ライターのつかない夜である

@yuimusubi

case1

ぴこん。

掌の中の光が震える。

「今日も一日ご苦労様」

終電を逃した残業終わり、黙々と歩いて帰宅したところ同僚であり友人の日向から、労いの言葉が届いていた。

「そちらこそ、お疲れ様」

と返事を送りながら

『ご苦労様は上から目線だ。だから使うな』と口煩い上司に言われた事を思い出す。私は、どっちでもいいじゃないかと思いながらも、すみませんと言ったのだっけな。

ぴこん。

私は唸り声をあげながら、画面をのぞきこんだ

「ねぇ聞いて」

はじまった。今日の惚気大会である。日向は恋愛体質で、どこであっても恋人の話をする。それは、深夜何時であろうと変わらないらしい。

「なに?手短に頼みたい。」

とにかく早く身体を休ませたいので、素っ気ない返事をした。

しかし、次の通知で私は硬直する

「今日プロポーズされたの。」

頭が真っ白になった。

なぜかは分からないが、冷や汗が出る。

とにかく落ち着こうとペットボトルのお茶を飲み、深呼吸をする。

震える指で

「おめでとう」

と返信をした。

私にだって恋人もいるし、いつか結婚もする。

だから、羨望や嫉妬というものはない。

なのになんだ、この感覚は。

「ありがとう。

素直に祝福してくれるんだね」

この一文で益々頭が混乱した。

私が祝福しないと思っていたのだろうか。古くからの仲なのだから、祝福しないわけがないのに。

「そりゃ、そうでしょ。友人だし。」

と平静を装った返事をする。

なんとも言えない混乱と、残業の疲労で眠気がむくむくと膨らんできた。そのまま身を任せてうつらうつらする。しかしその時、けたたましい音とともにスマートフォンが

ヴーー

と揺れた。

ハッとして画面を見ると、日向からの着信だった。

「もしもし」

少し寝惚けた、掠れた声で電話に出る。

「ごめん、寝てた?どうしても話したくて」

珍しくしおらしい。いつもの日向なら遠慮なしにぺらぺら話し出すはずだ。

「いや、大丈夫。それよりどうしたの」

訝しげに私は聞いた。問い詰めようか迷ったが、グッとこらえる。

「結婚、なんとなく嫌だなって。」

あまりのことに、私は眉根を寄せる。

これは本当に日向なのか。私は夢を見ているのかも知れないと、自分に言い聞かせながら

「どうしたの。あんなに毎日結婚したいと言ってたくせに。変なものでも食べた?」

と、茶化してみせる。

「あはは、違うよ。それが、いざ結婚になって嬉しいのに、薫に報告して祝って貰ったら、なんだかもやもやした」

全くわけがわからない。しかし、本人すらわかっていないらしい。

「早めのマリッジブルーってやつじゃない?大丈夫だよ、日向なら幸せになれる」

自分で説明しておいて、なんだか納得した。日向ならありえる。

「違うんだよなー。なんか、いつか私も薫の結婚を祝わなきゃならないのかと思ったら、もやもやした。」

「あぁ、なるほど」

と、どことなく同意した。同意したが理解はしていない。

なぜ私が先程なった気持ちに、日向が勝手になっているのか。

「ん?なるほどって?薫も私の結婚は嫌?」

こういう時日向は鋭い。普段は鈍感な癖に。

「なんか、よくわからんよ」

主語のない曖昧な返事をした

「ふーん。」

大した追求もなく、会話が途切れる。

気を紛らわせようと、タバコを手にする。

「また煙草吸ってるの」

部屋に匂いがつかないようにつけた換気扇の音で、勘づいたのだろう。

日向は私のことを心配してか、煙草にはあまりいい顔をしない。

「んー」

カシュッ

「あれ」

カシュッ

「どうしたの?」

「ライターがつかない。」

少しイライラして、返事をする。

「やめときなよ」

お説教がはじまるのか?

「煙草やめよ?そうじゃないと…」

言葉が途切れた。静かな中、換気扇の音だけがする。ガミガミ言われるのを想定したが、あまりにも消えそうな声だったので、くわえた煙草を口から離し

「どうした」

と声をかけた。

「この先も、一緒にいられないじゃない」

まるで恋人に放つ言葉だな、なんて頭の隅で考えながら

「それは私に言うことじゃないでしょ」

なんてはぐらかした。

「そうね。変な事を言ってごめんなさい。また連絡する。おやすみ」

「うん、おやすみ」



通話を切って、改めて煙草を吸おうとする。

「あんなのは、好きな人間に言ってくれ」


ライターは相変わらず、燻ったままだった。

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