霧の街 カフカ

第17話 えっ、その……いいの?

 アルカディア王国の北東部に位置するカフカは霧の街と呼ばれている。谷間にあるその街は三日に一度晴れると言われるくらいには霧が立ち込める。東方から吹く上昇気流がカフカを囲む山々を乗り越えてくる時に急激に冷やされ、霧となって降り注ぐ。周囲には湖が多く、霧が出来やすい環境が整えられている。


 その日はカフカの人達も街の外には出ないほどの濃い霧だった。その中を一台の荷馬車がゆっくり走っている。馬を操る行商人の荷台にバテルとヘンリエッタは乗っていた。


「これだけ霧が濃いのは久しぶりだ。あんたら賢いね。街道沿いで霧が晴れるのを待つ判断は正解だ。旅の者でよくいるんだよ。濃い霧の中、闇雲に歩いて行き倒れる奴が。」

「ヘンリエッタがそうした方がいいって言ったんだ。おじさん、乗せてくれてありがとう。」

「なぁに。困った時はお互い様だ。これだけ濃いと慣れてるワシらでも迷いかねないからな。……おっ、霧が薄まったな。ほら、カフカが見えてきたぞ。」


 霧が程よく晴れてきたせいか、石造りの家が立ち並ぶその街はどこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。街の中央にある塔は遠くからでも街を見失わないようにする為に建造された。


「二人はこの後どちらに?」

「冒険者ギルドに行きたいんだ。」

「ほぅ、依頼でも出すのかい?」

「うんうん、僕、冒険者になりたくて。」

「その若さでか! はっはっは、ロベルトの奴、どんな顔をするか。すまないが、ワシは向こうに用がある。冒険者ギルドはあそこの角を右に曲がった通りにあるからな。それじゃあ。」


 バテルとヘンリエッタは行商人と別れを済ませると早速、カフカの冒険者ギルドに向かった。


「よ、よし! 今度こそ!」


 気合いを入れたバテルとヘンリエッタはギルドに入る。数々のギルドを渡り歩いてきた少年は迷うことなく受け付けへと向かう。

 その受付には体格が良く、葉巻を吸っているノースリーブの男性が退屈そうに座っていた。


「あ、あの!」

「ん? なんだ坊主。クエストの依頼か?」

「僕、冒険者になりたいんです! 冒険者ライセンスをください!」

「それじゃあ、この紙に必要事項を記入してくれ。」

「本気なんだ! 冒険者に憧れて……年齢制限はなかったはずです。 冒険者ライセンスをください!」

「あぁ、分かった。それじゃあ、この紙に必要事項を記入してくれ。ライセンスを作成する。」

「だから、この紙に必要事項を記入すると冒険者ライセンスが……えっ?」

「なんだ、冷やかしか? それなら怒るぞ。いくら暇だからってガキの遊びに付き合う気はない。」

「えっ、その……いいの?」

「いいのって何がだ?」


 予想外の展開にバテルはモジモジする。


「いや、だから、えーっと、他に冒険者になりたい人の順番待ちとか、ギルドの面子とか……」

「順番待ちだー? あぁ、他の街ではよくあるそうだな。悲しきかな、この街では冒険者になる奴なんか滅多にいないからな。そんなものはない。面子ってのはよく分からんが。」

「……ねぇ、ヘンリエッタ。夢じゃないよね?」

「えぇ、現実です。ですが、こうもあっさりとは予想外です。場合によってはこの男に多少の実力行使をするつもりだったのですが……」

「なんだ、やけに物騒なことを言う姉ちゃんだな。」


 バテルは眼を潤わせながら、ヘンリエッタの顔を見る。


「やったぁーーーーーーー! なれるんだ!冒険者に。やったよ! ヘンリエッタ!」

「はい、良かったですね。……バテル、幸せですか?」

「うん!」

「そうですか……私もです。」


 ヘンリエッタの手を握り、喜びを爆発させるバテル。受け付けの男はひいている。


「ま、まさか、ここまで喜ばれるとはな。変な奴らだ。」


 落ち着いた二人は別のテーブルで用紙に必要事項等を記入していく。暇を持て余した受け付けの男は二人の前に座って肘をついている。受け付けの男の名はロベルト。かつては冒険者をしていたが、訳あって現在はギルド側の職員として働いている。


