第35話 軍事会議

 王宮の軍事作戦室には国王ビスマルクをはじめ、武官達が集結していた。その場には王女レイラも同席している。


 中央に堂々と置かれた長方形の机の上には、現時点で判明している地理を記した、巨大な地図が広げられている。今回、緊急招集がかけられたのは、アルカディアの北西に位置するエルフの国、アルヴヘイムとの戦況に動きがあったからである。


 聖騎士長ルクシオンとその側近ヴィオラが入室する。


 国王ビスマルクは臣下の意見を取り入れる事ができる王であったが、見方を変えれば素直すぎるともいえた。彼の人間至上主義はその横にいる宰相『マルコシア・ブレーメン』の影響を多分に受けている。


 マルコシアの家系、ブレーメン家は遥か昔より、国王の右腕として活躍してきた歴史を持つ。歴代の宰相はこのブレーメン家の者が務めている。アルカディアの最高権力者は国王であるが、次点は宰相と聖騎士長であるといえよう。


 顔にシワを蓄えた白髪のマルコシアは、後から登場したルクシオンに苦言を呈す。


「緊急の招集において、国王陛下をこうもお待たせするとは。聖騎士長たる者としての危機感が足りておらぬのでは?」


 自邸にいたルクシオンとは違い、マルコシアは王宮内にいた為、駆けつけるのが早かったのは当然であった。


 挑発をされたルクシオンだったが、涼しい顔で対応する。


「宰相閣下の仰る通りです。陛下、遅れて申し訳ございません。」


 若き国王にとって、マルコシアとルクシオンは共に重要な存在であった。だが、当の二人の中は決して良いとは言えない。


 この三十年の間に、アルカディアの軍事力は飛躍的に向上した。先の戦で使用された単発銃とキメラホースはその代表格である。マルコシア主導で勧められた兵器開発は莫大な経済的利益をもたらした。定期的に勃発する戦争は、その利権に絡む者達にとっては美味しいことこの上ない。


 戦争を嫌う者ルクシオンと好む者マルコシア。彼らに信頼関係など芽生えるはずがなかった。


「宰相、マグワイヤー卿はこの王都から二つの大局を采配してくださっているのだ。その功績に比べれば、この程度の遅れ、語るに値しない。」

「寛大なお心に感謝します、国王陛下。」


 下手に出ることで、これ以上の争いを回避したルクシオンであった。


 ビスマルクは地図を指差す。


「それでマグワイヤー卿、先の早馬によると我が軍はこのヌメロン地帯を放棄し、ノワールとファマスまで後退したとのことだ。」


 アルカディアの西方は、ヴェスティアノスとアルヴヘイムに隣接している為、城壁に囲まれた城塞都市が多く点在する。ノワールとファマスはその二つである。


「良い判断かと思われます。ノワール地帯は防衛には不向きな土地。ノワールとファマスで連携すれば、エルフとて、突破することは容易ではないでしょう。それを踏まえてブラッド卿とクロスフォード卿は後退したのかと。」


 ルクシオンは二人の聖騎士の判断に納得の様子だが、国王ビスマルクは違った。


「マグワイヤー卿がそんな弱気では困る。エルフを一掃する策はないのか?」

「陛下、我が国は今二つの戦争をしています。先日のオケアノス攻略が失敗に終わった以上、今は守備を固め、攻勢に転じれる機会が訪れるまで耐えるのが、最上の策かと。」


 論破されたビスマルクだが、ある人物に希望を見出す。


「そうだ、ルミナス卿! 戦姫と言われた彼女なら、アルヴヘイムとの戦況をひっくり返してくれようぞ。……そういえば、彼女は何故ここにいない?」


 ルミナスの名が出たことに真っ先に反応したのはレイラであった。大切な親友が休む間もなく戦地に送られる可能性は彼女に恐れを抱かせた。


 だが、ルクシオンはそんなレイラの恐れをすぐに取り除いた。


「ルミナス卿には、聖騎士長権限で、ある任務を与えています。その詳細はまた後ほど、ご説明致します。それと陛下、ルミナス卿は四年もの間、戦場にて緊張の糸を張り続けていました。糸は時折緩めなくては、いざという時、使い物になりません。何卒、ご理解の程お願い致します。」


