Ⅵ 魔女の秘術(2)
「――偉大なる大地の母、月と狩猟を司る女神ディアナにお願い申し上げる! かの者に宿りし狼の魂を鎮め、元の人の姿へと還らせたまえ!」
その後、祭壇の前に寝かされたリュカは、特別に調合された大量の香の煙によって燻された。
最初はもくもくと上がる煙にむせ返るほどであったが、その、甘い香りを嗅ぐ内になんだか深い眠りの淵へと落ちていってしまう。
朦朧とする意識の中、薄目を開けてみると目の前で魔女は、長い樫の木の杖を手に何やら唱え言をしている。
その祝詞を子守唄代わりに眠りについた後……。
「――まさか、あの狼がそなただったとはのう……おい、起きよ! いつまで寝ておるのだ。もう、すんだぞ? 早く起きて事情を説明せい!」
気がつくと、そんなジョルディーヌの声にリュカは目を覚ましていた。
「……ハッ! ジョルディーヌ! 助けてくれ! 俺は狼にされちまって……」
ガバっ! と勢いよく起き上がったリュカは、なおも彼女に助けを求めようと口を開くが、自分の耳に聞こえたその声に違和感を覚える。
「こ、これは!? ……に、人間の手だ! ……か、顔もこの形は人間だ……戻ってる! 俺は人間に戻ってるぞ!」
さらに床へ突いた前脚も見れば自分の手の形をしており、その手で自らの顔を撫で回したリュカは、ようやく自分が人間の姿をしていることを確信した。
ちなみにこういう時、素っ裸になってしまうのが世の常であるが、毛皮の下にでも収まっていたのか? 幸い着ていた服ももとのままだ。
「すまねえ、また助けてもらっちまったな。途方にくれてたんでマジに助かったぜ」
「わけを話せ。いったい何があった?」
一息吐くと礼を述べるリュカに、ジョルディーヌは改めて説明を求める。
「ああ。あれはアンヌを助けてもらって、村に帰ってから二、三日経った日のことだ――」
彼女の質問に、リュカは伏せ目がちに床を見つめながら、これまでのことを掻い摘んで話した……。
「――そうか。魔法修士に。本当に狼に変えてしまう狼刑とは、またえげつないことをするのう……しかし、それは逆に迷惑をかけてしまったな……」
リュカの話を聞き、ジョルディーヌは異端審判士のやり方に呆れる一方、その遠因に自分があることを知ると、淋しげな眼差しをして謝罪の言葉を口にする。
「なあに、あんたには感謝こそすれ、謝られる筋合いはなんにもねえよ。悪いのはあの坊主どもとジャッコフの野郎だ。あいつら、ただじゃおかねえ……」
対してリュカは静かに首を横に振ると、ここにはいない仇に対して苦々しそうに尖がった犬歯を噛みしめる。
「……と言いてえところだが、それよりも今はアンヌを迎えに行くことが先だ。病気のことも心配だしな。悪ぃがまた薬草をくれねえか? 今は時間ねえが必ず礼はする」
だが、いつになくすぐに怒りを鎮めると、真顔でジョルディーヌを見つめてそう頼み込んだ。
「ああ、それは別にかまわんが、一つ忠告じゃ。今は人間の姿に戻っておるが、そなたの中にいる狼の魂がいなくなったわけではない。ただ眠りについておるだけじゃ。すでにそなたの魂とがっちり結びついておるのでの。無理に引き剥がそうとすれば、そなたも死ぬじゃろう」
すると、ジョルディーヌはすんなりその願いを聞きいれてくれたのだが、続けていたく真剣な口調で重大な注意事項を口にした。
「もし、そなたの心が
「そうか。んじゃあ、あんまし怒っちゃいけねえってことだな。せいぜい気ぃつけるとするぜ……じゃ、薬草用意しといてくれ。ちょっくらアンヌを連れに行ってくらあ」
だが、そんな恐ろしい忠告をされても特に気にしていない様子で、改めて薬草を魔女に注文すると、久方ぶりに二本の脚で立ち上がった。
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