第35話 友達

 日が昇り始め、人々が活動を始める頃、ルミナス家の屋敷には、お抱えの精鋭三十人が集められていた。オルガとルイズをはじめ、彼らはまだ召集された理由を知らない。これから当主であるアナスタシアより、次なる任務の詳細が告げられる。


「皆、戦地から帰ってきたばかりで思うことはあるだろうが、我々貴族は民の労働と税によって生活している。戦時中このような時だからこそ、民の為に働くのが我々の義務だと私は思う。異論はあるか?」


 精鋭達は腰の後ろに手を回し、引き締まった顔でアナスタシアを見ている。特に異論はないようだ。


「ありがとう。それでは、我々がこれから行う任務について説明する。先日、東方の都市、エノールにてAランクモンスター、フレイムケルベロスの出現が確認されている。」


 ルイズが口を開く。


「ということは、そのAランクモンスターの討伐ですか。」

「いや、そのフレイムケルベロスは既に討伐されている。」

「ほほぅ、近頃の冒険者は優秀だ。ん? それなら、我々の任務とは?」

「それを今から説明する。エノールの街には二組のAランク冒険者パーティがあったらしいが、両方共、このモンスターに皆殺しにされている。」

「なら、誰がフレイムケルベロスを?」

「それを探すのが我々の任務だ。エノールのギルドには、該当モンスターが討伐された日、そのクエストの受注はなかったとのこと。冒険者ではない何者かが、フレイムケルベロスを討伐した、という事になる。」

「アークグリフォンなのでは? 奴ら、フレイムケルベロスが大好物だったはず。」

「報告書によるとフレイムケルベロスの死体があった場所には、アークグリフォンどころか、他のモンスターが現れた形跡すらなかったらしい。」


 各街の冒険者ギルドにはある義務が課せられている。Aランク以上のモンスターが出現した場合、その詳細を報告書として王都の冒険者ギルド本部と、王宮に提出しなければならない。王宮において、その報告書に目を通すのは時の聖騎士長である。これは、かつてモンスター討伐が国の仕事だった事に由来する。


「……ということはやはり人間?」

「その可能性は高い。問題なのはフレイムケルベロスを屠る実力を備えた者が、正体不明で国内にいるということだ。ルクシオン様は後の憂いになる可能性があると仰っていた。」

「マグワイヤー卿の勘は良く当たりますからなぁ。それで、その正体不明の強者は如何様に?」


 アナスタシアは目を瞑り、ゆっくりと開く。その綺麗な藍眼には決意が込められていた。


「もし、それがモンスターなら討伐。人間ならその正体を見極め、国にとって危険と判断した場合、王都に連行する。」

「……力で抵抗してきた場合は?」

「その時は……殺す事もいとわない。」


 ルイズの程よい相槌のおかげで、細かな疑問を解消しつつ、クエスト内容の説明は終えられた。今回のクエストは一言で言えば人探し。わざわざ聖騎士が出るまでもないような任務ではあるが、Aランクモンスターを屠ったという情報は精鋭達の気を引き締めた。


「時間が経過するほど、対象を捕らえるのが困難になる。大変だと思うが、本日中に遠征の準備を終え、明日には出発する。オルガ、ルイズ、準備は任せても良いか?」

「「了解!!」」

「それでは、早速準備に……」

「あらあら朝から精が出ますね。」

「レイラ⁈」


 微笑みながら現れたのは王女レイラであった。召使いの者を従えて、ルミナス家を訪れていた。突如現れた大物に対し、精鋭達は片膝をつき、表敬の意を示す。


「みなさん、おはようございます。楽にしてください。」

「どうしたレイラ、朝早くからこのような場所に。」


 レイラは頬を膨らませアナスタシアに顔を近づける。


「どうしたはこちらのセリフです。この前、帰って来たばかりだというのに、もう別の任務で王都を離れるとは。一緒に寝る約束はどうしたのですか?」


 レイラはアナスタシアの頬をもみくちゃにする。


「しゅ、しゅまない。これも、へい騎士のちゅとめなのだ。わ、わかってくれぇ。」


 先程まで強気だったアナスタシアは、レイラになす術なく、その整った顔をもてあそばれる。


(かわいい。)(かわいい。) (かわいい。)(かわいい。) (かわいい。)(かわいい。) (かわいい。)(かわいい。) (かわいい。)(かわいい。) (かわいい。)(かわいい。) (かわいい。)(かわいい。)……


