その家の共同の持ち物だ。家庭菜園も近所の人たちと一緒に持っていて、少しずつなら何も言わなくても取ってきていいことになっている。
僕のうちには車はない。代わりに自転車と馬がある。だから家の隣には車庫じゃなくて馬小屋が建っている。馬はお父さんが可愛がっていて、真っ白な馬。脚が太くて大きい。競走馬とは違う種類で、古い種類だそうだ。
車はお母さんが会社から借りている。お母さんがお勤めに出るときだけ使う。それは一区画向こうの課長さんと共同で使っている。だから移動は自転車か馬だ。僕がお弁当忘れて学校に行ったりするとお父さんが馬に乗って届けてくれる。昔は騎士だったそうだ。歴史の本に載ってたり、御話に出てくる騎士と同じだったらしい。今も時々、中世の再現の騎馬槍試合に出たりするけど、お父さんは小さい。けどすっごく強くて、いつも優勝して帰ってくる。その時もうちの白い馬にのる。馬はリリーという名前がついてる女の子。だけど、すっごく気が強い。おとなしいけれどね。
僕のうちにはおっきい犬もいる。秋田という日本の犬で、お父さんにしか懐かないけど、僕たちがいじめられたりするとすごい声で唸る。犬だけど、騎士みたいだとお父さんは言う。この犬の名前は「助左衛門」というけど、雌で、いつもは「さえちゃん」と呼んでいる。さえちゃんの世話はお父さんと僕がしている。お母さんもすることがある。さえちゃんはあまり世話しないけど、お母さんが大好きで、いつもお母さんのお尻のそばに寝転がっていたりする。時にはお父さんのそばにも行くけど、お父さんは家の仕事が忙しくてあまりソファに座ったりしないから、御尻にくっつけないんだ。さえちゃんはそれが残念みたいだ。
お父さんは会社には行ってない。お父さんの仕事は家の仕事をすることなんだそうだ。家庭菜園の後は朝ごはんを作る。家族で食べて、片づけはお父さんがする。それから僕たちを学校に送る。もちろん、これも馬だ。弟はお母さんが車で連れて行っちゃうけど、お父さんの馬リリーは大きいので三人はゆっくり乗れるけど、危ないからと言って二人乗りだけしかしない。送り迎えの事はこれには訳がある。スクールバスが来る日と来ない日があるんだ、僕たちの街は。来ない日はお父さんの馬で行く。来る日は弟と僕はスクールバスで学校に行く。学校にはお弁当を持っていく日があったりする。帰りは順番で近所の人が迎えに来ることになってるけど、うちはお母さんの仕事の時だけは勘弁してもらってる。だって、馬には五人も乗れないものね。
お弁当がある時、お弁当をつつむのは袋じゃない。お父さんとお母さんが夫婦旅行で買ってきた真四角の布だ。風呂敷といって大小色んなものが僕の家にはある。お父さんが買ってきたものだ。旅行先で何枚も買ったが、すっごく便利な布で、お母さんも愛用しているけど、お父さんに言わせると趣味が悪いらしい。お母さんは大中小の風呂敷三枚をフルに使って買い物したりする。
お母さんの風呂敷は緑色にツタみたいな柄のもので、オーソドックスでトラディショナルな柄なんだそうだけど、ドレッシーなワンピースでもかっこいいパンツスーツでもそれを持ち歩くので、お父さんはダサいと思ってるらしい。一言も言わないけど。
代わりにお父さんの風呂敷はすごくきれいな柄が染めてある。紅型というんだそうだ。緑色のツタ模様の風呂敷で一番大きいのはお父さんの甲冑の小さな物が入ってる箱を包んでいる。そうしたのはお母さんだ。素敵でしょと笑ってるけど、お父さんは少しがっかりしている。鎖帷子と胸当てとかいうものはクローゼットの奥にそのままかけてある。それの埃避けもお母さんの好きな緑色のツタ模様の風呂敷なので、お父さんはやっぱりちょっとがっかりしている。あとサーコートとかいうのにもその風呂敷がかけてある。サーコートとかいうのにはすごくきれいな柄がついてる。刺繍でトラなのかライオンなのかわからない変な動物が三匹、赤いところにあって、なんかのしっぽみたいな御尻みたいなのが青いところにある。歴史の教科書に載ってた気がするけどよくわかんないや。
