第2話 宝石を守る番犬
古びた建物の一室に入っていく、バテル、ヘンリエッタ、ドリスの三人。そこは彼の仲間達の拠点であった。男同士の共同生活とのことだったが、部屋はしっかり片付けられている。というより、物が少ない。
「遅かったなドリス。ん、そっちの二人はさっきの。」
「あぁ、話はついた。こっちの少年がバテル君、そんでこっちのねぇちゃんがヘンリエッタさんだ。」
「よ、よろしくお願いします。」
リュックの背負紐を握る少年の手は震えている。
「こちらこそ。俺は『ジム』。手斧を武器にしている。」
ジムというスキンヘッドの男はジャーキーを咥えながら、手斧の手入れをしていた。ふくよかであり、筋肉質なその体型は抱擁さを感じさせる。
「僕は『ヘイズ』……薬の研究が趣味なんだ。瓶に入っているものは……勝手に触らないよう気をつけて。」
長い舌が口から飛び出ているヘイズと名乗るその男は長髪で、目の下にはクマが蓄えられている。ジムとは違い、華奢なその身体は一見して冒険者には見えない。だが、冒険者である。
「ゲップ。戻ったぞー。」
突然、その部屋の入り口から酒臭い男が入ってきた。宝石のアクセサリーをいくつか身につけ、顔を赤らめている。生やした薄髭がモテ男感を醸し出す。
「また飲んでいたのかニックス。ドリスと一緒にいたんじゃ?」
ジムは頭を抱えながら『ニックス』というその男に疑問を投げかける。一緒にいたのでは? という質問をしつつも、彼が役目を放棄して酒を楽しんでいた事をすぐに理解したようだ。
「こんなのは飲んだうちに入らなねぇよ。それよりドリス、誰だこの二人は?」
「覚えていないのか。さっき酒場で……」
「あーあ、思い出した。例の二人ね。俺はニックス、よろしくな。それより……」
ニックスはヘンリエッタに顔を近づける。高身長のヘンリエッタと同じくらいの目線である。
「改めてみると本当に綺麗だな。どうよ、横の部屋で俺と一発。」
「おい、ニックス。」
ドリスはニックスを諌めようとするが、当のヘンリエッタは涼しい顔をしている。
「ニックスと言ったか。私に触れてみろ。二度と女に触れないよう、腕ごと切り落としてやる。」
ニックスは一歩下がり、両手を上げて降参の意を示した。
「おっと怖い怖い。でも、そういう強気な女は俺好きだぜ。その気になったらいつでも誘ってくれ。ドリス、少し横になってくる。」
酔っ払いはふらつく足で別室に入っていった。
「ニックスは酒が入るとあぁなるんだ。不快な思いをさせて申し訳ない。それにしても腕を切り落とすなんて、冗談でも恐ろしいぜ。」
「冗談に聞こえたのか?」
「えっ?」
その時である。
「うわぁ凄い。見てよヘンリエッタ。この鎧はBランクモンスターのツインヘッドタートルの甲羅で出来ているんだって!」
「ほう、確かに良い鎧ですね。素材も良いですが、加工した職人もかなりの腕なのでしょう。」
自然にバテルとジムの会話に入ってくヘンリエッタにドリスはどこか恐れを抱いた。腕を切り落とす……女性の口から飛び出てくるような言葉ではない。
「ヘンリエッタさん、アンタいい目をしているねぇ。実はこれ、俺が自分で加工したんだ。」
「ジムさんが自分で? 冒険者ってそんなこともできるんだ。」
「俺は自分の身に付けるものは自分で作りたい質でな。坊主、いずれ装備品の加工について教えてやろうか。」
「本当に! 約束だよ。」
「あぁ、男の約束だ。」
ジムの作った武器や鎧を見て目を光らせるバテル。この部屋に来た当初は緊張で震えていた彼も、好奇心が勝り始めていた。
「おい、ジム!」
ドリスはバテルと男の約束をしたジムに視線を送る。
「あ、あぁ……分かってるよドリス。」
その光景を不思議そうに見るバテルとヘンリエッタ。それまで無口で空気だった薬マニアのヘイズが話題を変える。
「それよりドリス、今回のクエストの内容と作戦の確認をした方が……」
「そうだな。すまんがヘイズ、ニックスを起こしてきてくれ。あいつのことだ。もう酒は抜けてるだろう。」
「分かった。」