 流石のビスマルクもそれ以上の案は出せなかった。それを見てレイラは安堵の表情を浮かべる。


 黙っていた宰相マルコシアが口を開く。


「とはいえ、援軍を送る必要はあるでしょう。彼の地の防衛を今の数だけで行うのは少し厳しいかと。いかがかな? マグワイヤー卿。」


 ルクシオンはその意見に同調する。


「はい、仰る通りです。補給物資と共にすぐに援軍の用意を……」

「いえ、この儂が援軍に向かうとしましょう。」

「⁈」


 マルコシアの突然の立候補にビスマルクは驚く。


「宰相! 何も其方が向かわなくとも……」

「陛下、お気遣い感謝致します。ですが、先程マグワイヤー卿が仰られた通り、ヴェスティアノスの件もありますゆえ、聖騎士長殿は王都から采配された方がよろしいかと。それに、宰相として戦場を見ておきたく存じます。この老ぼれの我が儘をどうかお聞き入れくださいませ。」

「宰相……分かった許可しよう。」

「感謝致します。」


 マルコシアは頭をビスマルクに下げつつ、上目でルクシオンを見る。二人の視線は交差する。


「宰相殿が援軍を率いてくださるのは心強い。ですが、戦場はとても危険です。副将に私の信頼できる者を同行させたく思います。」

「……えぇ、構いませんが。」


 その時、出席していた若き聖騎士マルク・ホーネットが名乗り出た。


「マグワイヤー卿!」

「……どうされた、ホーネット卿。」

「その役目、どうか私にお命じください。戦場にて功績を立てたいと思います。」


 ルクシオンはマルクの目をじっと見つめる。


「駄目だ。君にはまだ早い。」

「なっ!?」

「ヴィオラ、頼めるか?」

「はい、承知しました。」


 ビスマルクもヴィオラの剣の腕をよく知っている。自身の右腕、マルコシアを守るに相応しいと納得したようだ。


「おぉ、ヴィオラ殿が行ってくれるか。それは安心だ。頼むぞ。」


 ヴィオラは胸に手を当て、ビスマルクに敬礼する。


「以上で緊急の会議を終わりとする。それでは宰相、ヴィオラ殿、よろしく頼むぞ。」

「「はっ! アルカディアに栄光を。」」


 退室していく将官達。マルクはその場で唇を噛み締めていた。


「マルク……」


 誰もいなくなったその部屋で、レイラはマルクを気遣う。


「なぜ、私に功績をあげる機会を与えてはくれぬのだ。」

「マルク、マグワイヤー卿を信じてください。何か深いお考えがあってのこと。もし、貴方に期待していないのならば、剣の修行などやめておられるはずです。だから今はあの方を信じて……。」

「レイラ様……。」


 レイラのフォローにより、マルクは冷静さを取り戻した。このような優しさが彼女の長所であった。


 一方、ルクシオンは出陣するヴィオラと二人きりで話をしていた。誰にも聞かれないように。


「ルク……。」

「あぁ、マルコシアは何かを企んでいる。」

「えぇ、レイチェルとステファンは私が守ります。だから貴方はここで今まで通りに。」

「頼む。ただ、くれぐれも無茶はするな。君を失いたくはない。」

「ふふっ、その言葉、アナスタシアに今度言ってあげてください。とても喜ぶと思いますよ。」

「なぜあの子に?」

「はぁ、そういうところは昔から駄目なんだから。」


 ヴィオラの目つきが変わる。それは覚悟を決めた戦士の目だった。


「それでは行ってきます。」


 ヴィオラの役目はマルコシアの護衛ではなく、であった。


 だが、ルクシオンとヴィオラにとって、これが今生の別れになることを二人は知る由もなかった。

 

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