Ⅳ 狼の罰(2)
それからまた縄で縛られ、リュカの連れて行かれた場所というのは、再びあの集会所の大広間だった。
「これは……」
だが、先程とは大きく様相が異なっている。
壁にある窓はすべて締め切られ、真っ暗になった室内には仄かな燭台の明かりだけが灯っている。
その明かりに目を凝らして見ると、先刻あった机などはすべて隅に片付けられ、石敷の床には何やら見たこともない、奇妙な文様が大きく描かれていた。
とぐろを巻く蛇のような太い線で描かれた同心円と、
また、部屋の四方には火をつけた香炉が置かれ、周囲の闇にはなにやら甘ったるい薫りのする煙が漂っている。
「おいおい、ずいぶんと大仰だな。まるで教会の儀式でもやるような雰囲気じゃねえか。たかだか狼の毛皮被せて追い出すのにカッコつけすぎってもんじゃねえか?」
その同じ集会所とは思えない、荘厳に演出された大広間の様子を前に、呆気にとられたリュカはそんなツッコミを入れる。
「フフフ…左様。察しがいいな。これから貴様のために儀式を執り行うのだ。ただし、神への祈祷の祭儀ではなく、魔導書を使った悪魔召喚魔術のな」
すると、その言葉に答えるようにして、前方の闇の中から現れた異端審判士が、どこか愉しげな声の調子でリュカにそう告げた。
ただし、今のピエーラは先程までの黒い平服姿ではない。
白い祭服に着替えると、左胸には金の
また、その手には黒い革表紙の分厚い本を握り、小脇に灰色をした毛布のようなものを抱えている。
「魔導書? ……おい、いったいどういうことだ? 俺を狼刑にするんじゃねえのか?」
当然、その言葉の真意がわからず、リュカは訝しげに眉をひそめると、ほくそ笑むピエーラの顔を睨みつけて尋ねる。
「言っただろう? 今回は
その問いに、ピエーラはさらに愉快げな笑みを口元に浮かべると、そんな聞いてもまだよくわからないような答えを返した。
「はあ? 本当の狼だと? ……て、言ってる意味がぜんぜんわからねえぞ?」
「相変わらずの馬鹿っぽい発言だが、まあ、魔導書について知らぬ無知な庶民ならば無理もあるまい……教えてやろう。この魔導書『ゲーティア』の魔術で召喚した悪魔の力で、貴様を本物の狼に変えてやろうというのだ」
さらに眉間に皺を寄せてリュカが尋ねると、ピエーラは神父が教会で説教をするかの如く、物知り顔でそんな説明を始める。
「神の威光によって悪魔を使役すれば、人を獣に変えるような奇蹟も不可能ではない。無論、神の創り賜いし自然の法則に背く行いはなかなか為し難いものではあるが、狼の毛皮を被って姿形を同じくする狼刑は、その点、もってこいの環境といえるだろう」
そう嘯きながら、ピエーラは小脇に抱えていた毛布のようなものを、ドサリ…とリュカの前へ放り投げた。
「……っ!」
いや、それは毛布ではない……目を凝らしてよく見れば、それはなんとも立派な、銀色の美しい毛並みをした巨大な狼の毛皮である。
「当初、狼刑に処すとは思わなんだが、念のため持って来ておいた甲斐があった……感謝しろ。特別待遇にもこの見事な毛皮を使ってやる。馴染みにしている凄腕の猟師から仕入れたものだ」
その並の狼の二まわりも三まわりもある大きさにリュカが驚いていると、ピエーラはそんな解説を付け加える。
「こいつを貴様に被せ、その毛皮の主の魂を貴様の身体に宿す。それで、人間であった貴様はこの世から消えうせ、新たな狼が一匹誕生というわけだ。ハハハハ……よし、始めるぞ。やれ」
そして、聖職者とは思えぬ邪悪な笑い声を暗闇の中に響かせた後、不意に真顔に戻ると冷たい声で指示を飛ばした。
「なっ…! や、やめろっ! 何しやがる! てめえ、病気治すのには使わねえくせして、そんなくだらねえことには魔導書使うのかよ! んなのおかしいだろ…んぐっ! ……んん…んんん…!」
その指示に、左右の闇の中からやはりピエーラ同様の白い衣装を纏った衛兵が二人現れ、ぐるぐる巻きにされたリュカを押さえつけると、転がっていた毛皮を拾って彼に無理矢理被せる。
「…んんん! んんん!」
頭からすっぽり狼の毛皮を被せられ、口がきけなくなってもなおも暴れるリュカであったが、体の自由を奪われているので如何ともしがたい。
「うるさいな。黙らせろ」
「…んん! …んごっ!? …………」
それでも大きな呻き声をあげるリュカに嫌そうな顔でピエーラが言うと、衛兵は棍棒で狼の頭を殴り、気絶したリュカはようやくにして静かになった。
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