ヘイズはニックスを起こしに向かう。少しして、ニックスは装備を整えて、皆の元へやってきた。ドリスが話を進める。
「改めて、今回クエストに協力してくれることとなったバテルとヘンリエッタだ。早速、クエスト内容の確認をしよう。」
ドリスの話を一生懸命に聞くバテルと、壁にもたれながら腕を組むヘンリエッタ。
「今回のクエストはこの街の東にあるタメリア鉱山に現れたフレイムケルベロスの討伐だ。」
Aランクモンスター フレイムケルベロス
体長が最大で四メートルに及ぶ三首の犬型モンスター。頭は三つあるが、意志系統は一つと言われている。なぜ、そのような進化を遂げたのかは不明で、フレイムの名を持つ通り、口から炎を吐く。三つの顔から放たれる炎は辺り一面を焼き尽くすと言われ、季節を選ばず活発な行動をすると言われている。天敵は炎の効かないアークグリフォン。
ヘンリエッタは直ぐに疑問を持つ。
「フレイムケルベロスだと。そのモンスターは確かAランクのはずだ。どうして、Bランクのパーティが受注できた?」
「この街にはAランクのパーティが二つあったんだが、両方ともこのクエストを受注し、そして皆殺しにあってる。見かねたこの街の貴族が聖騎士に討伐依頼を出すとか言い始めてな。焦ったギルドはBランクで一番実績のある俺達にクエスト受注の許可を出してくれたって訳だ。」
「聖騎士に依頼……エノールの街の冒険者では太刀打ちできないから、大金を叩くと。だが、その金はギルドもかなりのを負担する。なんとか冒険者で事を済ませたい。」
「その通りだ。冒険者の手に負えないモンスターは国に討伐依頼をだせるが、フレイムケルベロスはAランク。聖騎士にお願いするとなると莫大な費用がかかるからな。」
「……バテル、この話はやはり断りましょう。最初のクエストがフレイムケルベロスはあまりに危険すぎます。」
バテルの手を握り、退室しようとするヘンリエッタ。見かねたドリスが慌てて止めに入る。
「待ってくれ、勝算はあるんだ。作戦を聞いて欲しい。」
「ドリスさんの作戦、聞こうよヘンリエッタ。」
「……分かりました。作戦次第としましょう。」
ドリスはクエストの詳細と作戦について説明を始めた。
「討伐対象のフレイムケルベロスだが、タメリア鉱山の第二採掘場にいる。本来、フレイムケルベロスが同じ場所に居座ることは滅多にないんだが、恐らくこいつは学習している。ここに居れば人間が自分から餌になりにくる事を。」
「人間の味を覚えたということか。それで、どうやって討伐するつもりなんだ。」
「フレイムケルベロスは視覚より嗅覚の方が発達している。そこでだ、ヘイズ。」
「あぁ。」
ヘイズは瓶に入った緑色の液体を全員に見せた。ドリスが説明を再開する。
「ゲイルスカンクという動物から抽出した刺激臭を他の薬と組み合わせて、更に強力にしたものだ。これを使って、奴の嗅覚を潰し、戦いを優位に進める。」
「嗅覚を潰すだけか。それだけで上手くいくとは到底思えないが。」
「チッチッチぃ、これにはもう一つ目的がある。この薬品には発火性があってな。フレイムケルベロスが炎を吐こうと息を吸えば、奴の喉は一瞬で真っ黒に焦げる。そうなれば頭三つの犬コロだ。どうだ、モンスターの特性を利用したいい作戦だろ?」
「それで、僕は何をしたらいいの?」
バテルは両手を握りしめてドリスに問う。
「後方から定期的にこの瓶を投げ続けて欲しいんだ。その間に俺達でモンスターを狩る。どうだ、それなら出来そうだろ?」
「瓶を投げるだけなら僕にも出来そう。うん、頑張るよ!」
「今夜は月が綺麗だ。準備が出来次第、出発しよう。フレイムケルベロスは昼間に比べて夜間の方が動きが鈍いからな。」
意気揚々と出発するドリス達と再び緊張気味のバテル、不安が拭いきれないヘンリエッタ。六人が向かうはタメリア鉱山、第二採掘場。
冒険者を夢見る少年が立ち向かうは、炎を吐く三首のモンスター、フレイムケルベロス。
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