第19話 魔法のピラフ
この世界のギルドには食堂が併設されており、扱うメニューは各ギルドの裁量に委ねられる。ギルドはBランク以上の実績を残した冒険者に対する就業補償も行っている。冒険者が何らかの理由により、業務続行が困難になることは少なくない。その場合、併設されている食堂の従業員、ロベルトのような職員として雇うことにより、これまでの功績に報いる制度設計にしている。
そんなギルドでしょんぼりと肩を狭め、目的もなく椅子に座るバテル。このような時、何を語れば良いのか分からないヘンリエッタ。冒険者生活が始まって一週間以上経過した二人の雰囲気は良好! とは決していえなかった。
ふくよかな女性が二人の前に美味しそうなピラフをだす。彼女の名前はマーサ。カフカのギルドの食堂長をしている。ロベルト同様、元冒険者である。五十代半ばだが、肌の艶から大分若く見える。
「えっ、僕達、何も注文してないよ。」
「これは新人冒険者さんへ、ロベルトからの奢りだよ。」
「ロベルトさんが……」
二人は受け付けの方を見る。ロベルトは椅子を二人とは反対の方向を向けて、葉巻に酔いしれている。
「私のピラフは、食べた人を元気にする魔法のピラフなの。ご賞味あれ!」
バテルはスプーンを手に持つも、好物のピラフをなかなか口に運ばない。
「もしかして、ピラフは好きじゃなかったかい? それとも、どこかで昼食は済ませちゃったとか?」
「ううん、とっても大好きだよ。それにお昼もまだ。」
「なら、たーんとお食べ。育ち盛りなんだから、沢山食べないと! 他にも何か作ってあげようか? 全部ロベルトの奢りだよ。」
その言葉でロベルトの背中はびくついた。
「ありがとう。それじゃあ、いただきます。……あっ、とっても美味しい。ね! ヘンリエッタ。」
「えぇ、とっても美味しいです。」
「そうかいそうかい、ようやく笑ってくれたね。言ったろ、これは魔法のピラフなのさ!」
胸を張り、誇らしげな顔をするマーサはバテル達に向かい合うように座る。母親が我が子を見るような目をしている。
バテルのピラフを口に運ぶペースが早くなる。
「それでどうしたんだい? 始めてここに来た時はあんなに元気だったのに。悩み事なら聞いてあげるよ。」
「……ダメダメなんだ。」
「ダメダメって何がだい? ロベルトは褒めてたよ。あの年でこれだけクエストをクリアするなんて大したもんだってね。」
「……それは全部ヘンリエッタのおかげなんだ。僕は足を引っ張ってばっかりで。冒険者、むいてないのかなって。」
「バテル……」
ヘンリエッタはバテルの気持ちに気づいてはいたが、同時に自身の励ましが逆効果になることも気づいていた。
「足を引っ張って何がいけないんだい?」
「えっ?」
あまりにも予期せぬマーサの言葉にバテルだけではなく、ヘンリエッタも呆気にとられる。
「あんたらはパーティなんだろ? 私も冒険者だったからよく分かるんだ。信頼しているから一緒に行動を共にする。だからこそ、仲間のミスはカバーする。仲間が困っているなら助ける。この世界じゃ当然のことさ。」
「でも、僕は助けられてばっかで、ヘンリエッタを助けるなんて……」
少年の顔に悔しさが滲み出る。
「昔話をしようかねぇ。カフカにある新米冒険者が誕生しました。その十八歳の少年は、いずれはアルカディア一の冒険者になるんだと息巻いていたんだ。だけど、いざクエストをやっても失敗ばかり。崖の上から戻ってこれず、他の冒険者に助けてもらったり、魚釣りの度に竿を何本も失ったり、猫一匹捕まえるのに街中に罠を仕掛けて皆を困らせたりでもう散々。」
バテルはその少年の冒険録に興味津々の様子だ。
「僕と同じだね。でも一人で頑張ってて偉いや。」
「見かねた受け付けの女の子がこう言ったんだ。『失敗ばっかりで嫌にならないの?』って。」
「そ、それで、その人はなんて答えたの?」
「『十年後、出来る様になっていればそれでいい』って答えたのさ。もう、その女の子も周りも大笑い。アルカディア一の冒険者になるのは何歳だよってね。……でもその少年の心意気は正解だったのさ。少し経つと今まで出来なかったクエストをバンバンクリアするようになってねぇ。あっという間にCランクさ。」
バテルは自分の悩みなんて、その少年にとっては取るに足らないことであったことを少し悟った。
「今はいいんだよ、それで。相棒のお姉さんに迷惑をかけても。あんたもそれで構わないんだろ?」
「えぇ、私はバテルを重荷に感じたことなどありませんよ。」
「ヘンリエッタ……」
マーサは二人が食べ終えた食器を重ねる。
「あんたはこれからどんどん成長していくんだ。今はお荷物でも、十年後には相棒のお姉さんを助けてあげられるようになっていればそれでいいのさ。いずれ、頼られる時が来るから。今はがむしゃらに頑張りな!」
「うん!」
マーサは大役を終えた表情をしている。
「それで、おかわりはいるかい? 沢山食べないと大きくなれないよ。」
「それじゃあ、おかわりください!」
「はいよ!」
おかわりを用意しにいくマーサをバテルは引き止める。
「マーサさん、その……さっきのお話の冒険者さんは今どこに?」
「フフッ、今頃、葉巻でも吸って、後輩の成長を楽しみにしているんじゃないかい?」
「えっ?」
バテルとヘンリエッタは再度、受け付けを見る。受け付けには、クエストを受けに来たこの街の冒険者とそれを対応するロベルトがいた。
「ヘンリエッタ。」
「はい、なんですか?」
「くよくよしていてごめん。ピラフ食べたらクエストに行こう!」
「はい……分かりました。ただ、焦らずにしっかり噛んで食べてくださいね。」
「わ、分かってるよ!」
マーサのピラフは魔法のピラフ……それは多くの冒険者の腹を満たし、元気を与える彼女自慢のピラフであった。その魔法は壁にぶち当たった少年だけではなく、励ましの言葉を見つけられずにいた保護者をも救っていたのだった。
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