「ギルドの面子ってそういうことか。エノールの街での話だろ。まぁ、確かにあの規模の街ならそういう話もあるのかもな。わざわざ子供に冒険者をやらせるメリットはないわけで。」

「年齢……」


 バテルは年齢の欄で筆が止まる。困った彼は横のヘンリエッタを見るが、彼女もまた同じ場所で筆が止まっていた。


「ヘンリエッタ?」

「あ、あぁ、年齢ですね。バテルは今年で十歳です。」

「分かった。」


 相変わらず、ヘンリエッタの年齢の欄は埋まらない。


「どうした姉ちゃん、自分の年齢忘れちまったのか? 見たところ、そうだな……二十五ってところだろう。それで書いとけ。」

「わ、分かりました。」


 ヘンリエッタは動揺していた。記入を進めるバテルはある欄で止まる。


「定住型? 移動型?」

「あぁ、ライセンスの種類だ。定住型っていうのはここの場合、カフカでライセンスを取得し、その後もここで活動をしていく奴がとる。一方、移動型は、ライセンスはカフカで取得したが、活動は各地を回って行う奴がとる。ライセンスの種類を分けないと、王国全体での冒険者の管理が難しいからな。坊主達は定住型だろ?」

「ううん、僕達は移動型だね。紅月レッドムーンみたいに旅をしながら冒険者をしたいんだ。」

「ほぅ、それは夢のあることで。なら、どうせ知らないだろうから先に説明しておこう。移動型のライセンスはDランク以上じゃないと取得できない。初めは誰もがEランクからスタートする訳だが、Dランクになれるまではこのカフカで活動をしてもらう。」

「うん、分かった。」


 少しして、二人は必要事項を記入し終えるとロベルトに提出した。代わりに読むよう渡されたのは同意書。簡潔に述べると、クエストで起きた怪我や事故においてギルドは一切の責任をとらない。それは命を落とした場合も同様である。といったところである。


 受け付けに戻り、ライセンスの発行をするロベルトは真剣に同意書に目を通すバテルを見て感心する。


「読み書きがしっかりできるのか。なかなか良い家の出か? 本当に変わった奴らだ。」


 同意書を読み終えた二人は受け付けに向かう。ロベルトはライセンスの発行を終えると新米冒険者二人に手渡す。


「はぁぁぁ、これが冒険者ライセンス。カッコいい……」

「そのライセンスはなくさないように。紙に書いてもらった暗唱番号で一応再発行はできるが、移動型のあんたらは大分時間がかかるからな。クエストを受ける場合はあの掲示板から『E』と書かれているものを選んで持ってこい。」


 バテルはヘンリエッタの手を取り、早速掲示板へと向かう。彼は今まで立ち寄ったギルドで、冒険者達が依頼を選ぶのを羨ましく見ていた。遂に自分がその立場になったことが嬉しくてしょうがない。


「あれ?」

「どうしました?」

「なんか、クエストの数が少ないね。他の街は沢山貼ってあったのに。」

「確かにそうですね。それにほとんどが『D』と『E』、『C』が二枚だけですね。」

「それがこの街に冒険者が少ない理由なんだ。」

「ロベルトさん。」

「この街の周囲にはなぁ、あんまりモンスターがいないんだ。くる依頼は基本、採取系でな。そういうのはどうしても報酬が安くなる。だから、ここでは冒険者稼業だけで食っていくのは難しく、他の街に行っちまうんだ。」

「この街、冒険者いるの?」

「いるにはいるが、皆副業でやっている。ようは小遣い稼ぎだな。」

「ふーん。あっ、このクエストはどうかな、ヘンリエッタ。」

「『絶壁グサの採集』……バテルがよいなら異論はありませんよ。」

「よし、じゃあこれにしよう。ロベルトさん、この依頼を受けます!」


 新米冒険者バテルとヘンリエッタの初クエストが決定した。その日は陽も落ち始めていたので街で宿をとり、クエストの準備をして翌日に備えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る