Ⅲ 異端の罪(1)

 それより三日目のこと……。


「リュカという者はいるか! いるのならばおとなしく出てこい!」


 その日のお昼時、突如、粗末なリュカの家の前で不意に大声が響き渡った。


「……ああん? んだ、てめえら?」


 畑仕事を終え、昼食をとりに帰っていたリュカがその声に朽ちかけた木の扉を開けると、そこには聖職者の黒い平服を着た一人の中年男性に、四人のモリオンとキュイラッサー・アーマー(※頭部と胴体部だけを覆う当世風の甲冑)を着た衛兵がハルバート(※槍と斧とツルハシを合わせたような長柄兵器)を持って立っている。


「こいつがリュカです! 魔女の薬を利用した大罪人の異端者です!」


 また、狂気じみたその大声に目を向ければ、彼らの背後にはよく見知った村の人間――ジャッコフと、その傍らにジャンポール神父の姿も確認できる。


「私はジュオーディン司教区の異端審判士ピエーラ・ド・ビューヴァである! サンマルジュ村の農夫リュカ、そなたの背信行為について告発があった! よって、そなたを拘束し、異端裁判を実施する!」


 興奮したジャッコフの言葉に続き、ジャンポール神父よりはずいぶんと若い、その金髪のオカッパ頭に冷たい眼をした異端審判士を名乗る黒服の男は、人形のように表情の薄い顔でリュカに対してはっきりと言い放つ。


 異端審判士……それはプロフェシア教の教えに背く〝異端者〟を捕縛し、裁判の後に処罰する権限を与えられた聖職者の高官である。彼らに捕まればほぼ有罪となることは確実であり、庶民はもちろん王侯貴族からも恐怖の対象とされていた。


「異端裁判!? ……な、なんかの間違いっすよ。一介の清く拙しい農民の俺がそんな大それたことするわけがないじゃないっすか……ヘヘヘ…」


 最早、厳罰に処されるに等しい、その誰しもが恐れる言葉を耳にすると、リュカは苦笑いを浮かべると素知らぬふりをしてなんとか誤魔化そうとする。


「お兄ちゃん。誰かお客さん?」


 だが、その時、リュカの背後に竈の薪を抱えたアンヌが現れ、怪訝な顔で彼の背中越しに外にいる来客達の姿を見つめた。


「ほら、見てください! 前日まで死にそうだった娘があんなピンピンしているのが何よりの証拠です! 翌朝、森から出て来るところも目撃しましたし、森の魔女の所へ行っていたのは間違いありません!」


 そんなアンヌを指さし、ジャッコフは叫ぶようにして異端審判士にそう主張する。


「チッ……やい、神父! てめえ、ジャッコフの野郎に聞いてチクりやがったな!」


「私が直接メンデへ行って訴え出たのだ! 優しい神父さまではお慈悲をかけられるかもしれなかったんでな!」


 誤魔化しは効かないと諦め、声を荒げるリュカであったが、その推論を否定するかのようにジャッコフは自らの仕業であることを告白する。


「こうなっては致し方ない。リュカ、おとなしく異端裁判を受けるのだ。そなたが心を入れ替えるというのであれば、教会にも慈悲の心はある」


 どうやらジャッコフの言う通りらしく、自らの意図したものではなかったようであるが、神父も重苦しい表情をしてリュカに投降を促す。


「ヘン! 嫌なこったね! 俺は何も悪ぃことしやいねえ。誰がんなもん受けっかよ!」、


 だが、「はい、わかりました」と素直に聞くようなリュカではない。彼は悪態を吐きながらゆっくり後退ると、アンヌをつれて裏口から逃げようと考える。


「無駄だ。裏口もすでに衛兵が固めている。手荒な真似はさせるな。さもないと、妹も無傷ではすまなくなるやもしれんぞ?」


 しかし、それも異端審判士は読んでいた。彼が捕縛のために連れていた衛兵は、表にいる四人だけではなかったのである。


「ちっきしょう! 坊主のくせに卑怯だぞ!」


 武装した衛兵相手に強引な脱出を図れば、確かにアンヌの身もその凶刃の下に晒しかねない……妹を人質にとるそのやり方に、動きを止めたリュカは再び声を荒げる。


「……ああ、わかったよ! どこへなりととっとと連れてきやがれ! ただし、妹に指一本でも触れたら、てめえら全員、ぶっ殺してやるからな!」


 そして、チラと後を振り返り、不安そうに瞳を震わせて立つアンヌの姿を目にすると、また悪態を吐きつつも彼らの要求に従うことを決めた――。

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