お父さんは僕たちを学校に送り出すと家の中の掃除をし、洗濯をする。機械が普通の家ではするけれど、うちの機械はお父さんが壊しまくるので、掃除はお父さんがほうき、塵取り、雑巾でする。洗濯は機械がするけど、区別をいつもこまめにしている。洗濯機はあまり壊さないので、助かるとお母さんが言ってる。それがすむとお父さんは買い物に行く。市場やスーパーで肉・魚を買い、近所のパン屋でカンパーニュと言うパンを買う。パスタやお米料理が出ることもあるけど、いつもはスープとパンと肉か魚料理、それに焼き菓子、これが夕ご飯だ。焼き菓子は買い物から帰ってすぐお父さんが手作りする。それを食後のデザートにちょっと温めて出す。
学校が休みの日、台所の椅子に座ってお父さんがレシピを見ていたことがあった。簡単に作れるおかずの本とお菓子の本だ。それで研究しているらしい。
お父さんの贅沢はボルドーのワインを買うことだけど、それは家族の誕生日とクリスマスにだけ許された特別な事だ。高級ワインは買わない。シャトーものの安いので十分とお父さんは笑う。
僕のうちのお父さんは小柄だけど、かっこいいとか奇麗だとかみんな言う。サラサラの髪に青くて深い瞳、整った顔をしているらしいけれど、僕から見れば、機械を壊しまくり、車の運転より馬が好きな変な人だ。
お父さんには秘密がある。ううん、この世界の何人かは遠い昔からやってきた人がいるから秘密でも何でもない。お父さんは有名な人らしいけど、僕はよく知らない。
お父さんの青いマントには白地に赤い十字のブローチ、よく見ると青いリボンで囲われたブローチがついてる。青いリボンには何か書いてあるけど、知らない言葉だ。四月二十三日になるとお父さんはこの青いマントをはおり、左足にベルトをつける。ガーターというらしいけど、僕は知らない。めったに飾らない十字架と像を取り出してお祈りをする。その日は学校はお休みじゃなかったりするから、本当は忘れ物したくない。けど、してしまったら…お父さんが中世の騎士の恰好して風呂敷担いで学校に来てしまう。もちろん馬で。ちぐはぐな恰好だったけど、騎士物語の好きな子たちに大うけだった。風呂敷を除けば。
お父さんはガーター騎士団という古い騎士団の創設メンバーだ。騎士様なのだ。でも普段はずっこけなので、そうは見えない。背中にかついでいた風呂敷はやっぱり紅型と言う染め方をした奇麗なものだった。普通は女性が持つらしいが、お父さんはこれが大好きで、通販で何枚も買った。優れものは防水加工までしてあって、傘代わりにもなった。藍染の防水加工のものは僕のお弁当箱を包むのに使っている。弟のは柄が違う。僕のは青海波という波の模様で、弟のは亀甲模様。東洋の古い柄だと言う。お父さんの風呂敷は黄色がメインでそれに花や鳥や蝶が染められている。それをいつも持ち歩いてスーパーや市場に行き、買い物袋代わりにしている。結び方次第でバッグにもなるので便利だと言う。お父さんはすっごく不器用なのに包み方はたくさん覚えた。お母さんより知ってるくらいだ。
それから一番のことは、お父さんは僕の本当のお父さんじゃない。本当なんだけど、血縁関係とかいうのがない。お母さんは僕と弟を産んだ人だから血縁関係はあるんだって。僕はお父さんになぜか似ているところもある。ちょっとずっこけなところと不器用なところと顔も少し似ている。血縁関係のある僕のお父さんは昔、お母さんと大喧嘩していなくなっちゃったんだって。それから一度もそっちのお父さんとは会ったことがない。会いに来てもいいのに来ないんだって。僕は今のお父さんがいるから別にいいけど。
僕の家はオックスフォードにあるけど、近々引っ越しをするらしい。
エドワード、お前何書いてるんだ…。
お父さんに見つかっちゃった。やばーい。
お父さんと僕 つんたん @tsuntan2
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