第18話 新米冒険者の冒険録
Eランククエスト 『絶壁グサの採集』
絶壁グサ……カフカの医療関係者に重宝される薬草である。煎じて飲むことにより、風邪に効くとされている。ギルドに依頼が来るのはその名の通り、生えている場所が断崖絶壁の岩棚である為である。なぜ、岩棚に生えているのか明確にはなっておらず、一説には日照時間の少ない地域で日光を効率的に浴びる為とも言われている。
人一人がなんとか通れる、突き出した細い崖道を壁に添いながら進むバテルとヘンリエッタ。少年の蹴った石が奈落に落ちていく。
「大丈夫ですか、バテル。やっぱり私一人で採取しに行ったほうが良かったのでは?」
「だ、大丈夫。僕が選んだクエストなんだもん。が、頑張らなきゃ。」
時折、二人に意地悪するような風が吹く。その風は頑張るバテルを嘲笑うような音で過ぎていく。
「下を見ないように。常に数歩先を見てください。」
高所との戦いである。ゆっくりだが、確実に進もうとするバテルを後ろから励ますヘンリエッタ。
しかし、突如としてバテルの足が止まった。よく見ると細かく震えている。
「どうしましたか? もしかして、おしっこですか?」
「……」
「おしっこなら漏らしてください。どうしようも……」
「ねぇ、ヘンリエッタ。」
首だけ振り向くバテル。
「下、見ちゃった……」
「えっ?」
再び二人を嘲笑うような風が吹いた。
「絶壁グサ、絶壁グサ……おっ、依頼量分あるな。よし、クエストクリアだ。やるなぁ、坊主。このクエストは高所が好きな変わり者がよくやる……って、おーい。」
「下を見たらいけない。下を見たらいけない。下を見たらいけない。下を見たらいけない。下を見たらいけない。下を見たらいけない。下を見たらいけない。下を見たらいけない。下を見たらいけない。下を……」
バテルは椅子に座り、虚な顔で呟き続ける。
「お、おい坊主、大丈夫なのか?」
心配したロベルトは横のヘンリエッタの顔を見る。
「なんだか、トラウマになってないか?」
「崖下を見てしまったようで……」
「それはそれは。」
結局あの後、バテルは一歩も動くことが出来ず、ヘンリエッタがバテルの保護とクエストを完了させた。
腰を下ろし、バテルと目線の高さを合わせるヘンリエッタ。
「た、高いところはバテルには向いていなかったのでしょう。他のクエスト……探しませんか?」
「他の……クエスト。そう、そうだね! 他にもクエストはあるんだ。よし、頑張ろう!」
目に光を取り戻したバテルはクエスト掲示板にて次に挑む依頼を探した。
Eランククエスト 『ビックリフナの納品』
ビックリフナ……カフカ一帯に生息するといわれる淡水魚。大きさは四十センチ程度とかなり大きい。その味は大変美味であり、飲食店からの依頼が主である。捕獲方法は勿論釣りなのだが、慎重な性格から難易度はかなり高いとされる。
「ふぅあーわ!」
大きな欠伸をするバテルと黙って竿を握り続けるヘンリエッタ。周囲には水を飲みに来た鹿が何匹かいるのみで、その落ち着いた空間は釣り好きには堪らない場所となっている。
「全然、釣れないね。なんだか眠くなってきたよ。ヘンリエッタは?」
「私は大丈夫です。バテル、釣りは待つものです。ビックリフナの警戒心はとても高いといいます。待つのです。集中を切らしてはなりません。」
「ロベルトさんも集中を切らすなって言ってたけど、流石に眠くなっちゃうよ。」
「五匹釣らないと依頼達成にはなりません。頑張りましょう。」
一時間後……
「この湖にはいないんじゃない? ふぅぁあ。」
目を擦るバテル。ヘンリエッタは相変わらず、集中している。彼女がいなければとっくに寝ていただろう。少年は単純に釣りに飽き始めていた。
「ん?」
ヘンリエッタは水面にチラついた魚影に反応した。
「バテル! 竿をしっかり持って、早く!」
「大丈夫だよ、ヘンリエッタ。ほら、腰にこうやってつけているんだ。これなら……」
「足に力を入れて踏ん張ってください!」