 精鋭達は緩んだ表情が主人に悟られないよう、顔を下に向け、心の声が音になるのを耐えていた。


「はっ! お前達! 任務の説明は終わったんだ。さっさと準備にかかれ!」


 レイラのペースに乗せられていたアナスタシアは我に帰り、部下と自身に喝を入れるように声を荒げる。


「みなさん、アニィのお人形を忘れないように。あれがないとこの子はぐっすり眠れませんから。」

「レ、レ、レ、レイラ⁈」

「知っているんですよ。私がプレゼントした女の子のお人形、戦地にも持って行っていたこと。あれを抱かないと寝付けが悪いことも。」

「な、な、ななんでそれを⁈」


 アナスタシアは動揺のあまり呂律が回らない。顔を赤らめた彼女はただの女の子であった。


「私には心強い情報源があるのです!」


 どうだっ! と言わんばかりにレイラは胸を張り、ドヤ顔を決める。


「心強い情報源……ルーイーズー!! はっ、奴はどこに行った?」


 アナスタシアは鬼の形相でルイズを探す。


 先程まで、確かにそこにいたルイズの姿は、神隠しにあったかのように消えていた。


「奴め、逃げたな。後でしばき倒してやる。」

「あらあら、頑張ってルイズ。」


 アナスタシアはレイラの笑顔を見て、やれやれと言った表情をした。


 茶番を観覧した精鋭達は明日に向けての準備に取り掛かる。アナスタシアとレイラはルミナス家の庭を散歩しながら思い出話に花を咲かせた。


 レイラはある大木を指差す。


「あっ、あの木、懐かしいですね。覚えてます? 小さい頃……」

「あぁ、覚えているぞ。レイラがどんどん登っていくのに、」

「アニィは全く登れなかった。ふふっ、昔は本当に臆病で泣き虫さんでしたもんね。」

「その後どうなったか覚えているか? レイラが木から落ちたのをお母様が助けられ、レイラが悪いのに、説教されたのは私だったんだぞ。」

「覚えてますよ。ルナマリア様は怒るとそれはもう恐かったですから。」


 二人は大木の上の方を見上げる。


「ルナマリア様はどうして、いなくなられたのでしょう。それに、お父上のアラン様も。」

「……。」

「ごめんなさい、貴方に聞くのは酷でしたね。」

「いや、いいんだ。もう十年前の事だ。」

「もう、そんなに経ちますか。」


 王女と聖騎士は裏庭に置かれたベンチに腰掛けた。近くの木々には小鳥が止まり、穏やかな風が吹き抜ける。


「アニィ、私は貴方を尊敬しています。四年前、貴方が戦争に行ってとても不安でした。戦場がどのような場所なのか私には分かりませんが、怒りや憎しみが渦巻く所だと聞いています。アニィがそういった感情に染まってしまうのではないかと。」


 レイラは優しくアナスタシアの手の甲に自身の手を重ねる。


「レイラ……」

「でも、先日のお兄さ、いえ、国王陛下からの質問に戸惑う貴方を見て安心しました。私の大好きなアニィは変わっていなかった。とても嬉しかった。」


 先日の質問とは獣人を滅ぼせそうかのやり取りである。


 アナスタシアは手を裏返し、レイラの指に絡ませるように握り返した。


「当たり前だ。お母様とお父様の果たす事の出来なかった理想は私が叶えるんだ。人間、獣人、そしてエルフ。皆がお互いを尊重し、分かり合える世界を。」

「ほらまたぁ!」

「えっ?」


 横を向くアナスタシアのおでこにレイラは自身のおでこをコツンとぶつけた。


「私じゃない、私達でしょ? 私は貴方のように剣を振るい、多くの人を動かす才能はありませんが、王女として出来ることをします。一緒に頑張りましょう。」

「あぁ、そうだな。一緒に。」

「えぇ、一緒に……。」



 ルミナス家の門の前で、馬車に乗るレイラを見送るアナスタシア。


「それではアニィ、くれぐれも無茶はしない様に。それとルイズは許してあげて。私が無理矢理聞き出しただけだから。」

「あぁ、今回ばかりはレイラに免じて赦してやろう。」


 馬車はゆっくりと進み出す。レイラは振り向かない。そして、アナスタシアは臣下として深く一礼をして、その馬車を見送った。


 馬車に揺られるレイラはアナスタシアと触れ合った手を眺めている。


「アニィ、私の最高の友達。」


 アルカディアの王女は覚悟を決めた表情をする。


「この国の王女として、私にしか出来ないこと。頑張らないと。」


 翌日、アナスタシア率いるルミナス精鋭隊は王都パルキアを出発する。目的地は鉱業の街エノール。

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