「えっ、うわっ! あぶぶぶぶぶぶぶぶくくくっっっ」
「バテル!」
バテルは一瞬にして水中に引き摺り込まれた。ビックリフナの名前にあるビックリとは、釣り人の反応からそう名づけられている。慎重な魚ではあるが、ひとたび食いつけば、異常なまでの力で水中に引っ張り込もうとする。突如くるその衝撃に耐えられず、竿を失った釣り人は数知れない。
「おっ、ビックリフナ五匹。確かに確認した……っておいおい、なんで二人ともびしょ濡れなんだ?」
「集中を切らしてはいけない、集中を切らしてはいけない、集中を切らしてはいけない、集中を切らしてはいけない、集中して切らしてはいけない、集中を切らしてはいけない、集中を切らしてはいけない、集中を切らしてはいけない、集中を切らしてはいけない……」
「お、おい坊主。一体何が……」
ロベルトはヘンリエッタの顔を見る。
「バテルが水中に引き摺り込まれてしまって……濡らした場所は拭いておきますので。」
「いや、それはいい。それより早く、ギルドの向かいにある風呂屋に行け。風邪ひいちまうぞ。拭くもの持っていってやるから。」
バテルはヘンリエッタに連れられて、向かいの風呂屋に向かった。
「だ、大丈夫かあの坊主。まぁ、何事も経験だ。」
Eランククエスト『アッパーキャットの捜索』
「待てーーー!」
カフカの街中を激走するバテルとヘンリエッタ。彼らの前を一匹の猫が走っている。
アッパーキャット……猫である。ただ、普通の猫よりも手足の先が丸く、ボクシンググローブのような形をしている。
街の住人達は慣れたように道を開ける。
「また、ルージュさんの家から逃げたのか。」
「おっ、みない顔の冒険者だな。頑張れよー!」
この街の者達はアッパーキャットの捕獲をお祭りのように見物する。住人達の歓声に興味のない猫は細い路地に入っていく。
「バテル、挟み撃ちにしましょう。そのまままっすぐ走り続けてください。」
「分かった!」
ヘンリエッタは細い路地に入っていく。彼女が本気を出せば、すぐに捕獲できるのだが、バテルに捕獲させようと手を抜いていた。
少しして、アッパーキャットは行き止まりに捕まった。
「よぉーし、いい子だから、そのままじっとしててねー。」
「シャーーーッ!」
両手を広げて、じわじわと近づいていくバテル。ヘンリエッタは後ろから、不安そうに見ている。
「首元を掴んでください。抱き抱えようとしたら……」
「おりゃ!」
アッパーキャットに飛びつくバテル。グローブのような丸い手が下から上に張り上げられた。
ドサッ
「バテル!」
「シャーーーッ!」
走り去ろうとするアッパーキャットの首元をヘンリエッタは掴み、捕獲する。アゴにカウンターをもらったバテルは意識を刈り取られた。右手に猫、左手に少年を抱えて、ヘンリエッタはギルドへ戻った。
「あらーー、私の可愛い可愛いミーアちゃん! ささっ、お家に帰ってご飯にしまちょうねー。冒険者さん、どうもありがと。」
捕獲したアッパーキャットをゲージに入れると依頼人のガタイの良い婦人はギルドを後にした。
「それで、綺麗に一発もらったと。」
「うん。」
目を覚ましたバテルだが、ロベルトの質問に対しての返答に元気がない。
「俺も昔、一発もらったなぁ。アッパーキャットとはよく言ったもんだ。あいつら、こっちの動きに合わせてるんだぜ。猫とは思えねぇよな。ハッハッハ!」
「うん……」
「そ、それで次のクエスト、受注だけでもしておくか。この街はDランクまでのクエストならそれなりにあるぞ。」
「……今日はもう帰る。いこ、ヘンリエッタ。」
「いいのですか?」
「……うん。」
ギルドを出て行く少年の背中には、カフカに来たときの力強さは感じない。二人がこれまでにクリアした依頼は七つ。その全てを成功させていたのは彼の相棒、ヘンリエッタであった。
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